ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2022年1月10日

脱炭素社会における物質フロー(モノの流れ)を考える

特集 物質フロー革新研究プログラムPJ1
「物質フローの重要転換経路の探究と社会的順応策の設計」から

渡 卓磨

はじめに

 物質フロー革新研究プログラムのプロジェクト1では「物質フローの重要転換経路の探求と社会的順応策の設計」と題し、持続可能な物質フロー(モノの流れ)を明らかにするための研究に取り組んでいます。この記事では脱炭素社会と金属資源の関係に着目した研究の一例を簡単にご紹介します。

金属資源と脱炭素社会

 金属は現代社会に必要不可欠な資源です。私たちの日常生活は、車や電子機器、産業機械、ビル、インフラ等の様々な形態で社会に蓄積した金属資源によって支えられています。一方、金属の生産活動は大量のエネルギーを消費し、世界の温室効果ガス(GHG)排出量の約10%を占めていることがUNEP国際資源パネルによって指摘されています。そのため、世界の気温上昇を産業革命以前と比較して1.5℃以下に抑えるという気候目標の達成に向けて、金属生産活動においても早急かつ大幅なGHG排出削減が強く求められています。しかし、金属生産工程(特に種々の化学反応や高温熱供給工程等)の脱炭素化は技術的に困難であるため、社会全体で金属の使い方そのものを考えていくことが重要になります。

 そこで私たちの研究グループでは、6種の主要金属(鉄鋼、アルミニウム、銅、亜鉛、鉛、ニッケル)を対象とした世界規模でのシミュレーションモデルを構築し、気候目標達成のためのGHG排出削減要求(GHG排出制約)が21世紀にわたる金属生産・利用・循環にもたらす影響を評価しました。

金属利用の現状

 そもそも現在、金属はどこで、どのくらい使われているのでしょうか? 将来のことを分析するためには、まずは現状をよく知る必要があります。本研究ではまず、世界各国・地域における過去110年間(1900~2010年)の金属利用の実態を解析しました。その結果、現在、日本を含む高所得国の経済活動は一人当たり約12トンの主要金属の社会蓄積に支えられていることが示されました。金属の社会蓄積とは、製品・インフラとして社会に蓄積している金属のことを指します。つまり、世の中に走っている車や、使われている建設物などを金属の重さに換算すると一人当たり約12トンになるという意味です。例えば日本には現在、約15億トンの金属が蓄積しており、人口は1億2,600万人程度なので、一人当たり約12トンの金属の社会蓄積に支えられているという計算になります。これに対して世界平均の社会蓄積量は約4トン、低所得国は1トンにも満たないことが示されました。つまり、高所得国の人々は低所得国の人々よりも10倍以上多くの金属を利用して日常生活を営んでいるということです。

脱炭素社会における金属生産・利用・循環

 ではGHG排出制約下において、現在の高所得国と同量の金属を世界全体で生産・利用することはできるのでしょうか? 本研究では、世界における金属の採掘から加工、利用、循環に至る一連の流れを表現するシミュレーションモデルを開発し、GHG排出制約の影響を解析しました(より詳細なモデル・前提条件の説明はWatari, T. et al. 2021, Global Environmental Change, 69, 102284をご覧ください)。その結果、GHG排出制約下では、2030年までに全ての対象金属の天然鉱石からの生産量がピークに達し、2100年までの累積での鉱石需要量は現在確認されている資源量の概ね50%以下に留まると推計されました(図1および図2)。これは、物理的枯渇に直面するよりも前に、GHG排出制約によって将来の天然鉱石からの金属供給が制限されうることを示唆しています。一方、スクラップを原料とした生産量は徐々に増加し、2050年までには天然鉱石からの生産量を上回ることが示されました。しかし利用可能なスクラップには量的限界があるため、21世紀後半にかけて生産量の増加は徐々に緩やかになります。

GHG排出制約下における主要金属の世界的な生産量の推移の図
図1 GHG排出制約下における主要金属の世界的な生産量の推移
細線は様々な対策(例:脱炭素電力の利用)を想定した各シナリオを、太線はシナリオの平均を示しています。(Watari, T. et al. 2021, Global Environmental Change, 69, 102284を基に作成)
2020年から2100年までの累積での鉱石需要量と資源量の比較図
図2 2020年から2100年までの累積での鉱石需要量と資源量の比較
資源量は現在確認されている資源の総量を示し、現状では経済的に採取不可能な量も含まれます。
エラーバーはシナリオの最小値と最大値を示しています。(Watari, T. et al. 2021, Global Environmental Change, 69, 102284を基に作成)

 その結果、GHG排出制約下での一人当たりの社会蓄積量はシナリオ平均で約7トンに収束すると推計されました(図3)。本値は様々な対策を考慮したシナリオの平均値であり、脱炭素電力の利用やエネルギー効率の改善、水素還元技術の普及、リサイクル率の向上等、様々な対策を野心的に実装した場合の利用可能量は一人当たり約10トンまで上昇します。これらの結果は、上記のような様々な生産技術開発や循環利用の重要性と共に、需要側での対策の必要性を示唆しています。つまり、日本を含む高所得国では、現在よりも少ない金属生産・利用量で私たちの居住や移動、通信といったニーズを充足するための物質利用効率の向上が求められるということです。

GHG排出制約下における所得レベル国別の一人当たり金属蓄積量の推移の図
図3 GHG排出制約下における所得レベル国別の一人当たり金属蓄積量の推移
実線はシナリオの平均値を、塗りつぶし範囲はシナリオの最小値と最大値の幅を示しています。 黒の破線は将来推計の開始年を示しています。 (Watari, T. et al. 2021, Global Environmental Change, 69, 102284を基に作成)

物質利用効率改善のための効果的な戦略

 本研究では、物質利用効率を高めるための効果的な戦略は国によって異なることも示唆されました。今後、金属蓄積量を拡大させる段階にある低所得国とは異なり、日本を含む高所得国は既に一人当たり約12トンもの金属を社会に蓄積しています。そして今後発生する需要の大半は、この金属蓄積量の減耗を補うための需要、つまり、老朽化によって破棄される車や建設物等を取り換えるための需要になります。そのため、高所得国では既に社会に蓄積している製品・インフラを長く、かつ高い強度で利用することが重要になります。例えば、車やオフィスビル、電気・電子機器のシェアリングや長期間利用がこれに該当します。一方の低所得国は、計画的な都市開発によって物質利用効率の高い都市インフラを今から開発する機会を有していると言えます。

 このような研究の一連の成果は、物質生産・利用・循環に関する科学的目標の設定に向けた国際的議論を喚起すると共に、日本の脱炭素社会と物質利用に関する長期展望の構築にも貢献することが期待されます。

(わたり たくま、資源循環領域 国際資源持続性研究室 研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の渡卓磨の写真

メジャーリーガー大谷翔平選手の活躍を見ることが毎日の楽しみです。大谷選手とは同年齢であり、異国の地で挑戦し続ける彼の姿を見るたびに、体の底からやる気が満ち溢れてきます。私も新しいことに積極的に挑戦し続けられる研究者でありたいと思います。

関連研究報告書

表示する記事はありません