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2016年5月20日

水環境研究の最前線(5):水を研ぎ、究める
地球にやさしい省エネ・創エネ排水処理技術

水道の第一の要諦は、何といっても清浄な水源の確保。だが、わが国の多くの都市では、上流で様々な土地利用がなされている河川水に頼らざるを得ない。原水には、上流の住宅や工場などから出された生活排水や産業排水が含まれている。現在は下水道の整備や法令規制に対応した処理技術の改良・普及により、水質が相当改善されてきたのも事実である。

下水処理技術の主流は、ご存じのとおり好気性排水処理法の代表格、活性汚泥法である。この方法は様々な優れた点がある半面、曝気(ばっき)のために大量の電力を必要とすること、大量の余剰汚泥が発生するといったデメリットもある。

国内では現在、産業排水が年間120億t、都市排水が160億tも発生し、その合計量は何と琵琶湖の貯水量にほぼ匹敵する。有機性排水処理の曝気動力等に使われる電力は国内総電力消費量の1.5%程度を占めており、発生する余剰汚泥は有機系産業廃棄物の40%と膨大なものだ。結果、CO2発生量も産業・生活排水を合わせて年間800~1,500万tになる。今のご時世では、地域の水環境を良くすることはもちろん、地球温暖化対策、資源の循環利用にも気を配らなければならない。

そこで着目したのが、嫌気性排水処理だ。曝気動力も不要で、汚泥の発生も少ないのが特長で、最終生成物として回収したメタンは、天然ガスの主成分なので燃料として利用できる。しかし、難点は、処理対象の有機性排水のCODが2~10g/Lと高濃度でなければならず、有機物を分解するメタン生成細菌の活性を維持するために30~35℃に加熱して処理する必要がある。普通の生活排水は、これよりも低濃度・低温であるため、嫌気性微生物が活発に働いてくれない。

そこで、国立環境研究所では、既存の技術をブレークスルーして、地域にも地球にも優しい排水処理技術はないものかと、研究を行ってきた。そして、一つのソリューションが「グラニュール汚泥床法」だ。グラニュールとは顆粒という意味で、嫌気性微生物を直径数mmの顆粒状の生物膜に成長させる。1粒に何兆個もの微生物が集積したものだ。従来の嫌気性処理装置では、メタン生成細菌が排水とともに装置外に流されてしまっていたものが、顆粒状に集積することで長時間とどまり、低温でも活発で有機物の分解速度を保てるのだ。つまり、微生物が本来持っている能力を十分発揮できるような最適な住処(すみか)を提供したという訳だ。

研究所では、排水量・濃度や水温の変動が大きい実際の下水処理場でパイロットプラントを用いて実証試験も行った。その結果、活性汚泥法と同等の処理水質を年間通して安定的に維持でき、曝気動力を必要としないこと、余剰汚泥の発生を大幅に削減できたことから、従来法に比べて70%以上の消費エネルギー削減を実現できた。今後は、さらにデータを蓄積して、社会への普及を目指していきたいと考えている。

このように素晴らしい技術だが、これがあれば何でも処理できるという訳ではない。また、全くエネルギーを使わないのでもないから、やはり、地域の水環境と地球環境を守るための基本は、私たち一人一人が水を大切に使い、水を汚さないことに帰着するのである。

「グラニュール汚泥床法」で使われる直径数mmの顆粒状のグラニュール生物膜(撮影:珠坪一晃)

国立環境研究所理事・石飛博之

Water & Life No.602 2016年5月号から転載

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水環境研究の最前線:水を研ぎ、究める(Water & Life 2016年)