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2019年4月25日

海底鉱物資源開発の現状と海洋環境保全に向けた
取り組み

研究をめぐって

 新たな鉱物資源として、国内外で海底鉱物資源が注目されています。海底鉱物資源開発に向けて、事業化を見据えた探査・掘削技術の開発が国内外で進められています。近い将来、鉱物資源の開発が本格化する前に、開発対象となる海域での環境影響評価手法の開発や影響緩和策の検討が必要とされています。

世界では

 深海は人間社会から遠い存在のように思えるかもしれません。しかし、ごみ投棄の問題、水産活動、資源開発などの影響は深海底でも顕在化しています。底引き漁業は、対象生物・水産物以外の底生生物も捕獲されますし、生息環境に深刻な影響を与える可能性もあります。海底油田・ガス田の開発は、1980年代に始まり、今後も拡大される見込みですが、流出事故が起これば長期に渡って環境に影響を及ぼすことになります。海底鉱物資源開発に関しては、1970年代には、マンガン団塊開発の際の環境影響調査が実施されています。カナダのノーチラス・ミネラル社は、パプアニューギニアの深海熱水鉱床を対象として商業ベースでの開発に向けた事前調査や環境影響の調査を行っています。

 海洋環境の保全と管理においては、排他的経済水域(EEZ)と公海で、大きな違いがあります。公海の海底鉱物資源に関しては、国連組織である国際海底機構(ISA)が鉱区を管理しています。開発と環境調査に関わるワークショップを開催するなど、調査や評価方法についてのガイドラインも公表していますが、具体的なプロトコルを盛り込むまでには至っていません。一方で、海底資源をEEZ内に保有する国では独自の取り組みも進められています。例えば、ニュージーランドでは海底資源開発を行う際の環境影響評価のガイドラインが作られています。また南太平洋島嶼国では、欧州各国と共同で、海底鉱物資源開発の推進と環境影響評価の課題について検討がはじめられているところです。

日本では

 日本の鉱山開発の歴史は古く、マルコポーロが黄金の国ジパングとして紹介した13世紀まで遡ります。しかし、近年は国内の主な陸上鉱山は掘り尽くされ、資源は輸入に大きく依存しています。市場価格の乱高下や資源国の輸出制限もあったりと、日本がおかれている状況は極めて不安定と言えるでしょう。枯渇が危ぶまれている石油と比較しても、多くの金属資源の可採年数は短く、不足気味であるという指摘もなされています。

 こうした中、世界的に注目を集めているのが、手つかずの海底鉱物資源です。日本周辺の熱水鉱床の発見は1980年代に遡りますが、その後の日本を取り巻く金属資源の状況が変化してきたことを受けて、10年ほど前に、海洋基本計画などで資源の利用を進めていくことが決定されました。その結果、この10年間で相次いで新たな鉱床が発見され、10数カ所に達しています。こうした動きの中で、2014年から、SIPとして、次世代海洋資源調査技術という産学官連携での取り組みがスタートしました。広大な海から資源の有望海域を絞り込んで、効率よく探査を行う技術開発などが行われています。

 これらに加えて、資源開発に伴う環境影響の評価技術や手法を開発するという課題に、国立環境研究所も参画して、研究開発に取り組んできました。現在は、商業的な資源掘削は行われていませんので、環境問題は生じていません。環境リスクを洗い出して、事前に対応策を検討していこうというものです。国際的な潮流でもある「環境への予防的アプローチ」や「持続可能な開発」を実現するための研究として位置付けられています。

 こうしたSIPの取り組みと並行して、経済産業省の関連機関であるJOGMECが、昨年の夏に世界に先駆けて深海からの鉱石回収に成功しています。まだパイロット試験の段階ですが、商業化に向けた準備が着々と進められています。

国立環境研究所では

 SIP開始当初は、ベースライン調査及び微生物群集のメタゲノム解析を基盤とした環境影響評価を目標として研究開発を進めていました。一方で、海底資源開発の環境影響評価には、調査段階、開発段階、そして開発終了段階のそれぞれに対応する様々な評価項目が存在します。そこで商業ベースで資源開発が行われる際に、操業中に表層環境や生態系にどのような影響が及ぶのかといった点を考慮して、研究計画の軌道修正を行うことになりました。結果として、採鉱母船や鉱物資源採鉱プラントでも実施可能な環境影響評価手法を開発することを目標として、洋上バイオアッセイや植物プランクトンを用いた水質監視手法の開発、リアルタイムに水質を監視するシステムの開発などに取り組んできました。その他にも、資源開発影響評価のための数理モデル開発では、早い段階で、流動・物質動態予測モデルや生態系モデルの構築を行うことができました。こうした成果の原動力となったのは、国立環境研究所では、もともと、海洋表層に生息する植物プランクトンなどの多様性研究や一次生産に関する研究、生態系モデルや流動モデルなど様々なモデル開発に長年取り組んできたことに加えて、生態毒性標準拠点としての実績や世界的に有数の規模の微生物系統保存施設といった研究基盤の存在によるところが大きいと考えています。

 SIPでは産学官が共同で研究開発を行い、実証試験を経て、開発技術の民間への移転や国際標準化といった目標も掲げており、私たちもこうした対応に追われてきました。研究成果を国内外に発信するために、国連海洋法傘下の国家管轄権外区域の海洋生物多様性(BBNJ)会議やISA総会でのサイドイベントの開催やISO登録に向けた活動、ユネスコのOceanBestPracticesへのプロトコル掲載といった広報・啓発活動に取り組んできました(図7)。実用化に向けた一定の道筋を付けることができたと思いますし、今後、国際的にも注目され、使われる技術になることを期待しています。

活動の様子の写真
図7 SIPにおける広報・啓発活動
ジャマイカにあるISA総会サイドイベントにて(左)、海洋研究開発機構調査船にて、民間調査会社の方々と洋上バイオアッセイプロトコルの検証を行っている様子(右)