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2016年6月30日

気候変動による影響に備える

Interview 研究者に聞く

 気候変動対策は、「緩和策」と「適応策」の大きく2つに分けられます。緩和策に比べ、適応策は研究が遅れていましたが、近年では適応策への関心が高まり、研究が加速しつつあります。気候変動の影響と適応策の研究を先駆的に進めている社会環境システム研究センターの肱岡靖明さんと高橋潔さんに研究についてうかがいました。

高橋 潔と肱岡 靖明の写真
高橋 潔(たかはし きよし)
社会環境システム研究センター
(広域影響・対策モデル研究室)主任研究員
肱岡 靖明(ひじおか やすあき)
社会環境システム研究センター
(地域環境影響評価研究室)室長

社会の問題に取り組む

Q:研究を始めたきっかけは何ですか。

高橋:大学の卒業研究として、気候変動影響予測に取り組んだのがきっかけです。高校3年の秋頃までは、ロケットや飛行機の開発に興味があったので、航空工学科に進むつもりでいました。でも、受験の直前になって、ものをつくるより社会問題に取り組むほうが面白そうに思えてきたため、衛生工学科に志望変更しました。卒業論文で指導教官に提示してもらったテーマから、気候変動による農作物への影響予測の研究を選びました。

肱岡:この研究を始めたのは2001年に入所してからです。大学では社会に役立つことをしたいと都市工学を専攻しました。下水管やマンホールを1つずつモデル化して、雨天時に下水道に流れ込む汚濁の負荷などを計算していました。

Q:国立環境研究所ではお2人はずっと同じ研究室だったのですか。

高橋:はい。私は大学院の修士課程から共同研究生として国立環境研究所にいて、修士課程の途中で研究員に採用されたのですが、私のいた研究室に肱岡さんが配属されてきました。その後はお互いに協力しながら研究を進めています。

肱岡:研究室では、高橋さんとアジア太平洋統合評価モデル(Asia-Pacific Integrated Model:AIM、環境儀No.2参照)の開発をしました。入所当時は何をしたらいいのかわからなくて、高橋さんの後をついていくだけでしたが(笑)。

Q:AIMとは何ですか。

高橋:気候変動対策を評価するためのモデル群です。中国や韓国などを含むアジア太平洋地域を対象としたもので、温室効果ガス排出の将来推計や排出削減対策の効果分析、気候変動の影響の評価を統合的に行うことも目的です。その中で私たちは気候変動影響に関する研究を行っています。

肱岡:研究を始めた15年ほど前は、気候変動対策に関連するプロジェクトの中でも温室効果ガスの排出削減がメインの研究でした。気候変動の影響や適応を研究するプロジェクトも研究者も少なかったですね。

高橋:所内でも、肱岡さんと今理事をしている原澤さんと私の3人で細々と研究を続けていました。最近では、気候変動の影響を人々が実感するようになりました。すると何か対策をしなければならないと考える人が増え、適応策に対する関心が高まりました。

肱岡:以前は、周囲の人に適応策の重要性を理解してもらうのも難しかったのですが、この5年ぐらいで理解が進み、研究の手ごたえを感じています。

緩和策と適応策で臨む

Q:気候変動が進むとどんな影響が出るのですか。

肱岡:地球温暖化が進むと、気温が上昇するだけでなく地球全体の気候が大きく変化します(図1)。気候変動の影響は自然環境や生態系のみならず、社会や経済でも重要な問題をひき起こします。対策を十分に行わないと、これらの問題がより深刻化すると考えられています。

影響の傾向の図(クリックすると拡大画像がポップアップします)
図1:ここ数十年における気候変動に起因する影響の傾向
日本では、気温の上昇に伴い、全国的にさくらの開花日が早まり、かえでの紅葉日の遅れなどが報告されています※1。積雪域の変化によるニホンジカやイノシシの分布拡大や、暖かい気候を好むナガサキアゲハの分布域の北上なども確認されています※2。さらに、周辺海域では海水温が上昇し、北方系の種が減少し、南方系の種の増加・分布が拡大しています※3。サンゴの白化や藻場の消失・北上なども確認されています※2。農作物では、コメやウンシュウミカンなどに影響が報告されています※3。健康に関しては、暑熱の直接的な影響の一つである熱中症による死亡者数は増加傾向にあり、デング熱を媒介するヒトスジシマカの分布も徐々に北へ拡大しています※3

※1:気候変動監視レポート2013
※2:文部科学省・気象庁・環境省「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」
※3:環境省「地球温暖化から日本を守る適応への挑戦2012」
図の見方(クリックすると拡大画像がポップアップします)
【図の見方】~海洋生態系のアイコンを例として~

Q:適応とは何ですか。

高橋:気候変動対策には「緩和策」と「適応策」があります(図2)。緩和策は、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を減らして、気候変動自体を小さく抑えようというものです。適応策は、気候変動による影響に備えた対策をあらかじめ行い、被害を軽減しようというものです。これからの気候変動対策は緩和と適応の両輪で臨まなければなりません。

肱岡:つまり、気候変動の原因となる二酸化炭素の排出を抑える努力を続けながら、気候変動の影響に対し様々な策で備えなければならないということです。

緩和と適応の図
図2:緩和と適応(出典:環境省 温暖化から日本を守る 適応への挑戦2012)
地球温暖化に対する対策には、原因となる温室効果ガスの排出を抑制する「緩和」とすでに起こりつつある、あるいは起こりうる温暖化の影響に対して、自然や社会のあり方を調整する「適応」があります。温暖化の原因に直接働きかける「緩和」を進めることが必要ですが、緩和を進めても、温室効果ガスの濃度が下がるには時間がかかるため、ある程度の温暖化の影響は避けることができないといわれています。そこで、「緩和」と同時に差し迫った影響に対して、「適応」を進めることが必要です。

Q:具体的にはどんなことを行うのでしょうか。

肱岡:例えば、気候変動の影響で想定以上の大雨が降ったときにどんな洪水被害が生じるのかを予測し、その被害に応じて、堤防を高くする、避難するといった具合に様々な対策を講じます。暑い日は水分を補給し、涼しい場所で過ごしましょうという熱中症対策も適応策のひとつです。

高橋:気候変動で気温が上がると、農作物の栽培に適した地域も変わってしまいます。そこで、将来の気候変動の影響を見越して、作物の品種改良や栽培地域の移転を行います。

Q:高温障害でコメが白く濁る例はよく耳にします。

高橋:そうなるとコメの品質が低下して、商業価値が下がります。そこで、品種改良をして高温に強いコメを作るとか、もっと北の地方で作付けするなどの対策をたてることになるわけです。

肱岡:気候変動の影響やその度合いは地域ごとに違いますから、適応策もそれぞれの地域に合ったものにすることが重要です。適応策はマイナス面ばかりではなく、プラスに考えることもできます。長野県では気温の上昇によりブドウがよく育つようになり、新しい産業が生まれようとしています。

高橋:気候変動の影響は、生態系や健康、農業など多岐に渡るので、医学や農学、経済などいろいろな分野の専門家の知識が必要です(表1)。専門分野を超えて、みんなの知見をつなぐのが私たちの役割です。

肱岡:日本だけでは解決できない問題もたくさんあるので、適応策を進めるためには国内のみならず、海外からの影響も考慮することが必要です。そこで、高橋さんが地球規模の影響を、私が国内の影響を担当して両面から進めています。

表1: 気候変動による影響が懸念される分野
気候変動による影響とは、主に極端な気候・気象現象及び気候変動が自然及び人間システムに及ぼす影響を指します。影響は一般的に、特定の期間内に起こる気候変動または危険な気候現象と、それに曝露した社会またはシステムの脆弱性との相互作用による、生命、生活 、健康、生態系、経済、社会、文化、サービス、インフラへの影響を指します。洪水、干ばつ及び海面水位上昇のような地球物理学システムへの気候変動の影響は物理的影響と呼ばれる影響の一部です。表1が示すように、人間の生活や環境に関わる実にいろいろなところに影響が及ぶことがわかります。私たちは、これらすべてについて、何らかの形で気候変動に適応していかなくてはなりません。

気候変動による影響が懸念される分野の表

気候変動の影響を評価する

Q:どのように研究を進めているのですか。

高橋:気候変動影響の研究は、観測研究、予測研究、対策評価研究に分けられます。その中で、私は計算機モデルを使って気候変動の影響を予測しています。気候モデルで予測された将来の気候変化によって、どんな影響が見られるのかを農業や水資源、健康などの分野について推計します。そのためのデータは統計書などから集めますが、多分野にわたるデータが必要なので、探すのが大変な時もあります。データ整理やモデル開発については、所外の各分野の専門家に協力を求めることもあります。

肱岡:私も国内の大学やほかの研究所の研究者と連携して、生態系や農業、健康、水資源、防災、経済など分野ごとに気候変動に対する影響や被害を評価します。このような影響は、日本全体で評価することもあれば、地域で評価することもあります。

集合写真
温暖化影響・適応研究のメンバー
国内研究機関をつなぐ役割を担うためには、研究者だけでなく業務支援メンバーの活躍が必須になる。
研究室の様子の写真
研究室の様子
研究モデルのためコンピューターによる作業が多いが、より大切なのはディスカッションの時間

Q:気候変動の影響はどのくらい先まで評価するのですか。

肱岡:環境省の温暖化影響・適応研究プロジェクトでは、21世紀半ばまでの2031年から2050年、21世紀末までの2081年から2100年までを評価しました。最近では、5年先、10年先と、もう少し近い将来の影響評価を始めています。

高橋:私はもっぱら、今世紀末を対象にした、長い時間スケールの影響予測に取り組んできました。とはいえ、今、生まれた子供が2100年に生きている可能性は高いですから、想像できない将来ではないんですよ。

肱岡:確かにそうですね。私も研究を始めたころは、2050年なんて当分先のことだと思っていましたが、そうとも言えなくなってきました。

Q:地球の歴史を遡れば、これまでにも大きな気候の変動はありました。

肱岡:近年の気候変動は速すぎて、人類がついていけなくなっていると思います。これまでに自分たちが築いてきた社会や都市のシステムを維持しようとするから、よけいに大変になっています。

高橋:だからこそ、将来の影響を予測して、自分たちが生き残るために選ぶ道について議論しておくことが必要なのです。

Q:研究を始めて考えは変わりましたか。

高橋:気候変動はあらゆるところに影響するので、情報を広く集めるようになりました。

肱岡:私もこの研究をやっていなかったら2050年なんて先のことより、明日とかもっと目先のことを考えていたと思います。そう考えると、50年も先のことをみんなが意識するわけがないですよね。将来を評価して、いくらいい対策を提案しても、ただの押し付けになって、頓挫してしまうかもしれません。いろいろな対策を組み合わせて柔軟に考えていくことが重要だと感じています。

高橋:すでにある気候変動リスクへの対策を基盤にして将来の変化を見越し、それらの対策を少しずつ強化するといったアプローチが大事です。

肱岡:前もって計画的に対策を準備しておくと、将来気候が変化しても、その影響にだれも気付かないかもしれません。そうなるといいですね。

みんなが適切な適応策を考えられるように

Q:国立環境研究所の役割も大きくなってきますね。

高橋:昨年、政府全体の取り組みとして気候変動に対する適応計画が策定されました。自治体の関心も高く、適応策に取り組むところが増えてきました。研究所の役割は、そういった適応策に取り組む人々に情報を提供することだと考えています。早くから研究を始めているので、所内には国内外の動向などたくさんの情報や知見があります。これを整理して伝えていきたいと思っています。

肱岡:適応策に取り組もうとしても何から始めたらいいかわからない人がほとんどだと思います。そこで、今までの研究成果や知見などの情報を集積したプラットフォームを作ろうと計画しています。例えば、自分の国や県にどんな影響が出るかがわかるようにしておけば、情報を集めるのに時間をかけず、すぐに適応策を講じることができます。

Q:国だけでなく、県なども適応策を講じなければならないのですか。

高橋:優先的に実施することが必要な適応策は、地域の状況に応じて変わるので、県などの地方自治体も取り組む必要があります。

肱岡:自分たちに関係する影響を見据え、その対策をとる努力をすれば悪影響を回避できる可能性があります。また、気候の変化を利用して新しい品種をつくるなど、影響を活用することもできるのです。そのため地方自治体の関心も高く、地域や分野によって適切な適応策を研究することが求められています。

高橋:そのためにも、一つの分野に特化することなく、いろいろな分野の人と連携して研究することが必要なのです。

Q:それには苦労もあるのではないですか。

高橋:研究をまとめるためのしくみづくりが大変です。

肱岡:さまざまな専門分野を理解するためには苦労があります。でも、自分たちでやれることは限られているので、分野や研究者のネットワークをもっと広げていきたいですね。

気候変動への備えが当たり前の社会に

Q:研究の成果にはどんなものがありますか。

高橋:私は地球規模で影響を調べており、気候変動の進行にあわせて、適応策を進めることが重要だと考えています。
 モデル分析によって、コムギ生産国が収量を維持するためには、適応策を行うべきタイミングが国によって違うことや、適切な時期に適応策を実施できれば気候変動の影響を軽減できることを示すことができました(Summary参照)。同様の分析が農業以外の分野でも広く行われるようになることを期待しています。

肱岡:温暖化影響総合予測プロジェクトでは、気候変動に伴う日本全体の影響を様々な分野で検討し、その影響を初めて定量的に評価できました。
 また、温暖化影響・適応研究プロジェクトでは、さらに適応策の効果も定量的に評価することができました。このような成果が新聞の1面の記事やテレビで紹介されたときはとてもうれしかったですね。

Q:気候変動影響は深刻なのでしょうか。

肱岡:研究を始めてみると、気候変動が農業や生態系などに影響し、さらにこれらの影響を通じて健康や経済、社会にまで影響が拡大することがわかりました。この温暖化影響・適応研究プロジェクトの成果は、準備に4年間かけ、総勢140人くらいの研究者が関わり、やっとまとまったものです。
 これをもとに、適応策をより具体化する取り組みが始まっています。ただ、成果を発表したとき、影響による被害ばかりがクローズアップされたので、そのための対策についてもっと取りあげてほしかったのですが……。

報告書の表紙
環境研究総合推進費の戦略研究開発領域S-8
「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」の成果報告書
この研究プロジェクトでは、(1)日本全国及び地域レベルの気候予測に基づく影響予測と適応策の効果の検討、(2)自治体における適応策を推進するための科学的支援、(3)アジア太平洋における適応策の計画・実施への貢献、に関する研究を行いました。プロジェクトの4年間の研究成果をこの報告書にまとめました。

Q:お二人はIPCC第5次報告書の作成にも参加されましたね。

高橋:影響や適応についての作業部会の執筆者に選ばれました。会議には、世界中から最新の研究動向をよく知る人が集まっていて、勉強になりました。

肱岡:会議に行くたびにたくさん宿題が出て大変でしたし、最後は締め切りとの勝負でしたが、得るものは大きかったです。世界中の研究者とたくさん議論できて、自分たちの研究の課題も見えてきました。

IPCC報告書の表紙
IPCC第5次評価報告書(2014年)
影響・適応を扱う第2作業部会報告書については、70カ国、308名の執筆者が50492ものレビューコメント (専門家と政府)に対応し4年の歳月をかけて作成しました。

Q:今後はどのように研究を進めたいですか。

高橋:気候変動が進めば、影響も深刻になることは間違いありません。成果が社会により役立つよう研究を展開していきたいです。

肱岡:今は社会から適応策の研究成果を求められるようになりました。適応策を実施することが当たり前な社会になるように、研究面から貢献していきたいと思っています。

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