自然共生、あるいは迷惑をかけながらの共存
特集 生物多様性の保全から自然共生へ
竹中 明夫
地球の上の生き物はみな、なんらかの形でまわりの生き物に迷惑をかけながら生きています。他の生き物を食べる肉食・草食の動物はもちろんのこと、太陽の光を受けて静かに暮らす植物の存在もまわりの植物が光を受けるじゃまになります。
そんな中で、まわりの生き物への迷惑度合いがもっとも大きい種は人間でしょう。陸上にほぼくまなく分布して他の生物に迷惑をかけています。採って食べるだけでなく、もともといた生き物を排除した土地に作物を植えたり、建物や道路を作ったりしてきました。
そんな人間が「自然共生社会」などと言っても、それがまわりの生き物に迷惑をかけずに仲よくという意味ならば、おおくの生き物にとっては噴飯物です。とはいえ、人類社会を維持していこうと思うなら、まわりの生物に迷惑をかけつつ、生態系の働きを利用し、自然に依存して生きていくしかありません。自然共生とは、人が生き物と共倒れになることなく、じょうずに迷惑をかけていくことでしょう。
1992年の環境と開発に関する国際連合会議、通称リオ・サミットで、生物多様性条約が採択されました。多様な生き物を守りつつ、末永く利用していく仕組みを作ることが条約の目的です。まさにじょうずに迷惑をかける仕組み作りのための条約とも言えるでしょう。そして、2016年から開始した国立環境研究所の自然共生研究プログラムもその実現への貢献を目指しています。迷惑の実態を理解しつつ、過度の迷惑をかけずに共存する方法をさぐります。今回の特集では、その取り組みの一端をご紹介します。
ところで、日本では生物多様性の保全と持続可能な利用に取り組む行動計画を立てています。1995年に最初の計画である生物多様性国家戦略が作られ、その後数年ごとに見直し・改訂が行われています。戦略のなかでは生物多様性を脅かすおもな要因を整理しています。その内容は本特集の環境問題基礎知識「日本の生物多様性を脅かす「4つの危機」」で解説しています。すぐに思いつく乱獲・開発などのほかにも、いくつもの要因が挙げられています。
それらの要因のひとつは人間の活動に起因する気候変動です。本特集の「サンゴの将来を予測し、変化に備える」 では、とくにサンゴ礁生態系への影響を取り上げています。サンゴは、地球温暖化による水温の変化の影響を受けるだけではなく、大気中の濃度が高まった二酸 化炭素が海水に溶けこんだ結果、骨格が作りにくくなることも心配されています。サンゴの将来をどう予測し、そしてどう備えるのかを解説した記事をお読みく ださい。
外来生物も脅威のひとつです。生き物を、本来の生息地から遠く離れたところに放り込むと、多くの場合はあたらしい環境になじめずに消えていきます。けれども、なかにはしっかり定着し、そこで暮らす生き物に迷惑をかけ始めるものも出てきます。グローバルな人・モノの動きの活発化で、生き物の移動は近代文明 以前とは比べ物にならないスケールになっています。研究ノート「寄生ダニからみる外来種問題」では、人が運び込んだミツバチにくっついて入ってきたダニの影響の研究を紹介しています。
現代の日本では、耕作放棄も問題となっています。農地を放棄して自然に戻せば、生物多様性の保全にはプラスのように思われます。たしかにそうした一面も ありますが、人間の管理で維持されている草地などを居場所にしてきた生き物にとっては、管理放棄は存続の危機ともなります。また、放置すればすぐに自然に 戻るとは限らないことも分かってきました。調査研究日誌「無居住化集落から見る人と自然のかかわり」では、耕作放棄の現場である廃村での調査を紹介しています。
本号の研究施設・事業紹介「藻類株保存事業と霞ヶ浦研究」では、目に見えない小さな藻類の収集事業を紹介しています。環境研の藻類のコレクションは世界でも有数のものです。また、保存されている藻類のデータは自然共生プログラムの一環として行われている霞ヶ浦の生態系の研究でも活用されます。あわせてお読みください。
執筆者プロフィール:
最近、昆虫中年となりつつあります。一眼レフで写真を撮り、図鑑やネットで種類を調べます。老後の楽しみが増えました。それにしても昆虫の多様なこと。老後がいくらあっても足りません。生物多様性おそるべし。