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2019年1月18日

共同発表機関のロゴマーク
「妊婦の血液中金属濃度とIgE抗体の関係」について

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、北九州市政記者会同時配付)

平成31年1月18日(金)
産業医科大学医学部
  准教授       辻 真弓
  名誉教授      川本俊弘
エコチル調査福岡ユニットセンター
産業医科大学サブユニットセンター
  センター長     楠原浩一
国立研究開発法人国立環境研究所
エコチル調査コアセンター
  コアセンター長代行 新田裕史
  室長        中山祥嗣
 

   はじめに
   環境省及び国立研究開発法人国立環境研究所(以下「国立環境研究所」という。)では、全国15箇所のユニットセンターと協働して、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因を明らかにし、次世代の子どもたちが健やかに育つことのできる環境の実現を図ることを目的として、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」を行っています。

   今回、福岡ユニットセンター(産業医科大学)が中心となって取りまとめ、平成28年4月に固定が終了した約2万人の母親、血液、金属類測定結果データを含んだ論文が、平成31年1月12日疫学の専門誌であるJournal of Epidemiologyにonlineで掲載されました。

今回の論文の主な意義
妊婦の血中水銀濃度と特異的IgE抗体の関係
〇血中水銀濃度の低いグループと比べて、高いグループではスギ特異的IgE抗体高濃度(≧0.35 UA/mL)の人が1.4倍いました。

〇反対に、血中水銀濃度の低いグループと比べて、高いグループではハウスダスト及び動物上皮特異的IgE抗体高濃度の人はそれぞれ0.9倍及び0.8倍いました。
   ※特異的IgE抗体の量はアレルギー診断の参考値として臨床の現場で使用

妊婦の血中セレン濃度と特異的IgE抗体の関係
〇血中セレン濃度の低いグループと比べて、高いグループではスギ特異的IgE抗体高濃度(≧0.35 UA/mL)の人は1.3倍いました。

・妊婦の血中金属類濃度を4つのグループ(低い、やや低い、やや高い、高い)に分けて解析しました。

・特異的IgE抗体は低濃度(<0.35 UA/mL)、高濃度(≧0.35 UA/mL)の2つのグループに分けて解析しました。

〇エコチル調査では約10万組の親子を追跡しています。今回の研究結果は、約2万人のデータを用いた成果であり、今後、約10万組のデータの解析等をしていく中で、アレルギーや化学物質等の環境について、さらに解明が進むことが期待されています。

(本研究に示された見解は著者ら自らのものであり、環境省の見解ではありません。)

1.エコチル調査について

   子どもの健康と環境に関する全国調査(以下「エコチル調査」という。)は、子どもの健康に化学物質等の環境要因がどのように影響するのかを明らかにし、「子どもたちが安心して健やかに育つ環境をつくる」ことを目的に2010年度(平成22年度)に開始された大規模かつ長期に渡る疫学調査です。妊娠期の母親の体内にいる胎児期から出生後の子どもが13歳になるまでの健康状態や生活習慣を2032年度まで追跡して調べることとしています。

   エコチル調査の実施は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを設置し、国立成育医療研究センターに医療面からサポートを受けるためのメディカルサポートセンターを設置し、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して行われています。

2.研究の背景

   近年、海外の研究グループによって金属曝露とIgE抗体に関係がある可能性が報告されています。また臍帯血のIgE抗体と小児のアレルギー疾患との関係も指摘されています。したがって妊婦の金属曝露とIgE抗体との関係を明らかにすることは、お母さんと生まれてくる赤ちゃんの健康の保持・増進のために重要なことであると考えられます。

   そこで本研究では、妊婦の血中金属類濃度(カドミウム、鉛、水銀、セレン、マンガン)とIgE抗体との関係を調べることにしました。本研究は大規模コホート調査の結果を用いて複数の金属と特異的IgE抗体(卵白・ハウスダスト・スギ・動物上皮・蛾)の関係を検証した世界で初めての研究であり、画期的な研究といえます。

IgE抗体とは
   私たちの体には異物が体内に入ってくると攻撃し排除する仕組みがあります。この侵入してきた物質を抗原といいます。抗原の中でも特にアレルギーの原因となるハウスダスト、花粉、食物などをアレルゲンと呼んでいます。そしてアレルゲンを認識して排除する仕組みをアレルギー反応と呼んでいます。

   アレルギー反応に関係する物質には様々な物質がありますが、今回私共の研究で着目した物質はIgE抗体です。IgE抗体の中でも特に固有のアレルゲンにだけ結合することのできる抗体を特異的IgE抗体と呼びます。アレルゲンが体内に侵入することで産生されるIgE抗体は、体内の細胞や血球の表面にくっつきアレルゲンと出会うのを待ちます。これを感作と呼びます。感作されただけではアレルギー反応はおこりませんが、感作された状態で再びアレルゲンが侵入してIgE抗体と反応すると、ヒスタミンやロイコトリエンといったアレルギー症状を引き起こす様々な物質が放出されます(即時型アレルギー反応)。IgE抗体の値と臨床症状とは必ずしも相関するわけではないという点は注意する必要がありますが、特異的IgE抗体の量はアレルギー診断の参考値として広く臨床の現場で使用されています。

使用したデータ:2016年4月に固定された出産時全固定データ(出産に関する情報)及び2017年4月に固定された第一次金属類一部固定データ(妊婦約2万人に関する重金属の分析結果)中の妊婦の血中金属類濃度(カドミウム、鉛、水銀、セレン、マンガン)を使用。金属類濃度を測定しており、かつ総IgE及び特異的IgE抗体(卵白・ハウスダスト・スギ・動物上皮・蛾)値を測定した母親14,408名が解析対象者数です。

血中金属類濃度:4つのグループ(低い、やや低い、やや高い、高い)に分けて解析されました。

特異的IgE抗体:低濃度(<0.35 UA/mL)と高濃度(≧0.35 UA/mL)の2つのグループに分けて解析されました。

   解析には多変量ロジスティック回帰分析※1を使用しました。補正した因子は年齢、BMI(妊娠前)、アレルギー既往歴、喫煙歴(本人、配偶者)、飲酒歴、ペットの有無、血液採取時期、エコチル調査登録ユニットの9因子です。

3.主な結果

   各金属グループの血中濃度は以下の通りです。(低い、やや低い、やや高い、高いの順)
   水銀   ≦2.55 ng/g, 2.56-3.61 ng/g, 3.62-5.11 ng/g, ≧5.12 ng/g
   セレン  ≦156 ng/g, 157-168 ng/g, 169-181 ng/g, ≧182 ng/g
   マンガン ≦12.4 ng/g, 12.5-15.1 ng/g, 15.2-18.4 ng/g, ≧18.5 ng/g

特異的IgE抗体高濃度グループへのなりやすさ(オッズ比※2):
   オッズとはIgE高濃度グループの人数を低濃度グループの人数で割って得られる値です。

a.水銀濃度とスギ特異的IgE抗体の関係 *:統計学的に有意な結果

水銀濃度とスギ特異的IgE抗体の関係を表した図
水銀濃度
スギ特異的IgE抗体高濃度を0.35 UA/mL以上としたとき、血中水銀濃度の低いグループと比べて、やや高いグループでは1.2倍、高いグループでは1.4倍スギ特異的IgE抗体高濃度の人がいた。

b.水銀濃度とハウスダスト特異的IgE抗体の関係

水銀濃度とハウスダスト特異的IgE抗体の関係を表した図
水銀濃度
血中水銀濃度の低いグループと比べて、高いグループは0.9倍ハウスダスト特異的IgE抗体高濃度の人がいた。(すなわち、水銀濃度が高いグループの方がハウスダスト特異的IgE抗体高濃度の人が少なかった。)

c.水銀濃度と動物上皮特異的IgE抗体の関係

水銀濃度と動物上皮特異的IgE抗体の関係を表した図
水銀濃度
血中水銀濃度の低いグループと比べて、やや高いグループは0.9倍、高いグループは0.8倍動物上皮特異的IgE抗体高濃度の人がいた。(すなわち、水銀濃度が高いグループの方が動物上皮特異的IgE抗体高濃度の人が少なかった。)

d.セレン濃度とスギ特異的IgE抗体の関係

セレン濃度とスギ特異的IgE抗体の関係を表した図
セレン濃度
血中セレン濃度の低いグループと比べて、やや高いグループは1.2倍、高いグループでは1.3倍スギ特異的IgE抗体高濃度の人がいた。

e.マンガン濃度と動物上皮特異的IgE抗体の関係

マンガン濃度と動物上皮特異的IgE抗体の関係を表した図
マンガン濃度
血中マンガン濃度の低いグループと比べて、やや低いグループは0.9倍、やや高いグループでは0.8倍動物上皮特異的IgE抗体高濃度の人がいた。(すなわち、マンガン濃度が高いグループの方が動物上皮特異的IgE抗体高濃度の人が少なかった。)

4.用語解説

※1 ロジスティック回帰分析:一つの現象を、複数の要因によって説明する統計モデルを用いた解析手法です。例えば、特異的IgE抗体との関係を、母親の健康・性質や生活習慣などの要因で説明し、それぞれが特異的IgEとの関係を説明しているかが分かります。

※2 オッズ比:ある現象の起こりやすさを示した統計的な尺度です。例えば、オッズ比が1とは、特異的IgE抗体高濃度グループへのなりやすさはそれぞれの群で同じということであり、1より大きいと、特異的IgE抗体高濃度グループへのなりやすさがある群で高いことを意味し、1より小さいと、ある群で特異的IgE抗体高濃度グループへなりにくいことを意味します。

5.考察及び今後の展望について

○水銀濃度と特異的IgE抗体の関係に関して

・血中水銀濃度の低いグループと比べて、やや高い及び高いグループではスギ特異的IgE抗体高濃度の人が多かった。

・反対に、血中水銀濃度の低いグループと比べて、高いグループではハウスダスト及び動物上皮特異的IgE抗体高濃度の人が少なかった。

   血中水銀濃度は特異的IgE抗体によって、特異的IgE抗体高濃度グループが高い場合と低い場合とがありました。

   ヒトの細胞や動物を用いた実験において、水銀曝露がIgE産生に関わるリンパ球の活性化に関係しているという報告もありますが、どのような機序でIgE産生を促進しているかはわかっていません。今後様々な研究が行われ、機序の解明が行われることが期待されます。

〇セレン、マンガン濃度と特異的IgE抗体の関係に関して
・血中セレン濃度の低いグループと比べて、やや高い及び高いグループではスギ特異的IgE抗体高濃度の人が多かった。

・血中マンガン濃度の低いグループと比べて、やや高いグループでは動物上皮特異的IgE抗体高濃度の人が少なかった。

   セレン、マンガンは必須微量元素といわれ、我々の生命活動に必要な元素です。セレン及びマンガン曝露がIgE産生に影響を及ぼすのかどうかを調べる研究は、現在までにほとんど行われていません。今後、様々な研究をもとに必須微量元素とIgE産生の関係が明らかにされていくことが期待されます。

〇本研究の限界と今後の展望
・本研究は1時点での金属類と特異的IgE抗体の関係をみたものであり、因果関係を明らかにした研究ではありません。これを明らかにするためには、要因である金属類の濃度と結果である特異的IgE抗体濃度の測定に時間的な前後関係のある研究により検討を行う必要があります。

・本研究で使用された血液は採取された時期が個々人で異なります。スギ特異的IgE抗体値はスギ花粉の飛散量によって影響を受ける可能性があります。従って血液採取の時期やスギ花粉の飛散量等を考慮した研究が今後必要です。

・小児期における抗原への曝露が成人期の特異的IgE抗体値に影響を及ぼしている可能性があります。今回の研究の対象者は成人期である妊婦を対象とした横断研究です。従って今後は小児期~成人期を通した縦断的な研究が必要です。

・本研究対象者の金属の曝露源は本研究ではわかりません。今後は食品や環境中に含まれる金属の曝露源の特定が必要になると考えられます。

・IgE抗体の多寡が必ずしもアレルギーの発症や臨床症状と相関するわけではありません。今回IgE抗体との関連が見られた水銀、セレン、マンガンなどの金属類が必ずしもアレルギーの発症につながることを意味するものではありません。

・今回は約2万人のデータを使用しての解析でした。今後の研究において10万人のデータを解析して、本研究と同様に妊婦の血中金属類濃度と特異的IgE抗体値の間に統計学的に有意な関係が認められるかについて、検討を行う必要があります。

   引き続き、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因が明らかとなることが期待されます。

   なお、本研究に示された見解は著者ら自らのものであり、環境省の見解ではありません。

6.発表論文

著者:
辻 真弓、郡山 千早、石原 康宏、山元 恵、山本 貴和子、金谷 久美子、アイツバマイ ゆふ、大西 一成、千手 絢子、荒木 俊介、柴田 英治、諸隈 誠一、實藤 雅文、北沢 博、斎藤 麻耶子、梅澤 雅和、小野田 淳人、楠原 浩一、田中 里枝、川本 俊弘、JECSグループ

タイトル:
Associations between metal levels in whole blood and IgE concentrations in pregnant women, based on data from the Japan Environment and Children's Study

掲載雑誌:Journal of Epidemiology

7.問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所エコチル調査コアセンター
室長 中山祥嗣
305-8506 茨城県つくば市小野川16-2
電話:029-850-2786
E-mail:jecscore(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

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