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2015年10月30日

ネガティブ・エミッションの達成にむけた全球炭素管理

特集 地球規模で長期の気候変動リスク
【環境問題基礎知識】

山形 与志樹

 これまでの数年間の国際交渉を通じて、全球の気温上昇を産業革命以降と比較して2度未満に抑える、いわゆる「2度目標」に対する国際合意がすでに成立しています。しかし、その目標達成に向けた具体的な対策は遅れており、CO2排出量は依然として急速に増加していて、近年の大気中のCO2濃度は過去200万年の間で最も高いレベルに達しています。専門家の間では、全世界的な緩和策が十分でない場合、2度目標の達成は現実的には難しく、今後の気候変動影響が危険な水準に達するとの認識が強まっています。一方、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)は、2度目標を達成するためには、CO2の排出量を今世紀の後半には世界全体でマイナスとする、いわゆるネガティブ・エミッション(炭素固定・除去技術)シナリオを達成する必要があることを、昨年発表された第5次評価報告書の中で指摘しています。

 そこで、ネガティブ・エミッションの実現にむけた各種のCO2除去技術の可能性と、それらの実施が環境や気候、社会経済等に与える影響を持続可能性の観点から評価する必要性が国際的に認識されつつあります。CO2除去技術には炭素固定、即ちCO2を炭素化合物として木材等に貯留する方法と、化学工学的技術を使用して大気中のCO2を除去する方法が提唱されています。後者は炭素回収貯留(Carbon Capture and Storage:CCS)と呼ばれ、CO2を分離・回収し、それを地中や海中等に長期間にわたり安定的に貯留・隔離することにより、大気中へのCO2放出を抑制し、地球温暖化を防止する技術です。貯留の方法には地中貯留と海洋隔離があります。地中貯留には、帯水層貯留、石油・ガス増進回収、枯渇油・ガス層田貯留、及び炭層固定があり、世界各地で開発・実証実験が実施され各種問題点について検証が進みつつあります。一方、海洋隔離には希釈溶解法や深海底貯留法がありますが、廃棄物その他の投棄による海洋汚染の防止に関する条約(通称ロンドン条約)や環境影響に対する懸念のため、海洋底地下を除き、海洋への直接隔離は実験レベルでも研究はあまり進展していません。

図1
図1 BECCSによるネガティブ・エミッションの実現
カーボンニュートラルであるバイオマスエネルギー利用に、炭素を回収貯留するCCSを組み合わせることで、大気中のCO2を吸収固定するネガティブ・エミッションが達成できる。

 さらに、CCSとバイオマスエネルギー利用を組み合わせてCO2を回収する技術が、バイオマスCCS(Bio-Energy with Carbon Capture and Storage:BECCS)です。すなわち、生物由来の有機性資源で化石資源を除いたものであるバイオマス(例:間伐材、飼料作物)を燃焼することでCO2が排出されますが、そこに含まれる炭素は光合成で大気中から吸収されたCO2なので、バイオマスを燃焼してエネルギーを利用しても、大気中のCO2は増加しません。この性質はカーボンニュートラルと呼ばれます。さらに、図1に示すように、CCSを組み合わせることで、バイオマスの燃焼によってCO2の排出量と吸収量を一致させるとともに、炭素回収貯留でCO2を回収することでネガティブ・エミッションを達成できるのです。

 炭素固定をグローバルに実現する方法としては、BECCSと植林が、化学工学的除去に関してはアルカリ物質などを用いたCO2の直接回収が、それぞれポテンシャルのある技術として知られています。特にBECCSはコスト・技術の両面でネガティブ・エミッションの柱となりうる技術として期待されており、最近のIPCCの第5次評価報告書でも2度目標達成のための主要なオプションとして想定されています。

 炭素固定に基づいたもう一つのCO2除去技術である植林は、CO2を吸収する効果だけでなく、植生からの蒸散によって温度を低下させる効果もあるものの、日射の反射率の低下に伴って温度を上昇させる弊害もあります。従って、植林の効果は複合的に評価する必要があります。これまでの研究によると、低緯度帯では植林によるCO2吸収効果の寄与が上回りますが、高緯度帯では反射率の高い雪面を植生で覆うことで多くの日射エネルギーが吸収されるようになり、CO2吸収による緩和効果よりも加温効果の方が量的に勝る場合もあるとされています。Arora and Montenegro(2011)は2060年までに現存する耕作地の50%または100%で植林地に転換した場合の将来気候をカナダの地球システムモデルを用いてシミュレートしました。その結果によると、全球平均気温の低下はそれぞれ-0.25度と-0.45度に留まっており、植林のみでは必ずしも十分な効果が得られないとの示唆を得ています。

 最後に化学工学的技術に基づくCO2除去技術であるCO2の直接回収は、吸着剤を樹木のように広げて受動的に回収する方法と、ファンを利用して能動的に回収する方法があります。いくつかの検討事例はあるものの、概念設計や実験レベルの段階であり、本格的な実証事業には至っていません。また、実施コストについて統一的な見解は出されていません。

 さて、IPCC第5次評価報告書では4つの将来シナリオ(RCP2.6、RCP4.5、RCP6.0、RCP8.5)の下でのCO2排出量の将来推計を行っています(図2)。RCP2.6は大規模にBECCSを導入することでネガティブ・エミッション、ひいては2度目標を達成するシナリオです。このシナリオでは、現状の土地利用を変化させ、バイオエネルギー作物を広域に栽培する必要がありますが、RCP2.6シナリオは、現在地球上に存在する約15億の農地を2100年には約21億ヘクタールまで増やし、その増分の83%をバイオエネルギー作物に利用するシナリオとなっています。

図2
図2 CO2排出量の将来シナリオ(Fussら(2014)Nature Climate Change)
IPCC第5次評価報告書では4つの将来シナリオ(RCP2.6、RCP4.5、RCP6.0、RCP8.5)の下でのCO2排出量の将来推計を行っています。

 2度目標を達成するための社会経済シナリオの多くでは、RCP2.6と同様のBECCS利用が仮定されています。しかしながら大規模なBECCSを実現するためには、まだ下記のような課題の解決に取り組む必要があります。  

 まずバイオマスの供給量の不確実性が挙げられます。様々なバイオマスが利用可能であり、主なものは食用作物による第1世代バイオエネルギー作物(サトウキビ、トウモロコシなど)、非食用である第2世代エネルギー作物(ススキ、ナンヨウアブラギリ、ポプラなど)、廃棄物(廃食用油、食品廃材、下水汚泥)、農作物の残渣(稲わらやトウモロコシの茎など)、木材および林業での残渣、そして研究開発中ではありますが藻類などがあります。しかし、これまでの研究では2050年におけるバイオマスエネルギーの供給量は年間100~300エクサジュール(今日の世界のエネルギー消費量は約500エクサジュール)となると推計されていますが、その値はバイオマス作物を栽培する土地が食料生産と競合しないという仮定に基づいて計算されています。実際には、BECCSに利用できるバイオマス量は、食糧需給との関係やエネルギー効率などの様々な要因によって制約を受けます。従って、今後より現実的なシナリオ検討に向け、空間的に詳細な土地利用モデルを用いたバイオマス供給量の推計の必要性が指摘されています。

 また、様々な持続可能性の観点からの制約も大規模にBECCSを達成する上で大きな懸念です。例えばバイオエネルギー作物の広域な栽培は、生態系や地球環境への影響、食用作物のための農地との競合、食糧安全保障への影響などを招く可能性があると考えられます。従って、大規模BECCSの導入は、各要素のトレードオフを踏まえながら、水や食料・エネルギー等を指標としたリスク評価を通して慎重に検討する必要があります。加えて、ネガティブ・エミッションに対する陸地と海洋の炭素貯留の応答や、必要技術の開発のための資金到達、新規技術に対する社会受容、関連政策に際しての社会制度的な障壁なども勘案する必要があります。

 さらなる問題点として、田中・山形ら(2015)は、ネガティブ・エミッションを達成するまでの過渡期に、一時的にターゲットである2度を超える可能性(オーバシュート)を指摘しています。その期間に地球システムがどのような応答をする可能性があるのかについて、知見を集めることは有用です。急速に大気中のCO2を減少させることで陸域や海洋からのCO2の排出を誘発して実際には想定通りにネガティブ・エミッションが実現できない可能性や、温暖化影響によって生態系からのCO2排出が増大して実際にはネガティブ・エミッションによる2度目標達成が困難である可能性についても研究が必要です。また、もし一時的に2度を超える期間中、地球システムに想定外の変化が起こり始めた場合に、どのような追加的対策が必要で、社会経済的なコストにどの程度影響が出るのかについても考慮しておく価値があります。もっと広い立場から、将来の世代へネガティブ・エミッションを課すということについて、我々の世代はどのような認識を持つべきか、世代間公平性などの様々な側面からの考察も必要でしょう。

 また今後、ネガティブ・エミッションのシナリオのより詳細な検討に向けては、さらに社会制度的・技術経済的な側面と地球システムの反応の両方を考慮して、対策オプションの全体像をより詳細に研究する必要があります。またそのシナリオ実現にむけた国際的なガバナンスのあり方についても研究が必要です。

 国立環境研究所に国際オフィスが設置されているグローバル・カーボン・プロジェクト(Global Carbon Project, GCP)では、こられのネガティブ・エミッションにかかわる国際的研究ニーズに応えるための国際研究計画として、MaGNET(Management of Negative Emission Technologies)をGCPの国際委員との連携によって策定し、国際科学会議の新たなプログラムであるFuture Earthにおけるイニシアティブのひとつとして立ち上げました。GCPつくば国際オフィスでは、これに関連するより具体的な国際共同研究提案を計画する とともに、一連の国際ワークショップを企画して開催しています。詳しくはGCPのホームページをご参照ください。

(やまがた よしき、地球環境研究センター 主席研究員)

執筆者プロフィール

山形 与志樹

神奈川県生まれ。麻布高校、東大教養卒。専門は、システム分析、土地利用シナリオなど。学生時代は細胞性粘菌の集合現象を研究して感動。最近は同じ関心の延長上でエコアーバニズムについて勉強中。

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