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紫外線による植物の成長阻害

特別研究活動の紹介

近藤 矩朗

 フロンにより成層圏オゾンが破壊され,地球上に降り注ぐ紫外線が増加するといわれている。昭和63年度から開始された特別研究「成層圏オゾン層の変動とその環境影響に関する基礎的研究」の1つのサブテーマである「紫外線環境の変化とその生物への影響に関する研究」の一環として紫外線の植物影響について研究を行っている。紫外線はその波長により,UV−A(320~400nm),UV−B(280~320nm),UV−C(280nm以下)に分けられる。太陽光の紫外線は成層圏オゾンに吸収され,UV−Cは地球上に到達しない。オゾンが減少して増加するのはUV−Bであり,UV−Bの波長分布曲線が短波長側に移動する(図1)。紫外線の強さや波長分布は緯度,高度,季節,時間,天候などによって異なるが,東京近辺では295nm以下の光はほとんど地上に到達していない。しかし,成層圏オゾンの破壊が進めば290nm付近の紫外線も到達するようになると思われる。

図1  成層圏オゾン量の減少に伴うUV−B量の変化

 既に,10数年前からUV−B量が増加した時の植物,特に農作物への影響に関する研究が行われていた。人工光を用いた室内実験により,紫外線に対する植物の感受性は植物の種類,品種により異なるが,UV−Bは概ね成長を阻害すること,可視光の強度,水分条件,栄養条件等の生育環境によりその影響の程度が異なることなどが明らかになっていた。野外での研究も行われているが,UV−B増加の影響は,同じ植物種,品種を用いた実験でも,年により,また,実験により異なっていた。阻害効果だけではなく,促進効果もしばしば見られており,これは栄養条件,水分条件の違いによるものと解釈されている。

 このように植物の紫外線に対する感受性は,さまざまな要因によって変化するので,紫外線の影響を定量的に評価することは現時点では困難である。そこで,まず定性的な影響を明確にするため,紫外線の影響の特徴について検討することにした。

 紫外線照射用光源として,健康線用蛍光灯(270nm以上の波長の紫外線照射用)を人工光グロースチャンバー内に設置して,メタルハライドランプによる可視光とともに照射した。蛍光灯からの紫外線は290nm以下の波長をカットするフィルター,あるいは320nm以下の波長をカットするフィルターを通して照射された。また,実験によっては,フィルターを通さない照射やUV−A照射も行った。なお,今回のUV−B照射量は,自然環境におけるUV−Bとほぼ同じ程度であった。

 材料として,紫外線に対する感受性が最も高いことが知られているキュウリを選んだ。キュウリ(品種:北進)は5日間自然光ガラス温室で播種・栽培されたのち,グロースチャンバーで紫外線照射を受けた。照射は明期(昼)のみ2週間弱行ったが,この間に子葉,第1葉が展開し,第2葉が成長を始めたところであった。

 UV−Bの影響をまとめると次のようになる。(1)子葉の成長が抑制され,葉の外側が上方に反り返った。(2)第1葉の成長が抑制され,主に葉の周辺部の緑色が抜けて黄色になった。残りの緑色部の緑色が濃くなった。(3)第2葉の成長が顕著に促進される個体もあった。

 成長の阻害は,光合成の阻害の結果であることが知られている。脱色については,活性酸素* などのフリーラジカルが生成したためと考えられる。第2葉の成長促進は,おそらく老化の促進(齢を早く進める)の結果と思われる。UV−Bの影響には紫外線に特徴的な影響もあるものの,多くは二酸化硫黄などの大気汚染ガスによる障害とよく似ていた。しかし,このような変化を引き起こす仕組み,初期反応についてはまだほとんどわかっていない。

 この実験におけるUV−Bの波長及び量は自然光に近いものであったが,その影響は極めて大きかった。特に,葉の周辺部の脱色は自然条件下では認められないものであり,私たちの実験条件を再検討することが必要になった。自然光との大きな違いは,UV−A領域の光強度が低いこと,現在の自然光よりも数nmだけ短い波長の紫外線(290~295nm)が含まれていることなどである。そこで,UV−Aを補強して,UV−Bの影響を調べてみたところ,UV−AはUV−Bの成長阻害効果を軽減した(図2)。しかし,葉の脱色については回復は認められなかった。そこで次に,現在の自然光には含まれていない,波長の短い紫外線の影響を明らかにするために,さらに短い波長を含む紫外線(>270nm)を照射した。この紫外線の影響は絶大であった。1~2日で脱色が始まり,やがてキュウリは全て枯死した。これらの結果から,葉の脱色は,現在の自然光に含まれていない短い波長の紫外線によるものと推察した。図1に示したように,成層圏オゾンの破壊により,地球上に到達するUV−Bの波長分布が短波長側に移動する。したがって,成層圏オゾンの破壊が進行すれば,自然環境中でもこのような葉の脱色が見られるようになるかも知れない。

  • *活性酸素
    反応性の高い酸素分子種のことで,O2-+1O2のほか,OH+,H2O2なども含まれる。
図2  UV−Bによる成長阻害に対するUV−Aの影響

 この研究から,成層圏オゾンの破壊の影響としては,単にUV−B量が増加することだけでなく,UV−Bの波長分布が短波長側に移動することが,植物にとって重要であることが示唆された。今後は,波長範囲の狭い紫外線を用いて波長毎の影響を詳細に調べ,更に,植物の種類による違いなどについても検討していきたいと考えている。このほかに,植物の紫外線感受性に及ぼす環境要因の影響,紫外線による植物の大気汚染感受性の変化,紫外線に対する植物の防御機構などに関する研究も計画している。

(こんどう のりあき,生物環境部生理生化学研究室長)