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2018年8月31日

気候感度~大気中のCO2濃度が倍増すると地表気温は何℃上昇するか?~

特集 地球規模の気候変動リスクに関するモデル研究
【環境問題基礎知識】

小倉 知夫

 気候変化が自然や人間社会へ及ぼす影響を考える際、前提となるのは、「大気中の温室効果ガス濃度が増加すれば気候は温暖化する」という理解です。この理解は、数値シミュレーションによる気候予測の結果に基づいています。しかし、気候予測の結果は「21世紀末までの気温上昇が1.1~2.6℃」というように幅を持つことが特徴的です。このため、自然や人間社会に対する影響を見積もった結果にも幅が現れてしまいます。影響評価の結果が幅を持つことで、どのような対策を実施すべきかの判断が難しくなります。では何故、気候予測の結果は幅を持つのでしょうか。この問いに答えるために、まず気候予測とはどのような作業かを解説します。

 数値シミュレーションによる気候予測とは、具体的には大気、海洋、陸面の状態(例えば大気では温度、風速、水蒸気量など)が時間と共に移り変わる様子を物理法則に基づいてコンピュータで計算することです。例えば、大気のある領域にエネルギーが流入することで温度が何℃上昇するか、エネルギー保存則に基づいて計算します。このような計算をコンピュータに実施させるためには、計算の手順を記したコンピュータプログラムを作成する必要があります。そのようなプログラムは気候モデルと呼ばれており、世界各国で開発されています。

 さて、気候予測は物理法則に基づいて行われると述べました。ならば、気候モデルに記された計算の方法は既に科学的に確立していて、誰が計算しても同じ正解にたどり着くのでしょうか。答えは、ある部分についてはYesで、ある部分についてはNoです。何故なら、物理法則に基づいて実施する計算の中には、どのように値を求めるべきか、科学的な方法論が十分に確立していない部分が含まれるためです。例えば、空間的に小さい現象である乱流や放射、雲などは上で述べたようなエネルギーの流れに大きな影響を及ぼします。しかし、モデルの空間解像度よりも小さな現象はモデルで表現できません。つまり、物理法則が分かっていても解像度が足りないために計算できないのです。そうした小さな現象の影響は別途、近似的に計算する方法を考案しなければなりません。このように難しい局面では通常、複数の近似的な計算方法(パラメータ化)が考案されており、その中からモデル開発者が良いと思った方法を採用します。別の言い方をするならば、どの方法を採用するかはモデル開発者の判断次第であり、任意性があります。このような任意性があるため、複数のモデル間で比較した場合に、計算方法が完全に一致することはありません。気候予測の結果に幅が生じるのは、このような計算方法の不一致により計算結果が複数のモデル間でばらつくことを反映しています。

 では、私たちはどうすれば良いのでしょうか。気候予測の結果の幅をどうにかして縮められないものでしょうか。そのために必要なことは、予測結果の幅が気候モデルの計算のどの部分から生じているのかを特定すること、つまり問題箇所の絞り込みです。この作業を進める上で重視されるのが気候感度という指標です。気候感度とは、大気中のCO2濃度が仮に倍増した時に地球全体で平均した地表気温が最終的に何℃上昇するかを示す値です。CO2濃度増加に対する気候の敏感さを表す指標と言えます。気候モデルでCO2濃度を倍増させるシミュレーションを行えば、地表気温の上昇幅から気候感度を推定できます。その推定結果は、複数の気候モデルでおよそ2~5℃の値を示すことが知られており、気候感度が高いモデルほど21世紀中の気温上昇幅を大きめに予測する傾向があります。このため、気候予測の結果が幅を持つ仕組みを理解するには、まず気候感度の幅がどのように生じているか理解することが鍵となります。なお、気候予測の結果に幅が生じる要因としては、気候感度に加えて、海洋による熱の吸収やCO2施肥効果の強さがモデル間で一致しないことも重要視されています。CO2施肥効果とは光合成の原料である大気中のCO2が増えることにより光合成が促進される効果を指します。しかし本稿では、特に気候感度に注目して議論を進めます。

 ここで、気候感度の値がどのように決まるかについて、基礎知識を整理したいと思います。まず、気候が温暖化も寒冷化もせず、安定している状態を考えます。このような状態では、宇宙から地球に入るエネルギー(太陽放射)と地球から宇宙へ出ていくエネルギー(赤外放射)の量が釣り合っているはずです。ここで仮に大気中のCO2濃度が倍増したとすると、CO2の温室効果により、地球から宇宙へ出ていくエネルギーは少なくなります。すると、地球に入るエネルギーよりも出ていくエネルギーが小さくなるため、正味では地球にエネルギーが入るようになります。この、正味で地球に入るエネルギーの大きさを放射強制力と呼びます。単位はJ/m2/s、つまり1平方メートルあたり毎秒何ジュールのエネルギーが入るかを表します。放射強制力が地球に加わると、エネルギー保存則に従い地球の温度は上昇します。そして、地球の温度が上昇するにつれて宇宙へ出ていくエネルギーが増加するため、やがてエネルギーの釣り合いが回復して気候は再び安定します。ここで、CO2濃度が倍増する前後で地表面気温を比べると、両者の差が気候感度に相当します。

 地球の温度上昇がどのように起こるか、もう少し詳しく見てみましょう。CO2倍増の温室効果により大気、海洋、陸面にエネルギーが加わるのですが、海洋は大気や陸面より熱容量が大きいため、初めの1年程度はなかなか暖まりません。このため大気と陸面が先行して暖まり、それに伴い、大気循環や水蒸気、雲の分布等が変化します。このような変化は「速い調節」と呼ばれます。速い調節の中で雲の変化は特に注目を集めます。何故なら、地表気温の上昇を抑制したり促進したりする働きがあるためです。雲は太陽放射を反射することで地表を冷やしたり、温室効果により地表を暖める効果があります。

 その後、CO2濃度が倍増して数年以上を経過すると海面温度の上昇が徐々に顕著になります。その影響は大気や陸面へ伝わり、地球のエネルギー収支に影響を及ぼすことで地表の温度上昇を促進したり抑制したりします。このような働きは「フィードバック」と呼ばれ、気候感度の値を決める上で重要な役割を果たします。フィードバックの例を以下に4つ挙げます。第一に、大気中の水蒸気量が増加することで水蒸気の温室効果が強まり、地表の温暖化が促進される水蒸気フィードバック、第二に、大気の鉛直方向の温度変化率(温度減率)が変わることで地表の温暖化が促進あるいは抑制される温度減率フィードバック、第三に、陸面や海面を覆う雪氷が減少することで太陽放射の反射率(アルベド)が減少し、地表の温暖化が促進される雪氷アルベドフィードバック、第四に、雲の面積や高さ、放射に関する性質が変化することで地表の温暖化が促進あるいは抑制される雲フィードバックです。

 上で述べた(1)放射強制力、(2)速い調節、(3)フィードバックの大きさにより気候感度の値は決まります。本稿では、気候感度の値が複数のモデル間で幅を持つことが問題である、と説明しました。この幅に最も大きく寄与するのは、(1)-(3)の中では(3)のフィードバックです。さらに、フィードバックの中でモデル間の幅に最も寄与するものは雲フィードバック、特に、下層雲の面積減少に伴うフィードバックが重要であることが分かっています。

 以上で述べたような理解を踏まえるならば、今後、気候感度の幅を低減するためにどういった研究が必要でしょうか。まず、気候モデルを改良することが有効です。具体的には空間的に解像できない現象、特に雲に関する近似的な計算方法(パラメータ化)の精度を高めることが重要となります。また、モデルの空間解像度を高めることで、モデルが解像できない現象の数を減らすことも大事です。そうすることにより、気候予測の結果がパラメータ化に依存する度合いを下げることができるはずです。しかし、以上で述べたようなモデルの改良には時間がかかります。そこで、モデルの改良と並行して、既存の気候モデルや観測データを活用した研究を進めることが重要となります。具体的には、複数の気候モデルを相互に比較することにより、気候感度に幅が生じる仕組みについて理解を深めると共に、幅の低減に向けた方策が検討されています。

(おぐら ともお、地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の小倉知夫の写真

気候モデルを用いた将来予測に携わっています。特に関心を持っているのは、気候感度に関する不確実性の理解と低減です。そのために、気候モデルの改良と、複数のモデル間の相互比較に取り組んでいます。

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