将来の気候変動と人間活動の変化を予測する
特集 地球規模の気候変動リスクに関するモデル研究
【研究ノート】
横畠 徳太
1. はじめに
気候変動問題は、自然環境と人間活動が密接に関係し合う問題です。図1に示すように、人間による石炭や石油などの化石燃料の燃焼や森林伐採などの土地利用によって、温室効果ガスが大気中に放出されます(A)。大気に放出された温室効果ガスは、その一部が陸域や海洋での生態系に吸収されますが、残りが赤外放射を吸収することで、地表気温上昇や降水量変化などの気候変動を引き起こします(B)。気候の変化は、世界各地で、自然生態系、社会、経済、人々の健康などに様々な影響を及ぼします(C)。このような、人間活動が引き起こす気候変動の悪影響を避けるため、2015年に「パリ協定」が採択されました。パリ協定では、世界平均気温の上昇を、産業化以前を基準に2℃よりも十分低く抑えるため、世界の温室効果ガス排出量を今世紀後半に正味でゼロにする、という目標が掲げられました(研究プログラムの紹介を参照)。
私たちの研究テーマは、パリ協定のような気候目標が、どのようにしたら達成可能なのか、達成しなかった場合の問題は何か、目標達成のために対策を行う場合の問題は何かについて調べることです。このため、私たちは自然環境と人間活動が関わる現象を表現する様々なモデルを結合させて、これらの現象を同時に解くことで将来を予測する、というアプローチを取っています。このような研究を行ってきた背景として、気候変動に関わる将来予測を行う研究では概して、温室効果ガス排出の予測を行うモデル(図1のA:統合評価モデル)の結果を利用して、気候変化の予測を行うモデル(B:気候モデルあるいは地球システムモデル)が計算を行い、この結果を利用して人間や生態系への影響に関して予測を行う(C:影響評価モデル)という流れになっていることが挙げられます。それぞれの現象が非常に複雑であるため、最先端の研究ではA・B・Cの分野ごとにモデル予測を行っています。また本来A・B・Cの間にも相互作用があるはずですが、その相互作用に関しては十分に研究されてきませんでした。私たちのグループでは、特に次節で説明するように水資源・作物・土地利用に着目することで、様々な分野の研究者が協力して上記A・B・Cに関わる最先端のモデルを結合する(同時に計算させる)ことで、気候変動問題に関して新たな知見を得ることを目標としています。
2. 自然環境-人間活動を考慮した「陸域統合モデル」による将来予測
私たちが開発している自然環境-人間活動の将来を予測する「陸域統合モデル」の概念図を図2に示します。陸域統合モデルでは、将来における気候・陸域生態系・水資源・作物・土地利用の変化をそれぞれのモデルが計算し、結果をモデルの間でやり取りしながら予測を行うモデルです。現在は、陸域だけでなく大気・海洋も含めたモデルを開発していますが、その前段階のモデルとして、人間の主たる生活の場である陸面だけに着目したモデルを開発しました。陸域統合モデルで取り扱うこれらの要素は、お互いに影響を与えながら、気候変動問題において非常に重要な役割を果たします。これは、気候変動が、水資源、食料、エネルギーの問題と密接に関係するためです。陸域統合モデルを構成するそれぞれのモデル(図2)が表現するプロセスと果たす役割、他のモデルとの関連は以下の通りです。
気候モデル
温室効果ガスの増加による気温の上昇や降水量の変化を計算します。温室効果ガスの増加によって気温が上昇すること自体は確かなことだと考えられますが、例えば、どの程度まで気温が上昇するか、またそれによってどのように降水量が変化するかを予測するには、非常に複雑な過程を考慮する必要があります(環境問題基礎知識を参照)。陸域統合モデルでは、これらの過程を表現することのできる最先端の全球気候モデルMIROC(Watanabe et al. 2010, https://journals.ametsoc.org/doi/10.1175/2010JCLI3679.1)を利用した計算を行います。
陸域生態系モデル
植物の光合成などによって、どれだけ陸域生態系が二酸化炭素などの温室効果ガスを吸収するかを計算します。前述のように、陸域や海洋の自然生態系は温室効果ガスを吸収する役割があります。パリ協定では、「世界の温室効果ガス排出量を今世紀後半に正味でゼロにする」という目標が設定されましたが、このような目標の達成可能性を検討するためには、自然生態系による温室効果ガスの吸収量を評価することが非常に重要です。陸域統合モデルでは、これらの要素を予測可能な陸域生態系モデルVISIT(Ito and Inatomi 2012, https://doi.org/10.1175/JHM-D-10-05034.1)を利用した計算を行います。
水資源モデル
農業・工業用水のための河川からの取水など、人間による水利用を計算します。水は社会に欠かせない資源の一つであり、世界的に見ると現在でも水不足は大きな問題です。人口増加と経済の発展によって、水利用は増えていくと予想され、さらに気候変動によって降水量や河川流量などが変われば、水資源の分布は大きく変化することになります(国立環境研究所ニュース34巻4号)。また、地球上の農地の約20パーセントは灌漑農地であり、作物生産を行う上でも重要な役割を果たします。陸域統合モデルでは、これらの過程を計算することができる水資源モデルH08(国立環境研究所ニュース29巻3号)を利用した計算を行います。
作物モデル
水資源と同じように、人口増加と経済発展によって、将来の食料需要は増加すると予想されます。この一方で、パリ協定での気候目標を達成するためには、大幅に化石燃料の利用を減らすため、バイオエネルギー作物の利用が重要だと考えられています(国立環境研究所ニュース34巻4号)。気候変動によって、穀物やバイオエネルギー作物などの収穫量がどのように変化するかは、非常に重要な問題です。陸域統合モデルでは、農研機構などで開発された作物モデルPRYSBI2(Sakurai et al. 2014, https://www.nature.com/articles/srep04978)を利用した計算を行います。
土地利用モデル
前述のように、人口増加と経済発展に伴って食料需要が増加すると、より多くの穀物農地が必要になると考えられます。また、気候目標達成に向けてバイオエネルギーを利用するためには、より多くのバイオエネルギー作物農地が必要になります(国立環境研究所ニュース37巻1号)。穀物やバイオエネルギー作物の農地がどこまで広がることができるかは、作物の価格などに加えて、気候変動が起こった時に収穫量がどれくらい変化するといった情報も必要です。陸域統合モデルでは、これらの要素を考慮した土地利用モデルTeLMO(茨城大学のグループが開発)を利用した計算を行います。
3.今後の展望
現在私たちは陸域統合モデルによる分析を進めており、そこで注目していることは、気候変動による「影響の連鎖」に関わることです。例えば、これまでと同じようなペースで気温の上昇が進む場合、場所によっては穀物の収穫量が減少する可能性があります(図1のB→C)。穀物収穫量が減少すると、食料需要を満たすためにより多くの農地面積が必要となります(図1のC→A)。農地の拡大はさらなる温室効果ガスの放出を引き起こすため、温暖化を加速することになります(図1のA→B)。このように、これまでの図1のA→B→Cという一方通行の研究では評価することができなかった、気候変動や気候対策が様々な部門に及ぼす影響のつながりに着目した分析を進めています。
ここで紹介したような、自然環境と人間活動を計算するモデルを結合することによって、自然システムと人間・社会システムの間のつながりを考慮して問題を分析することは、国立環境研究所が進めている「低炭素研究プログラム」の重要な研究課題の一つです( https://www.nies.go.jp/subjects/2017/23836_fy2017.html)。このように異なる分野のモデルを結合して統合的な研究を行うことは、国立環境研究所の強みを生かした研究テーマであり、長年重要なテーマだと考えられてきました(例えば国立環境研究所ニュース20巻1号「地球温暖化研究プロジェクトのめざすもの」森田恒幸)。そしてようやく近年になって、統合的なモデル研究の成果が出ようとしています。世界が気候変動の問題に真剣に取り組もうという雰囲気ができつつある今、様々な分野の研究知見を結集して、この問題に貢献したいと思っています。
執筆者プロフィール
好きなこと:自転車、筋トレ、サッカー。先日、長男(小2)が漢字ドリルに苦戦したので、一緒にやってみました。漢字のなりたちを想像したり、新たな発見がありました。勉強を含めて、いろいろなことを楽しめるよう、手助けができればと思っています。