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2020年5月1日

家庭CO2の市町村別推計:
地域特性に応じた対策の推進に向けて

特集 持続可能社会のためのまちとしくみの評価
【研究ノート】

石河 正寛

はじめに

 日本が課題としている家庭部門の二酸化炭素排出量(以降、家庭CO2排出量)を大幅に削減するには、国内各地域の気候や社会的条件に応じた適切な対策(以降、地域特性に応じた対策)を講じることが重要です。それは、世帯が居住する地域の気候や、世帯の人数や住宅の広さ、戸建住宅か集合住宅かといった居住形態の違いに応じて、効果的な排出削減対策が異なるためです。

 地域特性に応じた対策を推進するため、日本政府は、国内の都道府県や市町村などの地方公共団体に対して、それぞれの行政区域における温室効果ガスの排出抑制等を推進するための総合的な計画(正式名称は「地方公共団体実行計画(区域施策編)」)の策定・実施を求めるとともに、排出削減目標の設定方法や排出量の算定方法などを記した計画策定マニュアルを作成・公表しています。しかし、排出削減に寄与する実効的な成果にはあまり結びついていないのが現状です。この理由の一つに、計画策定マニュアルで示されている市町村向けの家庭CO2排出量の算定方法では、各市町村の気候や居住形態の特徴を反映した排出量を求めることができないという点が挙げられます。計画策定マニュアルでは、市町村における家庭CO2排出量の標準的な算定方法として、都道府県の排出量を市町村の世帯数で按分する方法を提示しています。市町村レベルで把握可能な排出量の統計データが存在しないためにこのような措置がとられているのですが、この算定方法では、同じ都道府県に属する市町村の世帯あたり排出量がすべて一律の値になってしまうという制約があります。同じ都道府県の中でも各市町村の気候や居住形態の違いによって世帯あたり排出量は多様にばらついていることが実際の状況と考えられ、こうした市町村別の差異を反映することが出来ない策定マニュアルの算定方法では、地域特性に応じた対策を検討することが難しいという問題があります。この問題を解決することを目的として、我々の研究チームは、環境省が実施している「家庭CO2統計」を活用して、各市町村の気候や居住形態の違いを反映した世帯あたり排出量を求められる回帰モデルを構築し、全国市町村別の家庭部門CO2排出量の推計に取り組んでいます。

家庭CO2統計を活用した世帯あたり排出量を求めるための回帰モデル

 環境省では、家庭からの世帯属性ごとのCO2排出実態や家電製品等の機器の使用状況といったエネルギー消費実態、また、省エネ行動の普及率等の詳細な基礎データを把握することにより、今後の削減対策の検討や削減効果の検証、削減目標に対する精緻な達成評価等を行うための統計調査として、平成29年度から「家庭CO2統計」(正式名称は「家庭部門のCO2排出実態統計調査」)を毎月実施しています。家庭CO2統計は、全国約1万3千世帯を対象にして、各世帯の燃料種別・用途別のエネルギー消費量・CO2排出量に加え、世帯や住宅の属性、各種エネルギー機器の保有・利用状況などの情報を併せて調査しています。

 従来、地域レベルの家庭CO2排出量の推計には、元データとして総務省統計局による「家計調査」が一般的に用いられてきました。家計調査は、全国約9千世帯を対象とした家計の収入・支出、貯蓄・負債などについて毎月行われている調査です。家計調査を用いて地域レベルの家庭CO2排出量を推計する場合、調査された電気・ガス・灯油などのエネルギー消費支出金額をエネルギー消費量やCO2排出量へ変換するための煩雑な前処理を行う必要があることや、そもそも家計調査はエネルギー消費やCO2排出の実態把握を目的とした統計調査ではないといったことから、扱いづらいという問題がありました。家庭CO2統計はこうした家計調査にみられた問題が解消され、地域における家庭CO2排出量の削減対策において今後大きく活用されることが期待されます。ただし、家庭CO2統計の調査結果は地方10区分別の公開に留まるため、市町村の排出量推計に活用する上では地域区分の粗さや気候区分との対応付けといった問題を解消することが必要になると考えられます。そこで我々は、家庭CO2統計の個票データを用いて地方10区分別の重回帰分析を行い、気候や居住形態に関する諸要因がそれぞれの地方区分において排出量にどの程度の影響力をもつものであるかを推定することにより、各市町村の気候や住まい方の違いを考慮した世帯あたり排出量を求められる工夫を施しました。(図1)

統計の特徴と市町村別世帯あたり排出量の推計方法の概要の図
図1 家庭CO2統計の特徴と市町村別世帯あたり排出量の推計方法の概要

回帰モデルを用いた全国市町村別の世帯あたり排出量の推計

 構築した回帰モデルを用いて計算した全国市町村別の世帯あたり排出量を地図化したものが(図2)です。計画策定マニュアルに基づく標準的な算定方法では都道府県単位、家庭CO2統計の公開データでは10地方別3都市階級別の差異までしか反映できないのに対し、我々の推計モデルでは市町村別の差異まで把握することが可能になります。推計モデルの結果から、関東甲信や近畿、九州などの地方区分では、同じ地方区分や都道府県の中でも各市町村の排出量差が大きいことがわかります。これらの地方区分・都道府県に属する市町村では地方内・都道府県内の気候や居住形態が大きく異なるため、本研究の回帰モデルを用いて排出量の算定を行うことで、区域の実際の排出量により近い値を求められると考えています。

回帰モデルを用いた市町村別世帯あたり排出量の推計結果の図
図2 回帰モデルを用いた市町村別世帯あたり排出量の推計結果

 また、この回帰モデルは現況の排出量を算定することに加えて、排出量に影響する諸要因が将来的に変化した場合に見込まれる排出量の変動を分析すること(これを感度分析といいます)も可能です。感度分析の一例として、ここでは宇都宮市を対象とした分析結果の一部を(図3)に示します。まず、推計モデルから算定される宇都宮市の現況の世帯あたり排出量は3.28[t-CO2/世帯]と求められます。これは、平均世帯規模:2.36[人/世帯]、戸建世帯の割合:60[%]、暖房度日:2496[℃日]、…といった、宇都宮市における現状の気候や居住形態の状況を反映した排出量です。次に、こうした平均世帯規模や戸建世帯の割合などの現状値を、この先に起こりそうな将来の仮定値に置き換えてみることで、仮定した将来の排出量を計算することができます。たとえば、平均世帯規模であれば、現状の2.36[人/世帯]から将来的には小規模化して1.96[人/世帯]になった場合、世帯あたり排出量は3.00[t-CO2/世帯]となり、現状の世帯あたり排出量から約8.6%減少すると考えられます。逆に、現状よりも世帯が大規模化して2.76[人/世帯]になった場合は3.54[t-CO2/世帯]となり、世帯あたり排出量は現状から約7.9%増加すると考えられます。同様に、戸建住宅に住む世帯の割合や暖房度日などの他の諸要因に関しても、この先の将来に起こりそうな仮定値に置き換えてみることで、現状の排出量からどの程度変動する可能性があるかを見積もることができます。なお、宇都宮市で世帯規模が小規模化していくと世帯あたり排出量は減少すると考えられますが、これを一人あたりの排出量に換算して考えた場合には、世帯規模が縮小化していくと一人当たり排出量は増加していくことに留意する必要があります。

回帰モデルを活用した感度分析例(対象:宇都宮市)の図
図3 回帰モデルを活用した感度分析例(対象:宇都宮市)

 今後の展望として、電力会社やガス会社に保有されている市町村の電力消費データやガス消費データなどの実測値と比較することで推計値の検証を行うことや、今後の気温上昇による影響を感度分析的に行うことを検討しています。

(いしかわ まさひろ、社会環境システム研究センター環境政策研究室 特別研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の石河正寛の写真

渋滞に巻き込まれるのが嫌いなため入所以来7時半出勤を続けていますが、最近は7時半出勤でも渋滞に巻き込まれる頻度が増えているような気がしています。個人的には6時半出勤が可能になればいいなと思っています。

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