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2022年1月25日

共同発表機関のロゴマーク
幼児期の室内空気汚染物質ばく露と精神神経発達との関連:子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)について

(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会、長崎大学記者クラブ同時配付)

2022年1月25日(火)
国立研究開発法人 国立環境研究所
エコチル調査コアセンター
コアセンター長 山崎新
     次長 中山祥嗣
国立大学法人長崎大学
熱帯医学・グローバルヘルス研究科
     助教 Madaniyazi Lina
     助教 Xerxes Seposo Tesoro
 

   国立環境研究所エコチル調査コアセンターの中山、長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科MadaniyaziおよびXerxesらの研究グループは、子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)の詳細調査参加者約5,000人を対象に、1歳6か月時と3歳時で測定した室内空気汚染物質と質問票で得られた精神神経発達指数(ASQ-3スコア)との関連について解析しました。その結果、3歳時点での室内汚染物質濃度が高いこととASQ-3スコアが低いことについて関連があることがわかりました。
   本研究の成果は、2021年11月26日付でElsevierから刊行される環境保健分野の学術誌「Environment International」に掲載されました。
   ※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。
 

1.発表のポイント

・家庭訪問をして測定した1歳6か月時、3歳時の室内空気汚染物質ばく露※1と、子どもの発達との関連を調べました。
・ASQ-3という保護者が回答する質問票による発達指数については、3歳時点で室内キシレン※2濃度が高いほどASQ-3スコアが低くなることがわかりました。
・複数の室内空気汚染物質をまとめて解析した結果、3歳時点での室内汚染物質濃度が高いこととASQ-3スコアのうち粗大運動に関するスコアが低いことについて関連があることがわかりました。

2.研究の背景

子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で10万組の親子を対象として開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート※3調査です。母体血や臍帯血、母乳、血液、尿、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、全国からランダムに選ばれた約5,000組の親子を対象に詳細調査※4を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。

エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。

大気汚染物質は、呼吸器や心血管系への影響に加えて、脳への影響も報告されています。特に、胎児期から幼少期の大気汚染物質ばく露が、発達の遅れや生涯にわたる精神神経発達に影響する可能性が指摘されています。

本研究では、エコチル調査のデータを用いて、1歳6か月時点と3歳時点での家庭の空気汚染物質の濃度と、子どもの発達との関連について調べました。

3.研究内容と成果

本研究では、詳細調査参加者のうち、1歳6か月時と3歳時での家庭訪問による環境測定を実施した参加者であり、かつ、同時期に発達に関する質問票(英語版Ages and Stages Questionnaire第3版(ASQ-3)を出版社の許可のもと、日本語に翻訳したもの)に回答のあった参加者を解析の対象としました。ASQ-3は、発達の指標を測定する質問票であり、保護者が子どもを観察し、各発達の段階ができるかどうかの質問に対する回答を記載するものです。ASQ-3の結果は5つの領域※5(コミュニケーション、粗大運動、微細運動、問題解決、個人・社会)と全体でスコア化され、得点が算出されます。環境測定は、1歳6か月時と3歳時の2回、家庭訪問を行い、室内の微小粒子状物質(PM2.5)、オゾン、二酸化窒素、二酸化硫黄および揮発性有機化合物※6(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、ベンゼン、トルエン、キシレン(2種)、スチレン、エチルベンゼン、p-ジクロロベンゼン)を測定しました。

まず、1歳6か月時、3歳時のそれぞれの時期での、一つ一つの汚染物質とASQ-3スコアとの関連を調べました。その際に、母親に関する情報として、年齢、教育歴、職業、喫煙歴・受動喫煙、妊娠期間中アルコール摂取、葉酸摂取、不妊治療、出産形態、授乳状況、妊娠週数を、また生まれた子どもの出生体重を考慮して解析しました。次に、すべての汚染物質をまとめて解析しました。その際、重み付き分位数合計回帰(WQS)モデル※7を用いました(WQSは複数の化学物質ばく露の影響を解析するモデルとして開発されたものです)。加えて、長期的な影響を検討するため、1歳6か月時と3歳時の汚染物質の濃度の幾何平均※8と、3歳時点でのASQ-3スコアとの関連を解析しました。

その結果、まず、一つ一つの汚染物質の解析では、3歳時点で室内キシレン濃度が高いほどASQ-3スコアが低くなることがわかりました(その他の物質では、個別解析では、影響はみられませんでした)。次に、WQSモデルを用いた解析の結果では、3歳時点での室内汚染物質濃度指標(WQS指標)が高いことと、ASQ-3スコアのうち粗大運動に関するスコアが低いことについて関連があり(参考図)、主にベンゼン(影響の強さの割合(WQS重み):34%)、トルエン(26%)、o-キシレン(14%)及びエチルベンゼン(10%)等が影響していました。長期的な影響の解析では、室内キシレン濃度(1歳6か月時と3歳時の幾何平均)が高いことと、ASQ-3スコアのうち粗大運動に関するスコアが低いことについて、関連がありました。

4.今後の展開

本研究は、約5,000人の参加者の家庭訪問による環境測定の結果とASQ-3スコアとの関連を解析したもので、3歳時点で室内キシレン濃度が高いこととASQ-3スコアが低いことについて関連がありました。また、複数の室内汚染物質のASQ-3スコアへの影響も見られました。本研究におけるキシレン濃度は、中央値※9がm,p-キシレンが3.4 µg/m3(範囲0.2–210 µg/m3)、o-キシレンが1.2 µg/m3(範囲0.1–98 µg/m3)であり、ほとんどの場合、厚生労働省の定める室内濃度指針値200 µg/m3よりも低い値でした。その他の物質についても同様に、室内濃度が室内濃度指針値を超える例はほとんどありませんでした。この結果から、キシレンを含む、低濃度の室内汚染物質ばく露でも、子どもの発達に影響がある可能性が考えられます。

一方で、本研究の限界として、1)1歳6か月時と3歳時点での室内汚染物質の測定は、それぞれ1週間という限定された期間における測定であり、実際のばく露状況を必ずしも反映していない可能性があること、2)母親の妊娠期間中の測定結果が得られておらず、胎児期の影響が検討できていないこと、3)発達やその他の情報は自記式質問票によるものであり、正確ではない可能性があること、4)キシレンなどの室内汚染物質の上昇に関与し、かつ、ASQ-3スコアの低下にも関与する要因(交絡要因)については、エコチル調査で収集できた情報のみを用いており、解析に含められなかった要因がある可能性等があげられます。特に、交絡要因は、室内汚染物質のASQ-3スコアへの「見かけ上」の関連を生じさせますが、観察研究であるエコチル調査では、その影響を完全に取り除くことができません。また、たくさんの解析による今回の結果が偶然におこった可能性も否定できません。したがって、複数の疫学調査によって、室内のキシレン濃度が高いことと発達スコアが低下することについて、証拠の確からしさを検証する必要があります。さらに、ASQ-3スコアの低下が、どのような社会的インパクトがあるかについても、今後更なる研究が必要です。

5.参考図

測定した室内汚染物質をまとめて解析した結果を表した図

測定した室内汚染物質をまとめて解析した結果を示します。縦軸の数値は、0の場合は3歳時点のASQ-3の各発達指標の得点に変化がないこと、マイナスの場合にはWQS指標が高くなるとASQ-3スコアが低下することを意味しています。0からの変化が大きいほど、ASQ-3スコアがより多く低下することを示します。幅(ひげ)は、95%信頼区間を示しています。95%信頼区間とは、母集団(日本人全体)から標本(エコチル調査参加者)を抽出し信頼区間を推定するという作業を100回行ったときに、95回はその区間の中に母集団の真値が含まれることを意味します。粗大運動は走ったり、けったりする運動、微細運動とは指先を使った細かい作業を行う能力のことを指しています。

6.用語解説

※1 ばく露:化学物質などの環境要因にさらされることをいいます。
※2 キシレン:分子量106.17の芳香族化合物で、ベンゼンの水素のうち2つをメチル基で置換したもので、メチル基の位置により、m-、p-、o-キシレンの3種類があります。測定上、m-、p-キシレンをわけられないため、本研究では、m,p-キシレンとo-キシレンとして測定しました。主な用途は、合成原料として染料、有機顔料、香料、可塑剤、医薬品、溶剤として塗料、農薬、医薬品など一般溶剤、石油精製溶剤です(環境省「化学物質の環境リスク評価 第1巻」より)。外気由来も一部あります。
※3 出生コホート:子どもが生まれる前から成長する期間を追跡して調査する疫学手法です。胎児期や小児期のばく露が、子どもの成長と健康にどのように影響しているかなどを調査します。
※4 詳細調査:10万組の親子から約5,000組をランダムに抽出し、医学的検査、精神神経発達検査、環境測定などを行い、子どもの健康と環境要因との関係をより詳細に調べる調査
※5 ASQ-3:米国のPaul H. Brookes Publishingが販売する質問票で、子どもの発達の度合いを、コミュニケーション、粗大運動、微細運動、問題解決、個人・社会の5つの領域で評価し、さらに総合点を算出するものです。各領域に6問ずつ、合計30問あり、いつも一緒に過ごしている保護者や養育者が記入します。エコチル調査では、米国出版社の許可のもと、日本語に翻訳して使用しました。日本語ASQ-3は、日本で一般的に用いられている新版K式発達検査(京都国際社会福祉センター)と比べて、その妥当性を確認しています。
※6 揮発性有機化合物:本研究では以下の9種類を測定しました。ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドは、接着剤などに使用されています(室温が高くなると濃度が高くなる傾向があります)。ベンゼンは、ストーブなどの燃焼でも発生しますが、主に外気由来です。トルエン、スチレン、エチルベンゼンは、石油ストーブ・ヒーター、及び外気由来が多いと考えられます。p-ジクロロベンゼンは防虫剤などが由来です。
※7 WQSは複数の化学物質ばく露の影響を解析するモデルとして開発されたものです。
※8 幾何平均:すべての値を掛け合わせ、そのn乗根を取ったもの(n個の値があった場合)で、低い値が多く観察され、高い値がまれである場合(対数正規分布)などに用いられます。
※9 中央値:測定値を低い順から高い順にならべたときに、ちょうど真ん中に来る値です。

7.発表論文

題名(英語):Early life exposure to indoor air pollutants and the risk of neurodevelopmental delays: The Japan Environment and Children’s Study

著者名(英語):Lina Madaniyazi1,2,3, Chau-Ren Jung3,4, Chris Fook Sheng Ng2, Xerxes Seposo2, Masahiro Hashizume1,2,5, Shoji F. Nakayama3, and the Japan Environment and Children’s Study Group6

1リナ・マダニヤツィ、橋爪真弘:長崎大学熱帯医学研究所
2リナ・マダニヤツィ、ゼルシス・セポソ:長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科
3リナ・マダニヤツィ、鐘朝仁、中山祥嗣:国立環境研究所
4鐘朝仁:中國醫藥大學
5橋爪真弘、クリス・フック・シェン・ング:東京大学大学院医学研究科
6グループ:コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンター長

掲載誌:Environment International
https://doi.org/10.1016/j.envint.2021.107004【外部サイトに接続します】

8.問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所
エコチル調査コアセンター
次長 中山祥嗣
305-8506 茨城県つくば市小野川16-2
029-850-2786

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