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2014年2月28日

持続可能なライフスタイルの実現に向けて

特集 持続可能な社会への転換方策
【シリーズ先導研究プログラムの紹介:「持続可能社会転換方策研究プログラム」から】

青柳 みどり

1.はじめに

 持続可能な社会の構築は、持続可能な消費形態およびライフスタイルを考える事と深く結びついています。持続可能なライフスタイルは、消費者もしくは家計の選好、家族の状況に依存し、また各人がどのように働き、どのような余暇を過ごすかにも依存します。一方、現実社会では少子高齢化、格差社会、雇用問題等々の様々な問題が存在します。高齢化は人々のモビリティに直接影響します。失業は我々の生活の維持に大きく影響します。これらと「持続可能な」ライフスタイルを切り離して考えることはできるでしょうか。また、「持続性」という時間の経過を示す概念を分析する際に、一時点のみを考察対象とするので十分でしょうか。このように考えると、持続可能なライフスタイル研究のアプローチは、これまでの環境分野におけるライフスタイル研究がいわば生活者の環境配慮行動に絞った分析を中心にしているのとは根本的に異なるアプローチが必要になると考えられます。

2.持続可能な消費をめぐるこれまでの議論

 これまでの持続可能な消費の議論は、基本的には1990年代以降盛んに言われた「地球に優しい50の方法」「地球に優しい買い物ガイド」のような、「簡単にできて」「エネルギーやものの消費を抑えられる」方法が基本路線でした。しかし、「持続可能な社会」を考える場合に、この観点で十分でしょうか。本稿においてはこの点についてあえて議論してみたいと思います。そのために、持続可能な消費およびライフスタイルの変革について、これまでどのような議論がどのようなコミュニティで行われてきたのかについて紹介し、持続可能社会の構築に向けての諸概念を整理します。

 持続可能な消費は、1992年のリオの国連環境開発会議に提出されたアジェンダ21のセクションIにおいて、「第4章消費形態の変革」としてあげられており、持続可能社会構築に向けての重要な課題の一つとなっています。以降、国連社会経済局と国連環境計画を中心に継続的に議論されてきました。2002年のヨハネスブルグの「持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)」においても主要議題の一つでした。

 1994年に開催された「オスロ円卓会議」では、持続可能な消費の定義がなされました。それは、「自然 資源の利用、有害化学物質、ごみや汚染物質をライフサイクル全般にわたって最小限にしながら、人々の基本的ニーズやよりよい生活の質に対応するモノやサービスの利用であり、なおかつ将来世代の必要を脅かさない」というものです。これは、持続可能な開発の定義である「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」をなぞったものといえるでしょう。

 2002年にヨハネスブルグでのWSSDにおいては、アジェンダ21をより具体的な行動に結びつけるための包括的文書である「ヨハネスブルグ実行計画(JPOI)」が採択されました。このJPOIをうけて2003年にマラケシュにおいて、マラケシュ・プロセスと呼ばれる持続可能な生産と消費にかかる10年計画が採択されました。そのもとで7つのタスクフォースが設置され、ライフスタイルに関しても、スウェーデン政府(環境省)が中心となってタスクフォースが設置され、筆者もこれに参加して活動してきました。この持続可能なライフスタイルに関するタスクフォースの報告書によると、「ライフスタイル」「持続可能なライフスタイル」「持続可能な消費」に関する概念は以下のように定義されます。

 「ライフスタイルとは、欲求と願望を満たすために生きていく生活そのものである。これは、社会的会話の意味を持ち、自分自身の社会的な立ち位置、心理的な欲求を表すシグナルとしての役割を果たす。シグナルの多くは、財によって媒介されるので、ライフスタイルは社会の物質や資源の流れと密接にリンクする。
 持続可能なライフスタイルとは、基本的欲求を満たし、より良い生活の質を提供し、ライフサイクルを通じて自然資源の使用と廃棄物や有害物質の排出を最小限にしたうえで将来世代の取り分を脅かさないような行動と消費のパターンである。持続可能なライフスタイルは、様々な社会の文化、自然、経済や社会的な遺産を反映させるべきである。人々は社会的会話の一つの表現として、これらを他人との仲間意識の表現や差別化に使う。持続可能なライフスタイルは、例えばコミュニケーション、娯楽、スポーツ、教育などをセットで含むものである。」

 上記によって、持続可能なライフスタイルとは、物質的な側面からだけではなく、生活の質やその背景にある文化や自然、経済なども範疇に含みます。その構成要素である、持続可能な消費に関する研究は、個々の消費の意味、消費によって得られる満足の内容まで対象となります。さらに、モノの消費の範疇をこえた様々な活動をもその考察範囲としています。消費者は、自分自身の社会的な立ち位置や願望・欲求を表すシグナルの一つとして消費を行い、他者との関係性の構築を図っており、それによって築き上げられた関係性もまたライフスタイルをなす消費行動として考察の対象となるのです。

 なぜ、このような視点が必要なのでしょうか。人は「必要な機能を満たしている」という理由だけではなく、機能や価格、デザイン、ブランドなどの消費対象物のさまざまな「属性」を考慮してモノやサービスを選択しています。だからこそ、「社会的に責任ある消費」や、「倫理的消費」などを考える余地があるのです。フランスの社会学者、ボードリヤールが論じたのは、消費社会そのもの、また消費の意味を問い直すものでした。彼は、消費について、以下のように述べています。

(1)消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない。
(2)消費はもはや個人や集団の単なる権威づけの機能ではない。
(3)消費はコミュニケーションと交換のシステムとして、絶えず発せられ受け取られ再生される記号のコードとして、つまり言語活動として定義される。

 以上のように「消費」は、人々のライフスタイルを表す社会的な活動ともとらえることができます。

3.シナリオ構築

 本プロジェクトでは、以上の定義をもとに、また各種の社会統計、労働経済学(ワークバランス論、格差論を含む)、家族社会学、社会政策等の専門家、また情報通信技術分野や、子育て支援、雇用の実務家等の参加を経てワークショップを実施し、将来のメイントレンドの探索とシナリオ構築作業を行いました。現時点では、数値として表すものではなく、文章で叙述的に描き出すシナリオとなっています。

 この作業は、a.各種統計やその分析結果、またライフスタイルを規定する諸要因を考慮した日本人のライフスタイルのメイントレンドの抽出を上記専門家の参加を得て実施、b.メイントレンドに加えて、「変化の兆し」を考慮に入れた変化するライフスタイルの抽出をさらにワークショップで議論、考察、c.以上の結果を、将来の変化の兆しライフスタイルシナリオとして具体的な形に書き下ろす、というステップで行いました。また、以上で構築されたメイントレンドと変化の兆しライフスタイルシナリオについては、さらに様々な人に意見を聞く検証作業を行いました。

 その結果、メイントレンドとしては、「行動することによってリスク回避(自己実現グループ、社会派グループ)」、「リスクに気がついていない」、「リスクに気がついているが対応仕切れない」の4つにまとめられるトレンドが見いだされ、一般の人々への検証作業でも高い共感を得られました。変化の兆しライフスタイルシナリオについては、まだ様々な検討が必要であることがわかりましたので、ここでは割愛いたします。しかし、様々なところで、我々の変化の兆しライフスタイルに類似した活動の試みが見られ、またいくつかは後述のEUのプロジェクトでも共通のものとなっています。

 今回の作業から見えてきたものは、我々が生活していく上で直面するであろう、様々な「リスク」にどう対処していくか、そのリスクへの対処能力、対処できる社会の構築が、これからの持続可能社会の構築に必要不可欠であるという点です。

 そのリスクへの対処は、個人で可能なものもあるが、社会全体で取り組まなければならないものもあります。また、人がどう生きていくのかについて、それぞれの人生の岐路における選択に依存するものもあります。リスクという観点は、気候変動問題や自然災害などの問題で最近しばしば言及されている、レジリエンス(回復力)の議論にも通じるものです。社会においていかにリスクに対応できる体制が整っているかは、結局はレジリエンスの問題としても議論可能です。我々のこのような視点は、偶然にも同時期に活動していたEUにおけるプロジェクトSPREAD(SPREAD Sustainable Lifestyles 2050 - Social Platform identifying Research and Policy needs for Sustainable Lifestyles: http://www.sustainable-lifestyles.eu/)と共通したものでした。また持続可能な消費に関する国際的な研究者ネットワーク(SCORAI: Sustainable Consumption Research and Action Initiative)において我々の成果を発表した際にも、共有されました。

(あおやぎ みどり、社会環境システム研究センター環境計画研究室長)

執筆者プロフィール

筆者の青柳みどりの写真

シナリオ構築作業をしながら、貧困の問題、ワークライフバランスに問題、我々の生き方を足下から考える様々な人にお会いしました。人生は深い。上澄みだけみているようじゃいかん。我々の仕事は、様々な声に耳を傾けることから始まるのだな、と思います。

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