海洋沿岸域の熱帯化
Summary
沿岸域の海中には森林に相当する生物群集として、大型の海藻が茂る海藻
気候変動と海の生態系
温暖化に合わせて生物がすむ場所を自由に変更できるなら、その生物の分布は徐々に冷涼な地域に移行し、種は存続し続けるでしょう。しかし現在の気候の変化は速く、移動能力の高い種以外は、分布の移動が気候の変化に追いつけず、縮小する可能性があります。造礁サンゴや海藻は浅い海の生態系を構成する主要な生物群ですが、海水温の上昇によって分布が変化しつつあります。例えば、九州から関東にかけての温帯では分散能力の高いサンゴの分布が拡大する一方で、分散能力の低い海藻の分布は縮小する傾向にあります(図3)。このように海藻が優占していた温帯の海が、サンゴが多い熱帯の海へと変化する「海の熱帯化」は、近年では世界各地から報告されており、その実態とメカニズムの解明が求められています。この現象には、海藻を食害する魚類の温帯への進出、それらの魚類やサンゴを熱帯・亜熱帯から温帯へと運ぶ海流が関係していると考えられてきました(図4)。しかし、これまでそれらの関係を総合的に解明した研究はありませんでした。
海水温の上昇に伴う海洋生物の分布の北上は、北側への分布拡大と、分布の南限における局所的な絶滅の結果とみなせます。分布北限の拡大は生物の分散能力と比例するため、海流輸送の影響が大きいと予想されます。一方、分布の南限での絶滅には、海流はあまり影響しないと予想できます。また、サンゴは海藻よりも浮遊期間が長いため分布を広げる速度が速いこと、食害魚類は高い遊泳能力をもっているため、サンゴや海藻よりもさらに速いと考えられます。私たちは、これらの生物間の分布拡大速度の違いが、海藻藻場からサンゴ群集への置き換わりと関係があると考えました。
変化の特徴を知る
そこで、まず国内の主要な海藻とサンゴ、食害魚類の長期的な分布変化を、文献記録から整理しました。日本の温帯に出現する主要な海藻(コンブ類8種、ホンダワラ類22種)と造礁サンゴ(12種)、さらに海藻を食害する魚類(3種)を対象とし、439文献の記録を精査して、主に1950〜2010年代の分布の変化を把握しました。次に、その分布変化に海水温の変化や海流の流速分布、生物間の関係を組み込んだモデルを構築しました。そしてモデルを活用した結果、南日本の広域で進行している海藻藻場からサンゴ群集への置き換わりは、温暖化の影響に加えて、海流や食害のような外的要因が複合的に作用した結果であることが示されました。この結果は、海藻藻場やサンゴ群集を保全するには、海水温の上昇への対策だけでなく、海流や他の生物との間の種間関係も考慮する必要があることを示しています。
気候変動適応に向けて
一方、サンゴの分布拡大さえも気候変化の速さに追いつけず、実際に海藻藻場が消失したままサンゴが移住していない場所が生じることも予測されました。これらの将来起こりうる事態に対処する気候変動適応策の1つとして、魚類の量の管理が考えられます。魚類を対象にした管理は、保全のための捕獲も考えられますが、漁業として利用できればより強力です。
国内の温帯の多くの地域では海藻を食害する魚類は食用に利用されてきませんでしたが、積極的に漁獲し個体数を少なく抑えることができれば、海藻藻場の適応に大きく貢献できるでしょう。また、黒潮や対馬暖流に面した海域、離島、半島の先端付近では、海藻藻場からサンゴ群集への置き換わりが速く進行すると考えられるので、重点的な海藻の保全対策を講じることも効果的と考えられます。