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酸性雨対策としてのSOx,NOx防除技術の最近の動向と将来展望

酸性雨シリーズ(7)

定方 正毅

 近年,世界各地域で,酸性雨による被害が深刻化して来ており,その原因物質と考えられているSOxおよびNOxの防除技術の必要性が真剣に叫ばれている。幸い我が国は,欧米諸国に比べて15年以上も早く,'70年代初頭から,産官学一体となってSOx,NOx防除技術の開発に取り組んで来ており,現在,この方面の技術では,世界のトップレベルにある。そこで,本稿では,現在,我が国で広く用いられているSOx,NOx防除技術の最近の動向とその将来展望について述べさせていただく。

 酸性雨の最大の原因物質と考えられるSOxの防除技術としては,燃焼の前に燃料中からイオウ分を予め除去してしまう(1)事前脱硫法と,燃焼室にカルシウム粒子あるいは粉末を吹き込んでSO2を除去する(2)炉内脱硫法および燃焼後SOxを除去する(3)排煙脱硫法があるが,現在,主流は(3)の排煙脱硫法である。さらに(3)の排煙脱硫法も湿式と乾式の2種類があるが,現在,我が国の火力発電所などで広く用いられているのは,排ガスを石灰スラリーと接触させて,排ガス中のSO2を,反応吸収する石灰スラリー法と呼ばれる湿式法である。生成した石こう(CaSO4)は,セメント原料や石こうボードとして有効利用される。湿式法の利点は,高い粉じん負荷を持つダーティーな排ガスにも適用できる点であるが,一方で,湿式法は,排ガスと吸収液間に大きな接触面積を必要とするところから,大規模な吸収塔を設置しなくてはならず,このため,湿式法の建設費は,主燃料炉の1/2にも達する。さらに湿式法は,最終生成物を除去あるいは回収するために固液分離装置が必要となり,この為,設備費は更に上昇する。従って,現在,湿式プロセスに代わるものとして,活性炭吸着法などの乾式プロセスの開発が進められている。また,炉内脱硫法での脱硫率の向上を目指す様々な工夫も試みられており,将来的には,脱硫技術は,湿式法から,乾式法へと移行すると予想される。

 一方,NOxの防除技術としては,バーナーや燃焼法の改善によって低NOx化を実現する低NOx燃焼法と,排ガス中からNOxを除去する排煙脱硝法があるが,事業用ボイラーなど中小の燃焼装置では低NOx燃焼法,発電用ボイラーなど大型燃焼装置では,低NOx燃焼法と排煙脱硝法の両者を組み合わせる場合が多い。前者の低NOx燃焼法に関しては,様々なものが用いられているが,空気中の窒素に起因するいわゆるサーマルNOxと,燃焼中の含窒素化合物に起因するフューエルNOxの双方に有効な方法として,燃焼用空気を二段階に分けて吹き込む二段燃焼法が,ガス燃焼から石炭燃焼に至るまで最も広い範囲で用いられている。低NOx燃焼法は技術として,現状ではほぼ完成された感があるものの,火炎中ののNOx生成機構が,燃焼反応や乱流現象と深く関わり合っていて未だ解明されていない部分が多いことを考えると,今後,生成機構の解明が進めば,さらに低減率を上昇させ得る余地は残されていると考えられる。また,今後は,これまで規制の対象になっていなかった小型燃焼器や家庭用暖房器具などのクリーン燃焼技術の開発が進められると考えられる。

 燃焼後の排ガスからNOxを除去する排煙脱硝法に関しては,排煙脱硫法と同様,湿式法と乾式法があるが,大型燃焼装置では,現在,乾式法の一つである選択触媒法が主流となっている。選択触媒法は,燃焼装置の煙道部で,排ガス中にNH3を吹き込み,下流部に設置された触媒反応器で,NH3によるNOの選択的還元を行わせるもので,触媒としては,チタニア担持のV2O5とCuOなどが用いられる。今後は,より安価な触媒の探索と,余剰NH3が生じない反応条件を見出すための開発研究が進められると考えられる。

 最後に,我が国では日の目を見なかったが,現在,米国で,有望な酸性雨対策技術として実用化が進められている電子ビーム法について簡単に触れる。本方法では,まず,燃焼装置煙道部で,排ガス中にNH3を吹き込む。次に,この排ガスを反応器に導き,アルミ薄膜等を通して,電子線加速器により電子線を照射する。これにより,排ガス中のO2およびH2Oの一部が解離して,O,OH,HO2ラジカルやO-,OH-イオンを生じ共存するSO2およびNOxを反応して,硫酸および硝酸ミストを生成し,さらに反応器前後で吹き込まれたアンモニアと反応して硫酸アンモニウムと硝酸アンモニウムのエアロゾルとなり後段の電気集じん器で捕集される。したがって,この方法では,(1)脱硫,脱硝が同時にできる。(2)アンモニア系窒素肥料が副産物として得られる等の特徴を持つ。本方法が,実用されるかどうかは,電子加速器などの設備コストおよび,使用電気コストを今後どこまで下げられるかにかかっている。

 以上,主として我が国におけるSOx,NOx防除技術の現状と動向について述べたが,現在,先進国においてだけではなく,中国に代表されるような開発途上国においても,酸性雨被害が深刻になりつつある。しかしながら,これらの国の酸性雨対策技術としては,我が国で開発された高コストの方法をそのまま技術移転することは出来ない。したがって今後の酸性雨対策技術としては,開発途上国の国情に合った安価で運転の容易な,SOx,NOxの防除技術の開発が必要とされよう。

(さだかた まさよし)