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2016年9月30日

温室効果ガスの長期的変動をモニタリングする事業

Summary

地球環境としての大気組成が変化し、温室効果ガスの濃度が長年の人為的活動によって変化しています。このことは、重要な事実として科学的に記録し、その原因を突き止めなければなりません。地球環境研究センターでは、長期的に運用できる波照間、落石岬モニタリングステーションを建設し、そこでの20年以上に渡るデータからさまざまな解析を行っています。

地球環境モニタリングステーション(波照間、落石岬)─これまでの運営の歴史

 波照間、落石岬での観測が20年以上も継続できたのは、決して個人の力によるわけではありません。何十人もの担当者が、それぞれの時代に必要な仕事を自らに課して、各人の努力でこなしながら長い年月の運営を引き継いで初めて継続できるもので、組織としての運営の成果と言えます。先人の良きアイデアを引き継ぎつつ、改良や合理化を重ねることで、ステーションは徐々に良くなり、観測精度が向上するとともに、観測項目の多様化・高度化などが実現できるようになってきました。

 最初の地球環境研究センターのモニタリングステーションは、1.人が常駐しないステーション、2.科学的に高度な情報を得る戦略的モニタリングの二つをコンセプトとして設置されました。気象庁とは異なり、測候所や常駐するための人を持たない研究機関が高度な大気組成の観測を長期的に進めるためにとった手法は「観測の自動化」と、「遠隔(リモート)管理の手法」でした。同時に標準ガスの作製もモニタリング事業の大きな柱でした(コラム1)。

 地球環境研究センターでは、特定の観測施設を持っていないことを逆に利用して、よりよいバックグラウンド大気の観測場所を探すことから始めるとともに、観測用に必要な大気採取タワーの設置などを含め、ステーションづくりを一から組織的に行ってきました。施設の建設にあたっては、まず地元の方々との協力体制づくりを進めました。例えば、温室効果ガスのモニタリングの意義を理解していただきました。また、こちらでは建設や運営に伴う自然への負荷を最小にする方法を検討するとともに(コラム5)、観測値に影響を与えないように地元の方の協力をお願いしています。

 観測は、二酸化炭素とメタンから始まりました。観測の装置や標準品の市販品がほとんどないため、自分たちで観測システムを開発し、改良を重ねました。亜酸化窒素は、放射性物質を用いた電子捕獲検出器(ECD)で観測するために、放射性物質使用の手続きなども新たに行いました。さらに、大気汚染物質である窒素酸化物、硫黄酸化物、オゾン、一酸化炭素などの観測が加わりました。また、PM2.5やPM10を測定するために、専用のガラス製10mの大気取り込みタワーを波照間に作りました。

図12 波照間ステーションの内部
右からボトルサンプラー、N2O、CH4、CO2各観測装置が並ぶ。

 今では、フロン類を測るためのGC-MSという精密な機器が自動で動き、また酸素濃度の測定や同位体測定用の自動ボトルサンプリング装置、ラドン観測装置もステーション内に完備しています。これらの装置を遠隔地から管理できるよう、機器の動きやその状態、関わるガスの流量、標準ガス圧力、部屋や機械の温度、外部の気象要因、停電などの情報や動画などのリモート監視体制が確立されています(地球環境モニタリングステーションのあゆみ参照)。


 しかし、ここに至るまでには、様々な困難を乗り越える必要がありました。台風や塩害、雷の多い波照間ステーションでは施設の補強や修理など管理の仕方の課題がありました。落石岬ステーションでは、霧の降る北の大地ならではの地面の安定性の問題、雪や吹雪による停電対策や交通の遮断など多くの施設運営の課題がありました(コラム3)。落石岬ステーションでは、霧の多い北の大地ならではの地面の安定性の問題、雪や吹雪による停電対策や交通の遮断など多くの施設運営の課題がありました(コラム5)。また、以前はリモートでアクセスするために電話を用いていましたが、今ではインターネットの設備も完備しています。

23年の観測から見えるもの
─CO2、酸素、ハロカーボン、大気汚染物質などの動きとグローバルな収支の話

 二酸化炭素濃度は5秒ごとに観測されており、それらのデータを平均して「日平均値」を作ります。波照間、落石岬の二酸化炭素濃度の日変化は非常に小さいので(コラム7)、年間の濃度などにするときには、日平均値を用いて議論を行うことで十分な精度が出ます。

 このような運用をたゆまず23年繰り返して行うことによって、二酸化炭素の地球上での動きが見えてきます。図に二酸化炭素の季節変化(図13)と長期変化(図14)を示しました。この図13から、夏に二酸化炭素の濃度が減少することがわかります。これは北半球の植生が、春から夏にさかんに光合成を行い、大気中の二酸化炭素を多く使うために大気中の濃度が減少することを示しています。また、北海道にある落石岬の方が二酸化炭素の濃度が大きく減少することもわかります。これは北海道やシベリアを含むこの緯度帯にある森林の面積が大きいことと関係しています。この緯度帯で7~8月に二酸化炭素が植生に吸収された大気の影響が徐々に南に伝播し、波照間では二酸化炭素の濃度の極小が8~9月に現れます。これは、各緯度帯の季節の特性とも関係があり、熱帯域にいくと季節変化はかなり小さくなります。長期的にはこの季節変化の大きさが二酸化炭素の吸収量や放出量に影響されることに注目して研究しています。

図 13 波照間、落石岬ステーションの二酸化炭素濃度の月変動の平均的パターン



図 14 波照間、落石岬ステーションにおける二酸化炭素濃度変化 (上)と濃度増加速度(下)の変動

 長期変化を見ると、両地点とも全体として二酸化炭素の濃度が上昇しており、世界的な傾向と合致しています。1年当たりの濃度の増加速度は、1~4ppm/年と毎年同じではありませんが、23年間で徐々に上昇しています。これは、人間による二酸化炭素の排出量が23年間で増加していることと整合しています(コラム2)。つまり二酸化炭素の排出量が増えれば、モニタリングされる大気中の濃度上昇として現れるということで、このような大気濃度変化は地球温暖化の監視のための重要な情報源です。単純に計算してみると、平均的な濃度の年間上昇速度は、人間が排出した毎年の二酸化炭素量に対して約60%程度の量を示すことがわかりました。よく言われている、40%が自然界(森林や海など)に吸収されたということはこのようなモニタリングからわかってきたことです。我々が二酸化炭素を排出すれば、ある部分は大気に残り濃度上昇を引き起こすだろうこと、逆に排出を少なくすると、それが抑えられるだろうことがわかります。

 一方、大気中の二酸化炭素濃度の増加速度は23年間一定ではなく2~3年で変化することがわかりました。これは、我々が放出している二酸化炭素の量が毎年常に増加している(コラム2)ことと合致しません。このことは、自然界による吸収量が毎年変化することを示しています。特に陸域の森林などの吸収量の変化が、大気中二酸化炭素濃度上昇の変動を引き起こしています。エルニーニョが起こった年のように、地球全体の気温が高い場合は陸域の吸収量が抑えられて、二酸化炭素の増加速度が増えます。北海道と沖縄では増加速度変化が少し異なり、地域的な自然界の応答が異なることが見てとれます。今後、気候変動によって、自然界の吸収量の変化がどのように起こるかを明らかにすることは重要な研究課題と言えます。

 また、アジアという地域性で見ると、我が国が中国という現在世界一大きな二酸化炭素発生国の隣にあることの影響が、二酸化炭素のモニタリングに現れるだろうと予想されました。モニタリングの結果、これは特に濃度変動の大きさに現れていることがわかりました。わかりやすく比較するために、1994年冬季の二酸化炭素の濃度変化と2009年に取られたものを図16に示しました。冬季は時々中国大陸から濃度の高い大気が流れてきますが、2009年のデータの方が、明らかに高い濃度の大気が波照間に流れていることがわかります。1994年では、濃度が増加していますがその程度はかなり小さく、この間に中国での二酸化炭素の発生状況が一変しているであろうことが、モニタリングデータから読み取れます。コラム2にあるように中国では、2008年の北京オリンピックに向けた急激な経済発展により、2009年時点では90年代の2倍程度、現在では3倍程度まで二酸化炭素発生量が増加していると報告されています。

図 16 各年の冬季3 カ月分の波照間での二酸化炭素濃度変動比較

 これらの二酸化炭素の由来にまつわる事情は、酸素濃度の精密測定や炭素の安定同位体比、放射性炭素濃度などを調べることによってさらに研究が進んでいます。また同様の地域的な発生量変化については、大気汚染物質やメタン濃度測定にも現れています。最近では、非常に高い濃度のPM2.5が観測されるようになってきました。また、フロンなど人為起源発生しかない物質のモニタリング結果に、中国での生産の様子が現れていることもわかってきました。

 このような長期的な変化は、精度の高いモニタリングを継続することによってしか検出できません。人為起源のみならず、自然による長期的な変化は記録しておかないと失われていくものであることが、モニタリングをしているとよくわかります。また、地球全体の状況把握のためには、観測の精度の向上が重要です。なぜならば、地域ごとに測定の精度が異なると、データが比較できなくなるからです。そのためにも、ここで使っている標準ガスの管理の技術開発に関しては、世界の各機関との比較を含めてたくさんの活動を行ってきました。過去のデータと未来のデータとの比較が非常に重要なため、標準ガスの基礎技術を確立にすることでモニタリング事業が成り立っています(コラム1)。

 今後も、このような地球大気のモニタリングは継続しなければなりません。地球温暖化は100年規模の問題なので、数十年後の担当者が現在の記録まで遡り、変化を見つけられるように、精度の高い正確なデータを残しておくことが、現在の担当の役目です。

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