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2022年6月30日

地球規模の脱炭素と持続可能性の同時達成に向けて(脱炭素・持続社会プロジェクト1の取り組み)

特集 脱炭素社会に向けて大きく舵を切った世界
【研究プログラムの紹介】

高橋 潔

 2015年12月の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)において「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する。」との長期の気候目標を含むパリ協定が採択されてから6年半が経過しました。その間に「気候影響の回避の観点から見て2℃以下抑制で良いのか、それともやはり1.5℃以下抑制が必要なのか?」「1.5℃以下抑制を目指すとして、そこに至る具体的な削減経路、またその費用はどのようなものになるのか?」といった政策決定者側からの追加的な問いかけに対して、研究者側からの応答として気候変動に関する政府間パネル1.5℃特別報告書(IPCC-SR15)が2018年に承認・公表され、「1.5℃の地球温暖化における自然及び人間システムに対する気候に関連するリスクは、現在よりも高く、2℃の地球温暖化におけるものよりも低い(確信度が高い)。これらのリスクは、昇温の程度及び速度、地理的な位置、開発及び脆弱性のレベル、並びに適応及び緩和の選択肢の選定と実施に依拠する(確信度が高い)。」との結論が示されました。2021年11月のCOP26でのグラスゴー合意の1.5℃目標の追求の確認、あるいは日本を含む世界の多くの国々における脱炭素社会実現に向けた目標の表明は、IPCC-SR15の結論を反映したものといえます。また、2023年にはパリ協定で定められた第1回グローバルストックテイク(パリ協定の目的や長期目標と比較した国際社会全体の温暖化対策の進度について、各国での温暖化対策や支援の状況、IPCC報告書等の情報を基に5年ごとに評価する制度)が予定されており、そこでは短期の取り組み状況と長期目標との整合性の確認が行われることになっています。

 このように、「1.5℃目標の追求」「2050年近辺の脱炭素社会構築(温室効果ガスの正味排出をゼロにして温暖化傾向を停止)」について、世界も、また日本も、ここ数年の間に大きく舵を切り一歩を踏み出しました。すなわち、1.5℃目標・脱炭素は本当に必要か、それに向けて何をしないとならないかと検討・議論するフェイズから、計画の実践とその検証のフェイズに国内外の状況が移行してきたといえます。一方で、当初の検討・計画内容の実現への困難性(例:バイオエネルギー生産と食料生産の間の土地競合)が様々に指摘され、あるいは挑戦的な目標の実現に向けた追加的工夫(例:生活様式の転換によるエネルギー需要の軽減)への注目が高まる中で、脱炭素に向けた大規模な緩和策と自然・人間システムの持続可能性との相互関係への注目が高まっています。当初の議論の枠組みでは、「化石燃料依存が続き温室効果ガスを排出し続けると気候が変化しその自然システムや人間システムへの影響が甚大になる。適応により影響を軽減できる余地を見込みつつ、どの程度までGHG排出を続けると許容できない水準の気候変化が生じるのか。その状況を回避するためにはいつ頃までにどの程度のGHG排出が可能なのか?」ということが国際交渉や政策決定者側から科学への主たる問いでした。それに加えて「脱炭素社会実現に向けて検討・計画された排出削減の取組みは大きな社会転換を要するものになることが分かってきたが、その社会転換自体が自然・人間システムに及ぼす好影響・悪影響にはどのようなものがあるのか。それらの影響に対する追加的な対策・対応として何が必要か。」といった形で問いが高度化してきた、とも言えます。

 以上のような背景を踏まえ、脱炭素・持続社会研究プログラム(2021~2025年)では、プロジェクト1「地球規模の脱炭素と持続可能性の同時達成に関する研究」として、サブ課題1「短中期の気候緩和策と持続可能性」、サブ課題2「長期の気候緩和策と持続可能性」、サブ課題3「長期の地球—人間システムの持続可能性」の陣容で本課題に取り組むこととなりました(図1)。  

 サブ課題1では、世界技術選択モデルを核とした緩和策評価モデルを改良・応用してパリ協定実現に向けた温室効果ガス・短寿命気候強制因子(SLCFs)排出経路(排出量の経時的推移)と持続可能性への波及効果を示すとともに、パリ協定下の各国目標進捗・国際制度・資金供給等の調査・提案を行い、短中期(~2050年)の気候緩和策と持続可能性について検討しています。具体的には、SLCFsの削減対策を網羅的に評価し、早期大幅削減シナリオ評価を検討するための世界モデル群(世界技術選択モデル、世界再生可能エネルギーモデル、世界運輸モデル等)の拡充・拡張、SLCFsの主要排出源である農業部門や産業プロセス部門の非エネルギー消費由来のSLCFs排出削減対策技術の拡充などに取り組んでいます。2021年度には、世界技術選択モデルを用いて2013年に合意された「水銀に関する水俣条約」の有効性評価に資する定量的な知見を得るために、水銀排出削減シナリオ分析を実施しました。その結果、2℃目標相当の気候変動対策を取ったときに、共便益効果として水銀も大きく排出削減されることが分かりました。(研究ノート「気候変動対策による共便益効果」

脱炭素・持続社プロジェクト1「地球規模の脱炭素と持続可能性の同時達成に関する研究」の図
図1 脱炭素・持続社プロジェクト1「地球規模の脱炭素と持続可能性の同時達成に関する研究」

 サブ課題2では、世界応用一般均衡モデルを核とした持続可能性指標評価モデルを改良・応用して、パリ協定に整合的で多様なGHG排出経路、持続可能性への波及効果、気候影響と不公平性を描出し、長期(~2100年)の気候緩和策と持続可能性について検討しています。このうち気候影響と不公平性の描出に関しては、気候影響予測の手法を高度化したうえで、多様な将来の排出経路下での気候影響の包括的評価に取り組んでいます。(関連:環境問題基礎知識「地球規模の気候影響予測」)例えば2021年度には、世代間衡平性と地域間公平性の観点からの新たな評価の視座ならびに気候リスクの伝達方法を提案するため、最新の気候予測情報を取得・解析し、祖父母世代が遭遇しない暑い日および強い雨(1960~2040年で最大の日最高気温および日降水量を超えるもの)をその孫世代が生涯(2020~2100年)で遭遇する回数について推計し、排出シナリオ別・地域別にその比較を行うとともに、さらに、現状の1人当たりGDPや1人当たりCO2排出量と異常気象遭遇回数の対比を行いました。緩和がうまく進まない排出経路(SSP5-8.5: 図2では赤色で表記)で予測される気候変化条件下において、熱帯の一部地域では、祖父母世代が生涯に遭遇しないような暑い日を1000回以上、強い雨の日を5回以上、それぞれ遭遇しうることが示されました。また、SSP5-8.5下で高温・大雨をより多く遭遇する傾向は、特に現状の一人当たり収入や一人当たりCO2排出量が小さな国々でよく見られ、気候影響への適応力の不足の点からも、あるいはこれまでの気候変化への寄与・責任の小ささの点からも、高温・大雨に曝される気候影響が不公平性をより強化するものであることが示されました。一方で、仮にパリ協定の2℃目標に整合的な排出経路(SSP1-2.6:図2では紫色で表記)を実現できた場合、この地域間不公平性の強化についても軽減可能であることが示されました(図2)。

祖父母が遭遇しない暑い日と大雨を孫が生涯で遭遇する日数の図
図2 祖父母が遭遇しない暑い日と大雨を孫が生涯で遭遇する日数
縦軸は祖父母が遭遇しない暑い日(上図)と大雨(下図)を孫が生涯で遭遇する日数を各国で平均したもの。左図横軸は一人当たりGDP(2010-2018:世銀推計)、右図横軸は一人当たりCO2排出(2018年:GCP)。点は各国の平均値で、実線は回帰直線、破線は回帰直線の95%信頼区間。

 サブ課題3では、地球システムモデルと統合評価モデルをリンクした地球-人間システムモデルを開発し、気候・炭素循環と人間活動の相互作用、ならびにプラネタリーバウンダリー(人間が安全に活動できる地球システムの限界)やティッピングエレメント(気候変動の進行がある臨界点を過ぎた場合に生じる不連続なシステム変化の要素)などに関連する事象について将来予測を実施し、今世紀末以降も視野に入れた超長期の地球-人間システムの持続可能性について検討しています。同課題では、将来の気温上昇がいったん気温目標を超えてから気候安定化を達成する「オーバーシュートシナリオ」における炭素循環の分析も併せて実施しています。  

 2022年2月と4月にはIPCC第6次評価報告書のうち、気候影響と適応を扱う第2作業部会報告書、緩和策を扱う第3作業部会報告書の公表がありました。いずれの作業部会報告書でも、気候影響と持続可能な開発、緩和策と持続可能な開発について、その相互関係を論ずる研究知見が評価されるとともに、気候問題とそれ以外の自然・社会の問題を小分けにせず整合性をとった包括的な対策を検討・実施することの重要性、その際の大規模な社会転換の必要性が強調されています。広範な学術領域の融合が前提の挑戦的な課題ですが、そこを突破できなければ世界的な目標の実現は望めないことから、本研究課題を土台に複数課題の同時解決策の提案に取り組みます。

(たかはし きよし、社会システム領域 副領域長)

執筆者プロフィール:

筆者の高橋潔の写真

これまで執筆担当するたび、「新たに始めたこと」を報告してきました(クロール、サッカー審判、落語の勉強、肌のお手入れ…)。ネタ切れ気味ですが、今回は「KLASK(ゲーム)」をあげてみます。ここ2年、息子相手にほぼ毎晩戦いを挑み、ほぼ毎回負けています。

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