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2016年5月20日

水環境研究の最前線(3):水を研ぎ、究める
恐るべき自然の破壊力vs復興力ー蒲生(がもう)干潟

蒲生潟は、宮城県仙台市北部を流れる七北田川の旧河道に形成された、奥行き約800m、幅約250mの潟湖(砂嘴(さし)で海と隔てられた汽水湖)である。国立環境研究所では、2009年から蒲生潟の生態系調査を継続している。潟の周囲にはヨシなどが生育する塩生湿地が広がり、砂嘴上にはハマシバ、ケカモノハシ、ハマニンニク、ハマヒルガオなどの海浜植物群落が発達していた。東日本大震災前の蒲生潟は極めて富栄養な状態にあり、植物プランクトンが活発に増殖し、潟奥部には有機物に富んだ軟泥(ヘドロ)が厚く堆積していた。

11年3月11日、蒲生潟一帯は7mを超える津波に襲われた。海側の砂嘴がほぼ完全に流失したため、潟は海に直接面した前浜干潟となった。その後、砂が堆積して砂嘴が再生したため、2カ月後には袋状の潟湖地形が回復した。地形の回復は予想以上の速度だ。しかし、津波は、何十年もの間に蒲生潟に蓄積した大量の有機物を含んだヘドロを巻き上げ、潟外へと運び去った。その結果、干潟の底土が砂質化し、有機物含量は著しく低下したのである。

潟海側の砂嘴上に発達していた海浜植物群落は、津波によっていったんは完全に消失したが、13~14年になると、一部で回復が確認された。しかし、震災前に比べて疎(まだ)らで、種類も少ない。砂嘴上では、震災前には確認されていなかった外来種のオニハマダイコンが分布を広げており、ヨシ原もほとんど回復せず、裸地となった高潮帯には1年生植物のハママツナが繁茂している。このように、海浜植生、ヨシ原のいずれにおいても、その群集構造は震災前とは大きく異なり、外来種や1年生の塩生植物が卓越している。

次に、干潟で穴を掘ったり水を濾し取ったりして、干潟を維持するための縁の下の力持ちを演じる底生動物は、震災後どうなったのだろうか? 11年夏、潟全域を歩き回って底生動物の生息状況を調べた結果、震災前に確認されていた79種のうち、47種が絶滅または絶滅に近い状態にあることがわかった。二枚貝のうち、津波を生き延びることができたのはイソシジミだけであり、その他の二枚貝は一時的に絶滅した。干潟に深い穴を掘って暮らすアナジャコやスナモグリの仲間、多くのカニ類も見られなくなった。一方、一部のゴカイやヨコエビ類は、生息密度が著しく増加した。これは、砂質化によって底質の生息環境が大きく変化したことと、増殖速度が非常に速い種が他種に先駆けて、無生物状態の干潟を一時的に占有したことによるものだ。

震災後5年を経て、蒲生潟の底生動物群集は震災前に近い状態へと回復した。一方、海浜植物群落はいまだ植生変化の初期段階にあり、ヨシ原はほとんど回復していない。このように、生物群集の回復速度は生息場所によって大きく異なっている。これまでの海外の研究成果に基づけば、蒲生潟の生態系が回復して安定するまでに数十年単位の年月がかかると考えられる。

蒲生潟の復興を長い目で見守りながら、私たちが干潟から学び、考えなければいけないことはまだまだ沢山ありそうだ。

東日本大震災前の蒲生干潟(撮影:金谷弦)

国立環境研究所理事・石飛博之

Water & Life No.600 2016年3月号から転載

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水環境研究の最前線:水を研ぎ、究める(Water & Life 2016年)