気候変動および人為的攪乱による
草原生態系への影響評価
Summary
気候変動や人為的攪乱が草原生態系に及ぼす影響を評価するため、私たちは、まず典型的な草原を抱えるモンゴルを対象に、温暖化に伴う永久凍土の融解およびその影響の監視と評価を行い、また、気候変動に加え、人為的攪乱が重点地域の水資源や牧草地の利用可能量およびその脆弱性に及ぼす影響を評価しました。
温暖化に伴う永久凍土の融解および その影響の評価
モンゴルで気象観測の期間が最も長い6地点(ウランバートル(Улаанбаатар)、バルーンハラ(Баруунхараа)、チョイル(Чойр)、サインシャンド(Сайншанд)、ザミンウード(Замын-д)とマンダルゴビ(Мандалговь))のデータ解析によると、1945-2019年の75年間に年平均気温は約2.8℃も上昇したことが分かりました。温暖化が永久凍土の融解に及ぼす影響を検出するために、私たちは、2009年からモンゴル北部の森林、草原、湿地など様々な生態系において、深さ10mから30mの8つのボアホールを掘削し、地温プロファイルの観測を行い、永久凍土の温度や活動層の厚さなどの指標を算出し、永久凍土の融解スピードや変動幅を解析しました。その結果、永久凍土の温度は森林では年間約0.005~0.015℃、草原地域では0.015~0.025℃上昇したことと、活動層の厚さは、森林では年間0.0~0.2cm、草原では22.9~29.2cmも増大したことが分かりました。つまり、森林よりも草原の永久凍土がより顕著に劣化したことを意味します。また、氷が豊富で湿潤な凍土層よりも、乾いた凍土層の温度上昇が顕著であることも判明しました。
広域の永久凍土の将来予測を行うため、私たちは、NASAの地球観測衛星Terra/Aquaに搭載されているMODIS(中分解能撮像分光放射計)による地表面温度データ(MOD11A2)を用いて、従来の気象観測による数十kmメッシュより遥かに精度の高い1kmメッシュの永久凍土の現状分布図を作成しました。さらに、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)に参加した5つの全球気候モデル(MIROC-ESM、NCAR-CCSM4、NOAA-GFDL-CM3、BCC-CSM1.1およびMPI-M-ECHAM6)のうち、現地観測データと最も相関の高いMPI-M-ECHAM6の予測結果(RCP8.5)を用いて、今世紀末(2090年代)の永久凍土分布のシナリオ予測図も作成しました。それによると、今世紀末までにモンゴル北部の海抜の高い山地以外では、永久凍土は連続・不連続的にしか残存せず、特に、点在的・島状的な永久凍土地域の面積は現在の1/5程度に縮小すると予想されました(図2)。さらに、気候変動と人為的な攪乱が凍土融解に与える影響を解明するために、私たちは、SHAW(Simultaneous Heat And Water)モデルを用いて数値実験を行いました。その結果から、気温上昇や降水量の減少による干ばつは、さらに地表面温度の上昇に拍車をかけ、永久凍土融解の一要因になると考えられました。また、干ばつと過放牧が温暖化と同時に起これば、永久凍土の融解をさらに加速させる可能性も示唆されました。
人為的攪乱による水循環への影響評価
気候変動や人為活動が水循環に及ぼす影響を評価するため、私たちは、まず水需要インベントリを作成し、地域別の水需要量を推計しました。また、地下水位の観測データの解析により、地下水利用の変動特性についての知見も得ました。さらに、入手可能な既存データを最大限に活用して、流域の水循環の変化への影響が大きいと考えられる家畜用水・都市用水・鉱業用水の経年変化(1980〜2018年)をソム(市町村)ごとに算定し、モデル入力のために高解像度データを作成しました。それをベースに、経済的な中核である首都のウランバートルおよび南ゴビの鉱山の中核(オユトルゴイ鉱山:世界最大級の金と銅の埋蔵量)を含む2つの流域(トゥール川とガルバ川流域)を対象にして、これまでに開発してきた統合型水文生態系モデルNICE (National Integrated Catchment-based Eco-hydrology) を適用し、水循環への人為的影響を評価しました。その結果、都市化や鉱山開発に伴う過度な地下水汲み上げが周辺域の水循環の改変に及ぼす影響を定量的に解明しました。
人為的攪乱による牧草地の牧養力および 脆弱性への影響評価
気候変動に加え、人為的攪乱が草原生態系に及ぼす影響を評価するため、私たちは、水や飼料の需給バランスを考慮した牧草地の牧養力および脆弱性を評価する統合モデルを開発しました。入力データとして、モンゴル全土の地形や土地利用データ(解像度30m)、MODIS植生指数や葉面積データ(解像度1km)、そして欧州中期予報センター(ECMWF)モデルによる気温、湿度、風速、降水量、放射収支などの気象再解析データが利用されました。また、都市化や過放牧など人為的攪乱を表す指標(放牧圧)を推計するため、2000〜2019年の市町村別の人口、産業、家畜頭数(牛、馬、羊、ヤギ、ラクダなど)のデータを入手し、地理情報システム(GIS)を用いて解析しました。
これらのデータを評価モデルに入力することで、半乾燥地域の都市地域(ウランバートル)と草原地域(アーガラント)、乾燥地域の鉱山地域(ハンボグド)と砂漠地域(マンレー)など4つの対象地域の飼料生産高、牧養力、放牧圧および脆弱性指数の時空間的変化を推定しました(図3)。その結果、市場経済が導入された後、特に2000年以降、都市と鉱山地域では放牧圧が牧養力を大幅に上回っており、牧草地の脆弱性が一層高まっていることが明らかになりました。そのうち、牧養力、放牧圧および脆弱性の順序は次のとおりです。 (1)牧養力:草原 > 都市 > 砂漠 > 鉱山 (2)放牧圧:都市 > 草原 > 鉱山 > 砂漠 (3)脆弱性:都市 > 鉱山 > 砂漠 > 草原
今後は、研究成果をモンゴルおよび周辺国の研究者や政策決定者と共有し研究ネットワークを広げていきたいです。そして、開発した統合モデルを用いた家畜頭数の適正管理や、水資源と飼料供給システムの構築などの適応策の効果を評価しようと考えています。