内分泌かく乱物質及びダイオキシン類のリスク評価と管理プロジェクト(終了報告)
平成13〜17年度
国立環境研究所特別研究報告 SR-71-2006
1. 研究の背景と目的
環境中にはきわめて多くの化学物質が存在しているが、その中に内分泌かく乱化学物質(Endocrine disruptors)と呼ばれる一群の化学物質がある。ホルモン受容体に結合又はホルモンの合成/代謝系に干渉することを通じて生体システムをかく乱する物質であり、ダイオキシンもこれに含まれる。ヒトに対する影響としては女性の乳ガンや子宮内膜症の増加、男性の前立腺がんや精巣がんの増加、或いは学習・行動等脳神経系への悪影響が懸念されており、野生生物においては生殖機能障害が内分泌かく乱化学物質の曝露によって引き起こされているという指摘がある。我が国においても、それらに対する的確なリスク評価と管理の手法に基づく総合的な環境対策の実施が社会的要請となっている。これらを背景として、本プロジェクトでは、新たな計測手法を用いた問題物質の早期発見、それらの環境動態、環境や生物に対する(人を含む)影響の評価、効果的な対策の総合化に関する研究を実施した。
2. 報告書の要旨
本プロジェクトでは、分析法、生物検定法の開発・高度化を基盤としつつ、環境動態、生態影響、生体影響、対策技術、情報管理・予測システムの開発等に関する研究を行った。以下に課題毎に主な成果をまとめた。
課題1. 分析法・試験法
化学計測法については、フタル酸エステル、ビスフェノールA(BPA)の尿中代謝産物の分析法の開発を行い、ヒトサンプルに適用し、一日摂取量を推定した。煙道排ガス中のダイオキシン類濃度をオンサイト、リアルタイムに分析する手法の開発・改良を行い、サブpg(ピコグラム以下)での測定が可能となった。
生物検定法については、酵母ツーハイブリッド法をはじめとする各種のバイオアッセイ系のラインアップにより、環境試料への適用をはかった。特に酵母ツーハイブリッド法については、ハイスループット化を行い、ヒトエストロゲン受容体(hER)、メダカエストロゲン受容体(mER)、ヒトアンドロゲン受容体(hAR)、ヒト甲状腺ホルモン受容体(hTR)、ヒトレチノイドX受容体(RXR)を導入した酵母アッセイ系を構築し、多くの化学物質についてスクリーニングを行った(表1)。ミジンコを用いた甲殻類における内分泌かく乱化学物質試験法を構築し、OECDに正式提案を行い、試験法のバリデーションを行った。
さらに、魚類、鳥類の内分泌かく乱作用検出系として、メダカ試験法、ウズラ受精卵を用いた発育試験法をそれぞれ構築した。
課題2. 環境動態の解明
東京湾におけるノニルフェノール(NP)の分布と挙動を明らかにした。東京湾表層海水のNP濃度は,多摩川河口や東京港沖など湾奥北西部で高く,表層堆積物では奥北東地域が高濃度を示した(図2)。ダイオキシンの地球規模の分布をイカの肝臓を用いて調べ、北半球特に日本近海の汚染が高いことを示した。また、ケミカルマスバランス法により発生源の推定を行った結果、ほとんどが燃焼起源であると推定された。
課題3. 生物影響
Control:対照、RA:9-cisレチノイン酸、TPT:塩化トリフェニルスズ
野生生物への影響に関しては、巻貝類におけるインポセックス(imposed sexual organ:雌生殖器の雄性化)と有機スズ汚染に関する全国的な調査、アワビ類の内分泌かく乱に関する全国規模の実態調査を行った。巻貝におけるインポセックスの発生メカニズムにおけるRetinoid X receptor(RXR)の関与を明らかにした(図3)。
実験動物を用いた研究においては、新生児期のビスフェノールAの大槽内投与および経口投与により多動が引き起こされることを示した。ジフェニルアルシン酸の行動影響を検討し、主に運動調節機能に選択的に影響を及ぼす傾向が認められた。ダイオキシンの授乳期曝露による水腎症発症のメカニズムを検討し、NKCC2の抑制による尿の排泄異常に起因するという新たなメカニズムを提唱した。
ヒトでの研究においては、ヒト用超高磁場NMRによる脳測定を行い、ボランティアの脳形態画像の集積と、脳形態情報の定量解析を行った。脳の灰白質(GM)、白質(WM)、脳脊髄液(CSF)の組織分画を行い、得られたそれぞれの体積を性、年齢別に評価した。男性灰白質体積は、年齢に従って減少するのに対し、女性では年齢依存性が見られなかった(図4)。ヒト脳内のグルタミン酸、GABAの同時検出を可能とし、脳局所スペクトルによる代謝解析の手法を確立した。また、東京都監察医務院の剖検記録から精巣重量の出生年代別加齢変化を解析し、出生年代が新しいほど、精巣重量のピークと精巣重量17gを維持できなくなる年齢が若年化する傾向が認められた。
課題4. 総合的対策
分解処理技術についてはダイオキシン類の熱水(臨海水)による分解を検討し、水だけで汚染土壌から99%以上のダイオキシンを除去できることを確認した。
内分泌かく乱化学物質のリスク評価と管理のための統合情報システムについては、GIS上の高詳細環境モデル(G-CIEMS)を完成させ、ダイオキシン類の河川水中濃度、ベンゼン・ダイオキシンの大気中濃度を推定し、実測値と比較した(図5)。また、モデルの検証の一環として、POPsの長距離輸送モデルの国際比較研究を行い良好な結果を得た。