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2013年10月31日

GIS環境多媒体モデルに関する国内外の研究と応用の現状

研究をめぐって

 化学物質の環境モデルには、モデルの技術、詳細度、また目的や応用の方法によって異なるさまざまなものがあります。ここでは、私たちのG-CIEMSモデルと関係のある国内外のモデル、また、化学物質のリスク評価に関する応用の例を紹介します。

環境モデルとリスク評価をめぐって

 環境モデルによって推定された環境濃度から、人や生物への曝露量を求め、リスク評価に応用する、という一つの課題があります。図12は大気中のベンゼンの空間濃度の分布と、その濃度を示す領域に居住する人口、および、空間分布を持たないモデル(Genericモデルと呼ばれます)によって得られた推定値を示します。大気中のベンゼン濃度はおよそ5桁にわたる分布を持つこと、より高濃度の領域に多数の人々が居住している様子などがわかります。

 一方、たとえば現在の日本では、食品は広範囲に流通しており、生産地と消費地が近傍である保証はありません。現在、環境濃度の空間分布のモデル予測の結果を流通経路と組み合わせて解析するような研究は不十分ですが、今後はそこまで求められるかもしれません。このようにモデルの結果を利用すると一言で言っても、モデルによる予測結果と利用する目的からくる諸要因とを総合的に考察する必要があり、その考え方をOECD(経済協力開発機構)のガイダンスの一つとしてまとめたものが出版されています。

図12 (クリックで拡大画像を表示)
図12 G-CIEMSモデルで予測した日本国内におけるベンゼンの大気中濃度の統計分布
結果は箱ひげ図という統計グラフで示しており、樽型の上面からすべての推定値を順に並べたうち大きい方から95%、75%、50%、25%、5% 番目の値を示し、×が99%と1%、線の上下が最大値と最小値を表している。折れ線グラフは、縦軸の示す濃度領域に居住している人口を示す。

世界では

 化学物質の環境動態モデルには大気、水、海洋、土壌、地下水などにそれぞれ多数のモデルがあり、さまざまな応用が試みられています。化学物質の管理に関連するモデルとしては、欧州のEUSESが良く知られています。EUSESはSimpleBOXという環境多媒体モデルと、排出シナリオや下水道モデル、曝露シナリオなどを組み合わせたシステムになっています。SimpleBOXは欧州全体を一つまたは少数の「BOX」として単純化した多媒体の環境モデルで、カナダのMackay教授が開発したLevel IIIモデルと並んで広く応用されています。米国では環境保護庁が、たとえばOPPT(Office of Pollution Prevension and Toxics)において多数のモデルを開発し、また、カリフォルニア州でMcKone氏が開発したCalTOXというモデルは環境多媒体モデルの草分けの一つとして知られています。

 これらのモデルはいずれも計算対象領域を一つ(あるいはごく少数)に分割した1ボックス型(Generic型)のモデルで、空間分解能はありません。G-CIEMSのように河道構造による空間分解を行ったモデルとしてはGREAT-ERという河川モデルがあります。地理情報に基づくGeo-referenced(空間参照型)モデルの草分けと言えると思います。

 このように化学物質のモデルとしては欧米では1ボックス型の環境多媒体モデルが広く利用されていますが、空間分解多媒体モデルという事例は欧米にもほとんど存在しないものです。

日本では

 日本国内の化学物質管理は、公害規制の当初から環境濃度の実測(環境モニタリング)を基礎として行われてきました。これは欧米と異なる日本の特徴と言えますが、欧米より劣るという意味ではなく、むしろ欧米各国も日本のような環境モニタリング体制の整備を常に目指しているといえます。しかしながら、近年は環境モデルの重要性も認識されてきました。日本国内の環境多媒体モデルとしては、環境モニタリング設計の参考とするために開発されたNMSEMモデルが知られており、また私たちのG-CIEMSモデルとほぼ同時期に産業技術総合研究所によって大気、河川のモデルが開発されています。日本国内には欧米にはない詳細な環境モニタリング体制が存在することから、日本国内でのモデルは、たとえばG-CIEMSのような詳細な空間分解能を有することが、モデルによる推定と環境モニタリングによる推定を整合的に理解するために有効であるように思います。

国立環境研究所では

 国立環境研究所では、ここで紹介したG-CIEMSモデルのほか、EUSESを日本化したMuSEMモデルや、地球規模の動態モデルFATE、また最近はG-CIEMSモデルの放射性物質への応用などを開発してきました。ここでG-CIEMSモデルの開発は、過去の大気モデルの研究や社会環境研究として行われていた交通・地理情報の研究など国立環境研究所での一見、化学物質モデルとは異なる研究蓄積を基礎として作られたものです。モデルによって環境中の化学物質の動態を完全に再現することは、まず当分の間不可能な課題です。したがって、何を詳細に扱い、何を簡略化してモデル化していくかをその応用との関連で考える必要があります。G-CIEMSモデルは、当初からその応用のイメージを多分野の経験蓄積を受け止めることによって内包していたことが実は潜在的な特徴のように思います。

 私たちは現在、G-CIEMSモデル開発の過程で得た一つのイメージ─空間分布を持つ曝露─を拡張し、時間を含む時空間分布から、さらに場や生物種の特異性までを考える枠組みの構築に取り組んでいます。化学物質のリスクから市民と環境の安全を担保する管理の枠組みを示すことは国立環境研究所の重要な課題であると思います。化学物質等のリスク管理の戦略のあり方について研究を進めてG-CIEMSモデルの開発や応用の成果を発展させていきたいと考えています。このような化学物質の多様な特性や影響に対処して効果的なリスク管理をするためには、化学物質の環境中の動態や曝露を予測するだけでなく、人や生物などへの影響などさまざまなリスク要因やリスクに関わる社会的な特性などを統合して、リスク管理のあり方を考えていくことが重要です。

 図13に示した統合情報システムは、このようなリスクにかかわる情報を統一的に集約しようという非常に先駆的な提案であったと思います。これまで、環境動態モデルを中心に研究を進めてきましたが、化学物質の排出・影響予測など研究分野が広がるにしたがって、研究内容が統合情報システムに近づいてきました。今後、統合情報システム構想の実現を目指して、さらに研究を発展させていきたいと思います。

図13 (クリックで拡大画像を表示)
図13 化学物質等のリスク管理のための統合情報システムの構想概念
「輸送・循環システムに係る環境負荷の定量化と環境影響の総合評価手法に関する研究」(平成8~10年度)で示された構想だが、現代風には一種のビッグデータ処理に近い発想であったかもしれない。G-CIEMS モデルからリスク管理戦略研究までをあわせて、より統合的なリスク管理を可能にする枠組みとして今後も考えていきたい。

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