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危険な気候変動を回避できるか?

巻頭言

原沢 英夫

 1月1日付けで,社会環境システム研究領域長を拝命しました。一昨年9月4日に森田恒幸領域長が急逝して以来,空席であった領域長を引き継ぐことになり,その任の重さと会議の多さに戸惑いながらも全力投球している毎日です。2月16日には,京都議定書が発効し,日本をはじめ先進諸国が温暖化防止に向けて,削減目標の達成のための取組みを強化します。温暖化防止をライフワークとしていた故森田領域長も「やっと発効しましたね。これからが正念場ですよ。」と,より一層研究を進め,温暖化防止に貢献するよう叱咤激励している姿が目に浮かびます。

 京都議定書発効の少し前の2月1日から3日に,エクセター(英国,ロンドンから列車で3時間弱)にある英国気象研究所で地球温暖化の研究や政策にとって重要なシンポジウムが開催されました。英国環境・食料・農村地域省が主催した温室効果ガスの安定化濃度に関する科学者会合で,危険な気候変動とは何か,それを避けるための方策はあるか,について最新の科学的知見を議論することを目的としていました。温暖化防止の究極的な目標は気候変動枠組条約第2条に示されているように,生態系や食料生産,経済発展に危険でないレベルに,大気中の温室効果ガス濃度を安定化させることです。では,大気中の二酸化炭素などの温室効果ガスが何ppmまでなら危険な影響が出ず,大丈夫なのか?欧州では,550ppmで安定化し,気温上昇で2℃までを目安にしていますが,実際のところまだ答えは出ていません。

 今回の科学者会合の主な結論は,驚くべきものでした。地球温暖化のもたらす影響・リスクは以前考えられていたよりも深刻であり,これまで科学者が考えていた以上に早く温暖化が進んでおり,将来の影響もより深刻なものとなる可能性があるということです。例えば,「北極の海氷が溶けはじめており,海の酸性化も進んでいる」,「これまで21世紀中に起こる確率は大変小さいと見積もられていた海洋大循環の停止の確率が気温上昇が3℃を超えると高くなる」,「温室効果ガスを550ppmに安定化しても2℃を超えてしまう可能性があり,確実に2℃以下にするには,400ppmに安定化する必要がある」,「削減対策が遅れると同じ温度の目標を達成するためには,後からより大きな削減対策を取る必要がある」,「しかし,温室効果ガスを安定化するための排出削減の技術的対応策は既に存在しており,多様な技術を有効に組み合わせ,活用することで,削減コストを低減できる可能性がある」などが報告されました。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が第三次評価報告書を公表したのが2001年で,おおよそ2000年までの研究成果をレビューしてまとめられています。このIPCC報告書は,現在の温暖化防止政策のよって立つ科学的知見となっていますが,この5年間にさらに多くの研究成果が発表され,科学的知見の不確実性が大幅に小さくなってきました。国立環境研究所では総合科学技術会議が進める地球温暖化研究イニシャティブとも連携して,温暖化研究を進めており,これまでに多くの研究成果があがってきています。これらの研究成果を踏まえて,安定化濃度と影響の関係を調べたり,さらに危険な影響をどうしたら避けることができるか,自然科学,社会科学の枠を越えた学際的な研究を鋭意進める予定です。危険な気候変動を避けることができるかどうかは,科学と政治の協働,さらに私たち一人一人の理解と行動にかかっているのではないでしょうか。今後も新鮮で確かな温暖化の研究成果を適宜,提供していきたいと思います。読者の方々のご理解とご支援をお願いする次第です。

(はらさわ ひでお,社会環境システム研究領域長)

執筆者プロフィール:

1992年1月に,経済崩壊した直後の厳寒のサンクトペテルスブルク(ロシア)で,温暖化影響に関するIPCC会合へ西岡秀三理事の鞄持ちで参加したのが,温暖化問題へ足を踏み入れた切っ掛けです。多くの方に温暖化の影響の深刻さを知ってもらうべく,東奔西走しています。