化学と環境と
論評
森田 昌敏
自然科学の中に,物理学,化学,生物学という学問領域が確立し,大学で教えられるようになってから約300年が経過している。その間,境界領域や応用領域が拡大しているが,基本的な学問分類として現在もなお説得力をもちうるのは,単なる歴史的な発展過程だけでなく,人間による自然の理解の仕方に複層的なアプローチを必要としているからかもしれない。
さて化学は,錬金術にルーツをもち,金属の精練技術などを通して古代文明の発達に係わってきた。現在の文明が広範囲の化学技術にささえられていることは周知の事実である。一方,化学の発展の副作用として人類にとって好ましくない使われ方も出現してきた。これには,古くは毒薬としての使用があり,第一次大戦に出現した化学兵器の使用があり,非意図的ではあるが近代における公害があろう。皮肉なことにこのような化学の悪い応用を克服する方法として主として用いられるのも化学的手法である。
化学環境部は,このような化学と環境との関わりを研究領域とする部である。旧計測技術部の地球化学に興味をもつ研究者達は地球環境研究グループにおいて,有害化学物質に関心を持つ研究者達は地域環境研究グループにおいて,構成員として活動することになった。その他の研究者達と新しく参加した旧環境生理部の一部の研究者は基盤研究部としての化学環境部に集まり,シーズ創出の研究とプロジェクトの後方支援を行うことになった。
化学環境部は計測技術,計測管理,化学動態,化学毒性の4研究室からなっている。計測技術研究室では,環境汚染物質等の分析技術の開発を,計測管理研究室ではモニタリングのための手法の開発や分析精度管理についての研究を行うことになっている。また化学動態研究室では物質の循環と運命を大気,水,地圏を超えて総合的に把握する研究を,化学毒性研究室では環境変異原を中心とした生物検定や構造活性相関,毒物の構造化学的研究などを行うことになっている。
旧計測技術部にあった高度分析技術は化学環境部に引き継がれ地球および地域のプロジェクト研究に大きく寄与することは疑いない。また旧環境生理部の研究者の参加により,汚染物質の有害性評価にもウイングを展ばすことができ,重要課題である化学物質問題について総合的に取り組むことが可能となった。
研究所の組織再編に伴って,国立研究機関の基本的な役割と考えられる計測技術や標準の占める割合が幾分縮小されたのは残念であるが,ベースキャンプとしてより広い領域をカバーすることになった訳である。これは目的指向型研究を行うプロジェクト研究グループとの人的流動性確保のためにも重要である。人類文明をささえてきた化学が全地球的に持つ意味を考えて研究を進めたいと考えている。
目次
- 国立環境研究所の発足に寄せて巻頭言
- 嵐に向かって翔べ論評
- 国立環境研究所組織の紹介論評
- 新たな研究所における研究企画の役割論評
- 国立環境研究所記念式典を挙行所内開催又は当所主催のシンポジウム等の紹介、報告
- 研究支援体制の役割論評
- 地球史,人類史の中での地球環境研究 −地球環境研究グループの発足にあたって−論評
- 「自然環境保全研究分野」の研究について論評
- 「環境保全対策分野」の発足に当たって論評
- 「環境リスク評価分野」の発足に当たって論評
- 社会環境システム部とは論評
- 環境健康部の役割論評
- 基盤研究部門としての大気圏環境部論評
- 水・土壌・地下環境の保全をめざして論評
- 生物関連研究の新たな体制論評
- 環境情報のセンターを目指して論評
- 地球環境研究センターの任務 —地球環境の保全に向けて全体像の構築を—論評
- 環境研修センターの紹介論評
- 第13回 研究発表会、特別講演会報告所内開催又は当所主催のシンポジウム等の紹介、報告
- 編集後記