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土壌・地下水汚染の浄化技術

プロジェクト研究の紹介

平田 健正

 トリクロロエチレンなどの揮発性有機塩素化合物による地下水汚染が明らかにされたのは,1982年の環境庁調査である。その後の調査でも,全国各地の地下水から基準を上回る汚染が発見され,化学物質の審査および製造等の規制に関する法律や水質汚濁防止法の改正,最近では水道水質基準や水質環境基準を見直すきっかけとなった。このように汚染を未然に防止するための法制度は一応整えられた。しかし,地下水は流れが遅く,汚染物質は水には溶けにくいため,地上からの汚染物質の侵入を防ぐだけではなかなかきれいにならない。地下水は水資源として,わが国の生活用水の25%を賄っているし,生活用水のすべてを地下水に依存している地域も多く,汚染された地下水の浄化は緊急の課題となっている。

 ただ,浄化対策には多額の経費がかかるため,汚染の規模や汚染物質の地下での存在状況に合った技術を用いる必要がある。こうした背景から,地下水汚染浄化対策を効率よく実施するための手順を明らかにすることを目的に,特別研究「トリクロロエチレン等の地下水汚染の防止に関する研究」が平成2年度より3年間実施された。

 地下水は遅いながらも流れているから,流れている間に拡散や混合希釈されて,自然状態でも地下水質は回復するように考えられがちである。ところが,汚染された地域では帯のように伸びた地下水汚染が観測されるが,汚染のプルームには季節的な変動はあっても,数年程度ではほとんど変化しない。高濃度でしかも継続性のある地下水汚染では,地下のどこかに原液状の汚染物質が溜まっており,そこから少しずつ溶け出し,地下水汚染を招いているからである。つまり,効率よく浄化対策を実施するには高濃度に汚染物質の溜まっている場所を見つけ出す必要がある。

 ボーリングを行い,汚染土壌や地下水を直接採取・分析をする方法が最も確実である。しかし,ボーリング調査にはかなりの経費がかかるため,本研究ではボーリング地点選定のための予備的な調査としてn-ヘキサン固定法や現場ガスクロ法などを用いた表層土壌ガス調査を行い,高濃度ガス地点を絞り込む調査手法を提案した。手順として,実際の汚染現場では高濃度土壌ガス地点にボーリングを行い,地下での汚染物質の存在状況に合った浄化技術を選定することになる。

 浄化技術については様々な手法が開発されているが,実際にわが国で用いられているのは汚染土壌の除去,汚染地下水の揚水と不飽和土壌中の空気(土壌ガス)に気化した汚染物質を除去する土壌ガスの吸引である。汚染土壌の除去や土壌ガスの吸引は不飽和土壌中の汚染物質を除去できても,地下水まではきれいにできない。そのため,汚染された地下水の浄化は地下水の揚水に頼らざるを得ないのが現状である。トリクロロエチレンなどは水には溶けにくいことから,地下水の揚水による浄化には時間はかかるが,確実に汚染物質を除去できるし,長年の揚水で汚染土壌の除去や土壌ガスの吸引より多量の汚染物質を回収できる可能性もある。事実,汚染土壌除去後に,継続して地下水を汲み上げ,水道水質基準値近くにまで汚染地下水を修復した事例もある。

 図には土壌ガス吸引と地下水揚水によるトリクロロエチレン除去率を比較している。浄化対策実施の初期には,土壌ガス吸引によって1時間当たり1kg のトリクロロエチレンが回収され,地下水揚水による除去率を1桁上回ってもいる。ところが,浄化対策が進むにつれていずれの除去率も低下し,特に土壌ガス吸引の除去率低下は地下水揚水よりかなり早く,両者の除去率は逆転する。図に描いた2本の直線が交差した後は,地下水揚水の方がより効果的な浄化技術となる。これは,浄化対策が進むにつれて地下での汚染物質の存在状況や存在量が変わるからであって,効率的な浄化対策を実施するにはこうした変化に対応してより効果的・低コストな技術に切り替える必要のあることを示唆している。

 ここに紹介した物理的な汚染物質の除去技術は,汚染現地に適用され,有効性が実証されつつある。ただ,これまでに実施された浄化対策の多くは,規模の大きい事業場が汚染源であったことを見ても,浄化対策を進めるに際して経費負担が最大の問題となる。多額の経費と時間をかければ,確かに地下水浄化は可能であるが,多くの汚染事例は経費負担能力の低い小規模事業所であり,浄化対策を積極的に展開するにはコンパクトで低コストな技術に改良する必要がある。さらに,物理的な浄化技術は汚染物質を気化させ除去することから,最終的には活性炭で汚染物質を回収している。活性炭の維持・管理はかなりの経費負担になることは確実であり,その活性炭も焼却処分される。そのため,原位置で無害化処理のできる浄化技術の開発は今後に残された重要な課題の一つである。

 既に特別研究は終了しているが,環境庁水質保全局では土壌・地下水汚染の新しい浄化技術を確立するため,平成5年度から新たに地下水汚染対策調査と土壌汚染浄化新技術確立・実証調査の2つの事業を始めた。今後は,行政レベルに研究の場を移し,浄化対策システムの開発と評価が進められる。

(ひらた たてまさ 地域環境研究グループ有害廃棄物対策研究チーム)

図  土壌ガス吸引と地下水の揚水によるトリクロロエチレン除去率の比較