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バイオテクノロジ−による大気環境指標植物及び浄化植物の開発に関する研究

特別研究活動の紹介

田中 浄

 大気の汚染を評価したり緩和するのに植物の占める役割は非常に大きいと思われる。これら指標あるいは浄化植物を遺伝子工学的手法を取り入れて開発,作成することが本特研の最大の目的である。また,有用遺伝子を見つけるために不可欠の光化学オキシダントの分子レベルでの植物影響の解析,開発した指標植物の保存法の検討,野外に指標植物を配置する時に使用するための簡易植物計の製作,指標植物の大気汚染による障害を客観的に評価するための画像処理法の開発も活発に行われている。

 植物細胞は動物のそれと違ってただ一つの細胞から細胞塊を経て完全な植物体に戻る全能性という植物育種にとってこの上ない利点を備えている。植物の性質を改変する遺伝子工学的手法は(1)細胞の薬剤処理,(2)細胞融合,(3)細胞への核,細胞小器官の移入,(4)遺伝子導入などに分類できる。いずれも人工的に遺伝子の改変を受けた細胞もしくは植物組織片を,試験管レベルで植物個体にまで再生するものである。一度有用植物を得るとその種子を保存すれば半永久的にその植物を利用できる。また,この手法で作成した植物は遺伝的に均一な品種であるから従来種に比べて大気環境に対して特異性,再現性,感受性(抵抗性)らの点で格段に優れているはずである。

 植物細胞の遺伝子改変をする時に細胞を薬剤処理し,突然変異を受けた細胞を選抜して植物個体を再生するとその薬剤に対して強抵抗性を示す植物を作ることができる。我々はタバコの細胞をパラコ−トというSO2と類似した毒性を示す薬剤で処理した時に生き残る細胞からSO2抵抗性タバコを得た(写真1)。このタバコは対照タバコよりもSO2を大量に吸収することも確認した。このSO2浄化植物は通常の植物と同様にこの形質を子孫にも残すことも明らかにした。このような植物をSO2発生源となる工場周辺に配置すれば大気浄化に役立つことが期待される。

写真1  細胞の薬剤処理法によるSO2浄化植物(タバコ)の作成。2ppm SO2で22時間処理した。左は対照,右はSO2浄化植物。

 遺伝子組換え操作を伴う研究は周知のごとく解決すべき問題が多々あり,円滑に進行するまでに時間を要する。しかし研究所として遺伝子組替え操作を出来る下地を一度作ってしまえば,将来的には大きな成果が期待できる分野であると思われる。つまり,それぞれの環境変化(例えば,砂漠化,紫外線,高炭酸ガス濃度など)の抵抗性に関係する植物遺伝子を操作することにより,種々の環境に適応できる植物の開発が可能となる。遺伝子組換えで有用植物を開発する時にはどの遺伝子に注目するかが重要な問題となる。現在,我々が目指しているのは光化学オキシダント感受性もしくは抵抗性植物を作成しようとするものであり,今までの大気汚染の植物影響の研究から,大部分の汚染ガスの毒性発現の機構及びその解毒,抵抗性にどのような酵素が有効かが明らかになってきた。しかし,光化学オキシダントの主要成分であるPAN(パ−オキシアセチルナイトレ−ト)についてはまだその作用機作すら不明であり,どの遺伝子に注目すればよいかの検討が現在もなされている。

 オゾンに対する植物の抵抗性についてはグルタチオン還元酵素(GR)が関与していることはすでに明らかにされた。タバコの品種をかえてオゾン抵抗性を調べた実験で,オゾンに対して極度に弱いBel-W3はGR含量が少ないことが明らかになった。そこでこのタバコの細胞にGR遺伝子の量を適度に変えて導入し,その細胞から植物の完全個体を再生すればオゾンに対して種々の感受性をもつタバコをつくることができると思われる。これらの植物を野外に配置すれば,格好のオゾン指標植物になることが期待される。植物に遺伝子を導入するには、まず、植物に感染性のあるアグロバクテリウムという細菌のプラスミド* に目的とする単離植物遺伝子を組み込み,この細菌を植物の組織片(例えば葉の切片)と共存させる。細菌プラスミド中の植物遺伝子は最終的に植物細胞の染色体に組み込まれ,その形質は後代まで遺伝法則に従って受け継がれる。我々のグル−プではGR遺伝子を単離すると共にアグロバクテリウムを用いた植物の性質の改変法の検討をし,抗生物質耐性遺伝子を導入したタバコの作成についての技術修得はすでに達成した(写真2)。現在,オゾン耐性遺伝子(GR遺伝子)の単離についてもほぼ成功しており,近々オゾン指標性植物ができると確信している。

(たなか きよし,生物環境部生理生化学研究室)

  • プラスミド
    細菌中で染色体とは別に存在する小さな環状DNAでこれに目的遺伝子を組み込んで細胞に入れると目的遺伝子の増殖が起こる。
写真2  無菌植物(左)から葉片をとり,目的遺伝子を組み込んだ細菌と混合し(中),感染した葉片を培養して(右),植物体を再生する。