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紫外線モニタリングデータを活用し、
適切な日光浴で健康に

Interview研究者に聞く

1980年代半ばに南極でオゾンホールが発見されると、オゾン層の破壊にともない増加した有害な紫外線による健康影響が懸念されるようになりました。以来、紫外線は有害なものという考えが広まり、いまでは紫外線や日光浴を避ける人が増えています。ところが、紫外線は体内でビタミンDを合成するためにも必要です。近年、日本人のビタミンD不足が増え、特に若い女性で深刻化しています。そこで、地球環境研究センターの中島英彰さんたちはビタミンD不足にならない、適切な日光浴の方法を検討しています。

筆者の中島 英彰の写真
中島 英彰(なかじま ひであき)
地球環境研究センター(気候モデリング・
解析研究室)主席研究員

筆者の佐々木 徹の写真
佐々木 徹(ささき とおる)
地球環境研究センター(気候モデリング・
解析研究室)高度技能専門員

筆者の小野 雅司の写真
小野 雅司(おの まさじ)
環境リスク・健康研究センター 客員研究員
筆者の津田 憲次の写真
津田 憲次(つだ のりつぐ)
一般財団法人地球・人間環境フォーラム

深刻化するビタミンD不足

Q:ビタミンDにはどんな効果があるのですか。

中島:ビタミンDは「骨のビタミン」と呼ばれます。小腸でカルシウムやリンの吸収を促す働きがあり、骨の健康に欠かせません。主なものにビタミンD2とD3があり、D2はキノコ類に含まれており、D3は魚類に含まれるほかに、体内でも合成されます。ビタミンDは食事から十分にとるのがむずかしいので、体内でつくり出す必要があります。

Q:ビタミンDの合成には日光を浴びることが必要なのですか。

中島:はい。ビタミンDの合成には紫外線が必要なため、日光を浴びることにより、皮膚で合成されます。紫外線は波長の長い領域から順に、UV-A(315-400nm)、UV-B(280-315nm)、UV-C(200-280nm)に分類され、ビタミンD合成に必要なのはUV-Bになります。かつて、ヨーロッパなどの日照時間の短い地域では、ビタミンD欠乏症である「くる病」という骨の病気がたくさん発症しました。くる病の原因がビタミンDだとわかってから、ビタミンDを強化した牛乳やサプリメントなどで補うようになり欠乏症は解消しました。一方、日本人はビタミンDを含む魚やキノコをたくさん食べるし、日照にも恵まれているので通常の生活でビタミンDは足りていました。ところが、近年では、日本でも若い女性を中心にビタミンD不足の人が増えているのです。ビタミンDが不足すると子供ではくる病、成人では骨軟化症になります。高齢者では骨粗鬆症になりやすくなり、骨折による寝たきりのリスクも高まります。ただ、健康診断で調べることもないので、ビタミンDの状態を把握している人はほとんどいないでしょう。知らないうちにビタミンD欠乏症になり、突然骨折することがあるかもしれません。生活習慣病に似たような面もありますね。

Q:なぜビタミンD不足の人が増えているのですか。

中島:紫外線は危険とか日焼けはよくないという考えが広まり、日光を浴びなくなったり、冬でも日焼け止めを塗って紫外線を避けたりする人が増えているためだと思います。紫外線が有害であるといわれるようになったのはオゾン層の破壊がきっかけです。1980年代半ばに南極でオゾン層の破壊によるオゾンホールがみつかると、盛んにその影響が研究されるようになりました。その結果、オゾン層破壊にともなって増加した有害紫外線による生態系や人体に対する影響が懸念されるようになったのです。
 私は大気中のオゾン層の破壊について、とくにフロンガスがオゾン層の破壊につながることを中心に研究してきました。ビタミンD不足の人が増えていることを知って、これまで、紫外線が危険なことばかり言い過ぎたのではないかと気が付いたのです。それで、ビタミンD不足を防ぐためにはどれくらい日光を浴びたらいいのかを考えるようになりました。

紫外線モニタリングを活用

Q:研究を始めたきっかけは何ですか。

中島:当時、東京家政大学教授だった宮内正厚先生の研究で、日本人のビタミンD不足を知りました。宮内先生は気象庁にいたときから紫外線を研究しており、大学でも学生と紫外線によるビタミンD生成について調べていました。先生が大学を退官後、今度は国立環境研究所で一緒に研究を続けることになったのです。研究所では、小野さんたちのグループの紫外線モニタリングのネットワークがありましたので、そのデータを使えば、ビタミンD合成に必要な紫外線の量やどれくらい紫外線を浴びればいいのかが明らかになると考えました。

Q:紫外線のモニタリングはどのように行っているのですか。

B領域紫外線(UV-B)観測装置(MS-212W)の写真
写真1 B領域紫外線(UV-B)観測装置(MS-212W)
ブリューワー分光型紫外線計の写真
写真2 ブリューワー分光型紫外線計

小野:オゾン層の破壊により有害な紫外線が増加することが指摘されていたので、私たちのグループでは、紫外線の健康への影響について調べていました。紫外線の中でUV-Bはオゾン層の破壊の影響を強く受け、生物に有害なことから有害紫外線と呼ばれることがあります。UV-Bは、皮膚の表面に作用して赤い炎症を起こすほか、皮膚がんや白内障を引き起こす原因になっています。紫外線の影響を調べるには、その照射量を調べることが必要です。そこで1993年から紫外線のモニタリングを始めました。気象庁が紫外線を測定していましたが、測定場所が全国にわずか5カ所しかなかったので、紫外線をモニタリングしている国内の研究機関と連携し、ネットワーク化するシステムをつくりました。データは有害紫外線モニタリングネットワークとしてホームページで公開しています。
津田:紫外線モニタリングに20年以上携わっています。気象庁の紫外線観測は、分光型紫外線計を使って波長ごとのエネルギー量を測定しています。私たちはUV-A、UV-Bそれぞれのエネルギー強度を測定する帯域型紫外線計による方法をとりいれ、観測データをリアルタイムで出せるようにするなど測定に改良を重ねてきました。分光型紫外線計は紫外線の観測を行うには理想的な観測器ですが、保守管理が大変でとても高価なので、一般にはあまり普及していません。多くの観測地では、帯域型紫外線計を使っているので、情報を共有し、ネットワーク化するために工夫し、精度管理や計測器のメンテナンスも行っています。ただ、小型の分光型紫外線計が増えてきたり、校正の国際的な規格がまだ統一されていなかったりといくつかの問題があり、モニタリングを続けていくのも大変です。

季節や地域で異なる適切な日光浴時間

Q:研究はどのように進めましたか。

中島:紫外線の悪影響はよく知られるようになったものの、1日に必要なビタミンDを合成するために紫外線をどれくらい浴びなければいけないのかはよくわかっていませんでした。必要なビタミンDを合成するには紫外線をどれくらい浴びればいいのかを調べてみても、15分とか30分とか、ざっくりとしたデータしかなく、そのデータも発表している機関によってまちまちです。実際、モニタリングのデータをみればよくわかるように、場所や季節によって太陽の高さや緯度が異なるので紫外線の照射量は同じではありません。たとえば、日本なら、沖縄と北海道で紫外線を浴びる時間が同じでいいわけがないはずです。そこでモニタリングのデータを活用して、場所や時刻に応じて必要な照射量を計算できるシステムをつくったのです。

Q:生体内で紫外線によってどれだけビタミンDが合成されるかはわかっているのですか。

中島:それが欧米人のデータはあるのですが、日本人のデータがほとんどないのです。欧米ではビタミンD不足が大きな問題だったのでたくさん研究されました。ところが日本では、ビタミンDが不足するなんて考えられていなかった結果です。そこで欧米人のデータをもとに計算を進めましたが、そのままでは日本人にあてはまらないので工夫が必要です。たとえば、欧米人と日本人では皮膚のタイプが違い、紫外線に対する感受性が異なりますから…。

Q:計算の結果はどうでしたか。

中島:1日に必要とされるビタミンDの量、10μg(マイクロは100万分の1)を合成するのに必要な日光浴の時間を計算してみると、地域や季節で異なることが示されました。たとえば、紫外線の弱い冬では、那覇で14分、つくばで41分でしたが、札幌ではつくばの3倍以上の139分必要でした。札幌ではかなりの時間の日光浴をしないと必要なビタミンDが合成されないことになります。ですから、冬は積極的に日光浴をして、食事からのビタミンDの摂取も必要なことがわかります。

紫外線のメリットとデメリット

Q:紫外線を浴びすぎれば皮膚に悪影響がでるのではないですか。

中島:はい。だから、有害にならない適切な時間を求めることが必要なのです。紫外線を浴びすぎると紅斑と呼ばれる日焼けが生じます。ビタミンDの合成に必要な時間と紅斑の生じる時間は異なるので、紅斑を生じさせる紫外線の量を超えない程度の紫外線を浴びるのが適切だと考えています。たとえば、長そでシャツ・長ズボンを着て手と顔を出している場合、関東地域の5月から8月の夏の時期なら、浴びるのは10分以上30分以下がおすすめです。12月から2月の冬なら、40分以上2時間以下がおすすめです。ただ、紫外線はガラスで遮られてしまうので、ガラス窓の中だと光を浴びていてもビタミンDは合成されません。
佐々木:紫外線を浴びるのはどの程度がいいのか、場所によってリアルタイムにわかるシステムの「スマートフォンアプリ」を開発しました。全国10カ所のモニタリングデータの中から、自分の住んでいるところに近いデータを見ることで、今どれくらい日光を浴びるといいのかがわかります。日焼けをせずに必要なビタミンDを合成する時間を計算し、リアルタイムに情報を出しています。親しみやすいキャラクターもデザインして、気軽に利用してもらえるようにしています。
小野:私たちは紫外線の有害性というデメリットについて、中島さんたちはビタミンD合成というメリットについて相反する研究をしているので、どのように研究を進め、情報を公開するのかはずいぶん議論しましたね。そこで、「有害紫外線モニタリングネットワーク」では両方の紫外線の情報を出しています。ただ日本人では、紫外線の強い地域に住んでいる人ほど皮膚がんになりやすいという明確なデータはありません。また日本人は、白人と比べて皮膚がんの致死率は非常に低いことも示されています。
中島:近年、くる病の発症が増えています。くる病は子供に起こるビタミンD欠乏症です。O脚など骨の変形もビタミンDの不足によるものです。くる病が増えているのは妊婦のビタミンD不足や生まれた子供の日光浴不足が影響していると考えられます。いま順天堂大学や大阪府立大学といっしょに、新生児や妊婦の血液中のビタミンD量について、食生活や外出時間との相関を調べています。妊婦と新生児のビタミンD不足や日光浴との相関が示されつつあります。

適切に紫外線を浴びることを広めていきたい

Q:研究の手ごたえは感じていますか。

中島:8年くらい研究してきて、ようやく日光浴の必要性の科学的な根拠がみえてきました。私たちの研究やアプリなどが、女性誌や週刊誌などで取り上げられることが増えました。その記事を見るまで、ビタミンD不足について知らない人が多いですね。また、美白が健康に悪いというとショックを受ける人も多いのですが、両立する範囲で紫外線を浴びるといいと説明するとわかってくれます。健康な生活には紫外線を浴びることが必要なことを広めていきたいです。そのためにも、開発したアプリをどんどん活用してもらいたいです。

Q:研究の成果が生かされるようになってきましたね。

中島:はい。厚生労働省が定めている日本人の食事摂取基準では、ビタミンDの摂取目安量の推奨値は1日5.5μgでした。でもこの量は欧米に比べて少なすぎます。欧米では15μg、高齢者では20μg以上ですから、3倍くらい開きがあります。ビタミンDが不足している実情やビタミンD不足の人は日光を浴びていないことも推定されたので、摂取基準を見直すことになりました。5年ごとに改訂される「2020年版」では目安量が8.5μgに引き上げられ、適度に日光を浴びるよう注釈もつけられました。オゾン層破壊の問題で紫外線への注意喚起をしたことが、ビタミンD不足発見のきっかけの一端になったかもしれないと思うと、少しほっとした気持ちになります。

Q:ちなみに現在のオゾン層の状態はどうなっているのでしょうか。

中島:1987年にモントリオール議定書(オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書)が採択されたのち、オゾン層を破壊するフロンが全廃されました。おかげでオゾン層の破壊はストップし、オゾン層は回復しつつあります。オゾン層が回復していることはあまりニュースになりませんが、オゾン層破壊は現象の発見によって研究が進み、回復に結びついたので、環境問題のサクセスストーリーです。ですから、環境問題の研究者にとっては、オゾン層研究に関わっていたことは自慢できる話です。今オゾン層の破壊が問題になっているのは南半球の一部だけです。実際の日本上空の紫外線量は、最近わずかずつ増えています。これはオゾン層が破壊されているせいではなく、ディーゼル車等が規制されて大気汚染が改善し、空気中のちりが減ったためだと考えられています。

紫外線モニタリングデータを有効に

Q:今後はどのように研究を進めていきたいですか。

中島:今後は共同研究を進めて、血液中のビタミンD実測値をもとに、紫外線によるビタミンD合成量を調べることを目指しています。実測値を見ると、紫外線を浴びた時間から想定される体内のビタミンD合成量は想定した量より少ないようで、紫外線を思ったほどうまく浴びられていないようです。しっかりと紫外線を浴びる方法も含めて周知が必要です。たとえば、半そでになると日に当たる皮膚の部分が増えるので、日光にあたるのはもっと短い時間ですみます。健康的に効率よく紫外線を浴びる方法を提案したいです。
佐々木:いま公開している紫外線のデータは観測点のものしかないので、全国各地のどこでも、その時の天気に応じてどれくらい紫外線を浴びたらいいかがスマートフォンですぐにわかるようにしたいです。ビタミンDから健康のためのいろいろなメリットが得られるように、データを公開しているホームページを改善していきたいです。
小野:紫外線に対する関心は低く、モニタリングしたデータがどう使われているのかが気になります。モニタリングしただけではもったいないので、有効に使われるといいですね。熱中症対策として、暑さ指数などを組み込んだ端末の開発が始まっています。その端末の情報に紫外線量を組み込みたいです。
津田:皮膚が赤くなるなどの有害性対策のためのウェアラブルなデバイスがほしいですね。そのためにはデータが必要ですから、モニタリングがいっそう充実することを期待しています。

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