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2012年1月31日

微細藻類と絶滅が危惧される藻類の系統保存の概要

Summary

1.国立環境研究所微生物系統保存施設

 国立環境研究所における藻類の系統保存は、1983年に微生物系統保存施設(NIESコレクション、当時は国立公害研究所)としてスタートしました。当時、日本では湖沼の富栄養化や河川、海洋の水質悪化が大きな環境問題になっていたため、それらの研究のための研究材料を整備することを目的として設立されました。

 2002年には文部科学省のナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)における藻類リソースの中核機関に採択され、現在もその活動を続けています。NBRP第1期(2002~2006年)には、国立科学博物館、筑波大学、東京大学に保存されていた藻類培養株がNIESコレクションに集約されました。第2期(2007~2011年)は保存株の付加価値を高めるためのデータの収集や品質管理体制の整備を行っています。また、藻類の分類の基準となるタイプ株やタイプ標本としての凍結保存試料の受け入れも行っています。

 2011年3月11日の東日本大震災ではNIESコレクションも震度6弱の大きな揺れに見舞われましたが、幸いにも培養棚や培養庫の倒壊は免れました。また、その後の節電期間も何とか乗り切ることができました。一方で同年9月には、これまでの藻類の保存および分譲の実績が評価され、日本植物学会から「日本植物学会賞特別賞」が授与され、NIESコレクションとしてうれしい歴史の一コマを刻みました。

保存株:NIESコレクションの特徴の1つは設立当初からコレクションを代表する赤潮形成藻やアオコ形成藻の培養株です。また、NBRPの活動をとおして、系統進化を考える上で重要な藻類や原生動物の培養株、ゲノム解析、分子生物学、遺伝学、生理学など多くの研究分野で利用されてきたいわゆるモデル生物の培養株も新たに加わりました。海洋の一次生産者として近年脚光をあびるようになった真核性のピコプランクトン培養株も、外部研究者からの寄託やコレクション間の株交換によって収集されています。NIESコレクションは、このように多様性とモデル生物という2つの面から環境研究や基礎研究の材料を保存・提供しています(図2)。

 1985年に出版された「NIESコレクション保存株リスト、第1版」には262株が掲載されています。その後、研究所内外の研究者からの株の寄託によって、特に2002年以降はNBRPの活動によって、保存株数が大幅に増加し、現在は426属、857種、2928株を保存するに至っています(図6A)。

系統保存-継代培養と凍結保存:保存株の3分の2に相当する約2000株は継代培養という方法で維持されています。培養温度は5~25°C(好熱性の株の場合は37または50°C)、光の強さは4~200μmol・m-2・s-1で12時間の明暗周期、植え継ぎ間隔は7日~6ヶ月で、保存条件や培養液は株ごとに異なります。また、NIESコレクションでは、継代培養株を失わないよう保存株の生育状態の確認を毎週行っています。継代培養されている株のうち約500株が無菌株ですが、それらについては無菌検査培地を用いた無菌検査を毎年実施し、品質管理に努めています。

 一方、残りの約1000株は気相の液体窒素中で凍結保存のみで維持されています。凍結保存されているのは主にシアノバクテリア、単細胞性の緑藻や紅藻、絶滅危惧種の淡水産紅藻などです。NIESコレクションでは、凍結後の生存率が通常は50%以上であることを目安に凍結保存に移行していますが、比較的増殖速度の速い種などでは、生存率がそれより低くても作成するチューブ数を増やすことによって凍結保存に移行する場合もあります。また、藻類の中には長期間の継代培養が難しい種があり、それらについては凍結後の生存率が低い場合でも凍結保存による維持を併用することによって継代培養による滅失を防ぐ努力をしています。

 保存株のバックアップは、大震災が現実のものとなった現在保存施設にとって最優先事項です。凍結保存株については2008年より各株について凍結チューブ1本を神戸大学で保存しています。また東日本大震災後の2011年10月からは継代培養株についてもその一部を北海道大学でバックアップする体制を整えています。

保存株の利用:NIESコレクションでは研究、開発、教育用に保存株を分譲しています。利用数(分譲数として)は、年毎の変動はありますがここ数年増加傾向にあります(図6B、2011年度は11月末現在で昨年度とほぼ同数)。分譲先は国内が80~90%、国外が10~20%です。また、利用者別に見ると、研究機関や大学などアカデミアでの利用が75%、産業界での利用が20%、授業など教育用が5%です。多様なグループが利用されています(図6C)。種別にみると最もよく利用されているのはやはり代表種であるミクロキスティス株ですが、オイルを作る藻類として脚光を浴びているボトリオコッカス株もここ数年分譲数を急激に伸ばしています(図6D)。

図6(A) 保存株数と利用の推移
図6(B)  保存株数と利用の推移
図6(C) 保存株数と利用の推移
図6(D) 保存株数と利用の推移
図6 保存株数と利用の推移
A 保存株数の推移。B 分譲株数の推移(2011年度は外部への分譲は半年で前年度とほぼ同数を達成)。C 分譲株のグループ別内訳。D よく分譲されている種の分譲数の推移。

2. 絶滅が危惧される藻類の域外保存

 2000年に出版された「日本における絶滅の危機に瀕した野生生物のリスト—レッドリスト植物II(維管束植物以外)」(環境庁)には絶滅、野生絶滅、絶滅危惧I類、絶滅危惧II類に47種の藻類が掲載されました。2007年の改訂では、それまで情報不足とされていた新たな種が加わり、藻類の絶滅危惧種は116種になりました。これらの多くをシャジクモ類と紅藻(多くは淡水産)が占めています。これらの藻類は、池沼の富栄養化、護岸工事や河川改修などによる生息場所の破壊、草食魚の導入といった人為的な環境の改変によって個体数を減少させていることが指摘されています。

 NIESコレクションにおける絶滅危惧種の保存は、1990年代半ばの湖沼を中心とした調査の過程で収集された4種のシャジクモ類からスタートしました。2002年から2010年まで続いた環境試料タイムカプセル化事業(環境省請負)では「絶滅危惧藻類の生息状況調査及び保存と凍結保存・将来活用技術等の検討・開発」を実施し、またその間に外部研究者からの寄託もあり多くの培養株が収集されました。

 現在は、淡水産紅藻14種270株とシャジクモ類28種92株が保存されています(図7)。これらの培養株のうち、淡水産紅藻のチスジノリやオキチモズク150株が液体窒素中で凍結保存されています。一方、シャジクモ類は継代培養されています。継代培養株は、単藻化を行い混在する他の藻類を除くことによって長期間安定して維持することが可能になります。現在は、卵胞子を滅菌してから発芽させ培養株を確立することにより30株が単藻化されています。また、かつてはシャジクモ類が繁茂していましたが現在は消滅してしまっている霞ヶ浦や多々良沼の底泥に埋土されていた卵胞子から再生された種も保存しています。

図7(上) 絶滅が危惧される藻類
図7(下) 絶滅が危惧される藻類
図7 絶滅が危惧される藻類
上:属別保存株数(カッコ内の数字)
下:代表種の培養株 A~Cシャジクモ類、Aシャジクモ、Bハダシシャジクモ、Cオトメフラスコモ、D・E淡水産紅藻、Dオオイシソウ、Eチスジノリ。スケールバー:A・C・D・E=1mm、 B=1cm。

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