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2013年8月30日

環境都市実現に向けた技術開発研究
-バンコクでの適切排水処理技術の実証-

特集 環境都市研究の先端と未来
【シリーズ先導研究プログラムの紹介:『環境都市システム研究プログラム』から】

珠坪 一晃

はじめに

 社会環境システム研究センターと地域環境研究センターを中心として、先導研究プログラム「都市環境システムプログラム」を平成23年度から5年計画で実施しています。この研究プログラムは、都市の環境技術・施策システムの評価と社会実証プロセスの構築、環境負荷低減・影響緩和型の都市・地域発展シナリオの構築の二つのプロジェクトで構成されます。地域環境研究センターでは、1つ目のプロジェクトにおいて国内とアジア地域の都市を対象として、水環境保全と省エネルギー(低運転コスト)を同時に実現するコベネフィット型の排水処理技術の開発を実施しています。具体的には、経済成長や人口の増加が続いており、排水処理システムの普及が遅れている東南アジアの都市に展開可能な省エネルギー型排水処理技術の開発と性能実証、技術評価を現地の自治体や研究機関と連携して実施し、社会実装に向けた道筋を示すことにあります。

都市における排水処理問題

 我々の日常生活や産業活動の結果、多量の有機性排水が環境中に放出されています。国内では、工場や下水処理場に設置された活性汚泥法(好気性微生物処理)により、これらの排水は適切に処理されています。しかしながら、活性汚泥法は多量に電力を消費し(0.3~2*kWh/m3*産業排水処理時)、除去した有機物の3~4割が余剰汚泥として排出されます。一方、開発途上国では、資金不足などから、都市の重要なインフラである排水処理システムが普及しておらず、また運転管理が適切に行われていない設備も散見されます。そのため、特に人口密集地域においては、深刻な水環境汚染が生じており、適切な排水処理システムの開発・導入が急務であるといえます。

 例えばバンコク(タイ)では、1981年にJICA(独立行政法人国際協力機構)の支援を受け、下水道整備のマスタープランが作成されました。現在、マスタープラン作成から30年以上を経過しています。しかしながら、都市の中心部に7つの大規模下水処理場が稼働しているのみで、192km2の市街地から発生する実流入下水量675,000m3/日(下水処理能力992,000m3/日)を処理していますが、下水道の普及率は約40~50%程度に止まっています(20計画区のうち7区画のみ処理施設が導入)。加えて、既存下水道の拡張はコストや時間の観点から非効率であること、運転に関わるエネルギー消費量が大きいこと等から、分散型処理に対応可能な適地型排水処理システムの開発と展開が必要となります。また、バンコクをはじめとする東南アジアの多くの国では、下水道料金の徴収が行われていないため、排水処理技術の普及のためには、処理技術の省エネルギー化(低コスト化)、維持管理の容易化が必要です。

 そこで、本研究ではタイのバンコク首都圏庁(BMA)および現地の大学(キングモンクット工科大トンブリ校)と連携し、省エネルギー型の排水処理システム(高度好気性ろ床)の開発と性能実証を現地で実施しています。ここでは、バンコクにおける排水処理実証試験の結果を中心に紹介したいと思います。

都市下水の実証処理試験

 現地調査の結果より、バンコクにおける流入下水のBOD(Biochemical Oxygen Demand:生物化学的酸素要求量、排水の有機物濃度を表す指標)は、15~79mg/Lと低く、日本国内の下水の三分の一から十分の一程度の有機物濃度でした。これは、家庭への腐敗槽の設置が義務付けられていることに加え、運河からの水の逆流や地下水の浸入などの不明水が多いため、下水道を通して収集される汚水の下水処理場流入排水が希薄化しているためと考えられます。

 そこで、温暖な地域における低濃度の下水処理に適合する技術として、スポンジ(ポリウレタンフォーム)担体をろ材として用いた、高度好気性ろ床(Advanced Trickling Filter)を選定し、BMAが管理する下水処理場にて、実下水を供した性能実証試験を実施しました。本処理システムは、排水のメタン発酵処理後の処理水の仕上げ処理システムとして開発されたものを、下水の直接処理用に改良したものです。

(1) 排水処理試験装置と性能評価の方法

 排水処理試験装置(図1、高度好気性ろ床)は、BMAおよびキングモンクット工科大学トンブリ校の協力を得て、バンコクのThung Khru処理場の建屋内に設置を行いました。排水の流下長を確保するため、高度好気性ろ床は、高さが約2.5mの反応槽を二基準備しました。反応槽は、一基ごとに塩化ビニル製のカラムを6段積み重ねた構造となっており、ろ材としてスポンジ担体(円柱形、直径及び高さ33mm)を各カラムに300個(充填高30cm)充填しました。なお、一基あたりのスポンジ担体の体積は50.47Lでした(合計100.9L、充填率0.53)。

 大きなごみを取り除くスクリーンを通過した後の実都市排水(合流下水)を排水処理試験装置に連続的に供給しました。排水の装置への供給は上部の散水装置より排水を滴下させ、自然通気により酸素を供給する構造(=外部曝気動力無し)とし、エネルギー消費の削減を狙いました。

 都市下水の連続処理試験は、2012年2月から約1年の期間で行い、前段(一基目)の処理水を後段(二基目)に流入させる直列処理方式で運転しました。運転期間において担体体積当たりの排水滞留時間(処理時間)を4時間、3時間、2時間、1.5時間、1時間と段階的に短縮して有機物や窒素の除去能を評価しました。

図1 都市排水の実証処理試験装置の概要(クリックすると拡大表示されます)

(2) 実証排水試験の結果

 表1に処理時間2時間および1時間における排水処理性能を示しました。年間を通じて下水の温度は、平均31℃と高く、流入下水の全BOD(total BOD)は、15~19mg/Lと低い値でした。高度好気性ろ床は、処理時間1時間においても、全BOD除去率84%、アンモニア性窒素除去率97%、全窒素除去率41%と活性汚泥法と同等以上の優れた排水処理性能を示しました。本処理装置における担体の充填率は0.53であり、装置の体積当たりの処理時間は約2時間となり、既存処理施設(処理時間4時間程度)の半分の時間で処理が可能でした(=設置面積の半減)。また、運転期間を通じて余剰汚泥の発生量は、著しく少ないこと(0.002kg*TSS/m3程度、[ *Total SuspendedSolids:総懸濁物質量])が分かりました。これは、スポンジ担体には汚泥を高濃度(20~30gTSS/L)に保持でき、単位汚泥重量当たりの有機物負荷が低く保たれるため、汚泥の自己分解(Autolysis)やスポンジ担体に存在する原生動物や後生動物による捕食が生じたためと推測されました。

表1 高度好気性ろ床による排水処理性能(流入・処理水質)

 図2には、処理時間2時間における装置の排水流下方向での水質変化を示しました。これより、好気性ろ床型排水処理装置では、排水を上部から滴下するだけで、溶存酸素が供給され、それに伴ってBODとアンモニア性窒素の酸化が進行していることが明らかになりました。また、スポンジ担体の汚泥濃度は、前述の通り約20~30gTSS/Lと活性汚泥法における汚泥濃度の10~15倍に達しており、この優れた汚泥保持能が水質の確保と、余剰汚泥の削減に寄与していることが分かりました。

図2 装置流下方向における水質変化

(3) まとめと今後の展望

 高度好気性ろ床での電力消費量は約0.1kWh/m3(下水収集井より約16mのポンプアップ)、余剰汚泥発生量は0.002kgTSS/m3であり、既存活性汚泥法(0.23kWh/m3、0.018kgTSS/m3)に対し、電力で56%、汚泥で89%もの削減効果を発揮しました。また汚泥の引き抜き・処理作業が不要なことから、維持管理も容易でした。今後は、本技術の展開先として有望な小規模処理場において、分流下水(高有機物濃度)の処理能力評価を行っていく予定です。

 この様な実証試験という研究アプローチを、海外の自治体や研究機関と実施することは、非常に大変ではありますが、現地の方々に技術に対する理解を深め、また共同研究の結果得られた成果を展開していこうというモチベーションを持っていただくきっかけを作ることができる良い方法であると考えています。これからも、現実に起きている水環境問題をしっかりと見据えながら、問題解決に貢献できる研究や技術開発を進めていきたいと考えています。

(しゅつぼ かずあき、地域環境研究センター地域環境技術システム研究室長)

執筆者プロフィール

筆者の珠坪一晃の顔写真

大学助手、民間企業を経て国環研に入所し、10年が経ちました。リアルな水環境問題が、今まさに起こっている東南アジアに展開可能な排水処理技術の開発に励んでいます。

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