小笠原、川や海の調査はさながらサバイバル
【調査研究日誌】
佐竹 潔
小笠原諸島は回りを海に囲まれた海洋島です。大陸から遠く隔てられたこの島は、さまざまな固有種が分布することから『東洋のガラパゴス』と呼ばれています。小笠原の固有種といえば、ムニンノボタンなどの陸上植物、カタマイマイなどの陸産貝類が有名ですが、陸上植物や陸産貝類の和名がわかるのは専門家による研究が行われてきたからです。小笠原にも川があり、エビやカニなどの甲殻類、トビケラやユスリカなどの水生昆虫が生息していますが、研究例がとても少なくてまだまだ未解明でした。小笠原の川ではじめて調査を行ったときに、種数はとても少ないけど、「これいったい何だろうな?」って思う生物もいて、「もしかすると誰も知らない固有種がいるかもしれない」と期待したものでした。
ところが、小笠原で調査をする際には誰でもどこでも立ち入ってよいというわけではなく、国立公園や森林生態系保護地域などに指定されている場所が多いことから、調査地点によって、あるいは調査対象となる生物や採集方法によって、さまざまな法令に基づく許可や届出が必要となります。また、法令とは別に地元や管理者の許可や同意が必要となる場合もあります。写真1はこれらの手続きを事前に行ったうえで調査が可能となった地点です。

さて、実際に川で調査を行う際に注意すべき点をいくつか紹介します。まず、小笠原の固有種は分布範囲が狭く、生息個体数が少ないものが多いので、個体数が落ち込んでいるときなどには採集することはできませんし、調査するときにも生息環境を破壊するようなことはあってはならないのです。また、小笠原ではオガサワラヌマエビなどの固有種が生息する場所と鳥類などの固有種の分布が重なっている場合がありますので(写真2)、調査の対象外の固有種に悪影響を及ぼさないように配慮する必要があります。ついで、外来種の問題ですが、島外から外来種を持ち込まないようにするのはもちろんのこととして、島内の外来種を持ち運ばないようにするのが重要です。長靴やネットなどの調査道具は小笠原専用のものを準備し、調査する前に海水で洗うようにします。また外来種が数多く生息する地点(写真3)は可能な限り後回しにするなどして、外来種を持ち運ぶリスクを出来る限り減らすようにしています。そして、安全対策も大切です。川や踏み分け道を歩くときはゆっくり確実に、マイペースでいきます。同行者からは遅れがちなのですが、こけて怪我するほうが迷惑をかけてしまいます。また急勾配地にのみ分布するエビの調査の場合には、足下がおろそかにならないように細心の注意が必要です(写真4)。そして、極めつけは無人島の川での調査です。船が着岸できないと最後は泳ぎになってしまいますので、常日頃から泳ぐための訓練が必要ですし、調査機材を濡らさないようにする防水対策も必須です(写真5)。




このようにして行ってきた私たちの研究の成果として小笠原の川からオガサワラヌマエビなど5種の新種が確認され、そのうち4種が絶滅のおそれがある生物種として環境省のレッドリストに載りました。2010年には我が国政府により世界自然遺産へ推薦されていますが、その際にも小笠原の川の生物が一つの項目として取り上げられており、外来種対策事業が行われる際にも川の生物が配慮すべき項目として扱われるようになりました。
これまでに川の生物については環境行政に貢献できたので、2010年より調査の舞台を海に移して、エビやカニなどの甲殻類の調査を開始しました。小笠原の地先の海域ではサンゴの白化現象が観察されはじめたことから、造礁サンゴとの関わりの深いサンゴガニや共生エビなどの甲殻類にはどのような種がいるかなどが課題となっています。スキューバ潜水による調査を行うためには、地元漁協の同意書も必要ですし、漁業調整規則の特別採捕許可が必要です(写真6)。船をチャーターしての特別な調査となりますが、枝サンゴの間を機敏に動き回るカニやエビを採集するのが一番大変です。

生物多様性保全計画研究室 主任研究員)
執筆者プロフィール

小笠原での研究を始めて13年目になります。海や川での調査は時にサバイバルになってしまいますが、沖縄の海で500日泳いだ経験が役に立っています。それでも怠けがちな身体を鍛えるためにプールに通い、週に1回は小学生に混じってフィンをつけて泳ぐのが楽しみになっています。