自然共生におけるイノベーション
特集 環境DNA 生態系に描かれた生き物たちの航跡をたどって
山野 博哉
イノベーションとは、日本では技術革新という狭い意味に用いることもあるようですが、もっと広く、新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造する社会変革ともとらえられます。自然共生社会の実現に向けても、これまでいくつかのイノベーションがあったと私は思います。
イノベーションの一つは、生態系サービスです。人間が生態系の持つさまざまな機能(二酸化炭素の吸収や汚濁水の浄化作用など)から恩恵を受けていると考えるものです。生態系サービスとして価値を示すことによって、生態系の重要性を明らかにするとともに、生態系の保全や活用に対して積極的な投資を行うなど、生態系を経済活動へと組み込める可能性が示されました。最近、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)での議論では、生態系は人間に恩恵をもたらすだけではないので、「生態系サービス」というより「自然がもたらすもの」という中立的な概念を用いるのが良いという議論が進みつつありますが、自然が人間にもたらす恩恵を認識することの重要性には変わりありません。
もう一つの大きなイノベーションが、本特集でとりあげる「環境DNA」です。環境DNAの詳細は本特集の記事にゆずりますが、例えば、池で水をくんでそこに含まれるDNAの分析をすることにより、姿は見えずともそこにどんな生物がいるかがわかるのです。これは実に画期的で、技術革新という狭い意味でのイノベーションだけでなく、自然共生社会の基礎となる生物多様性の把握とモニタリングに加え、環境変化による生物変化や侵入種の検出などさまざまな応用が考えられ、社会変革という広い意味でのイノベーションをもたらす可能性を持っています。
国立環境研究所でも環境DNA研究に精力的に取り組んでおり、本特集では、環境DNAを用いた研究業務を行っている研究者による記事をまとめました。環境DNAとは何なのか、そしてどのように分析するのかに関しては、「環境問題基礎知識」をご覧下さい。そして、環境DNAを用いた研究例に関しては、霞ヶ浦流域50地点での魚類多様性モニタリングに関連する成果を「研究プログラムの紹介」で、ウナギなど絶滅危惧淡水魚類の多様性の環境DNAによる解析結果に基づいた流域圏の生態系保全や自然再生を「研究ノート」で紹介しています。「調査研究日誌」では、絶滅危惧淡水魚類イトウの北海道における調査をご紹介します。ここでも環境DNAが活用されています。国立環境研究所にはこれらの研究を支えるゲノム実験施設があり、そこでの活動を「研究施設・業務等の紹介」で紹介しています。これらの記事に加えて、在外研究を行った研究者が海外研究経験について執筆しています(もちろん、彼も環境DNAを用いた研究を行っています)。本特集が、環境DNAの魅力や今後の発展可能性を知っていただく手助けになればと思います。
執筆者プロフィール
私の専門は自然地理学で、DNAからはるかに遠いところにいましたが、そんな私のところにまで環境DNAの熱量は伝わってきており、「環境」とつくと親しみすらわいてきます。身をもってイノベーションを感じている気がします。
目次
- 国立環境研究所ニュース38巻5号
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環境DNAが広げる生物多様性モニタリングの
時空間特集 環境DNA 生態系に描かれた生き物たちの航跡をたどって
【研究プログラムの紹介:「自然共生研究プログラム」から】 -
ニホンウナギから見た森里川海の絆の再生と環境DNA分析特集 環境DNA 生態系に描かれた生き物たちの航跡をたどって
【研究ノート】 -
環境にはDNAが溢れている特集 環境DNA 生態系に描かれた生き物たちの航跡をたどって
【環境問題基礎知識】 -
幻の魚イトウの回遊と河川の連続性特集 環境DNA 生態系に描かれた生き物たちの航跡をたどって
【調査研究日誌】 -
誰でもゲノム解析ができます!
(ゲノム実験施設のお仕事)特集 環境DNA 生態系に描かれた生き物たちの航跡をたどって
【研究施設・業務紹介】 - アメリカ滞在記:冬は山小屋にこもって【記事紹介】
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三カ国の環境研究機関の発展的協力に向けて:
「第16回日韓中三カ国環境研究機関長会合(TPM16)」の開催報告【行事報告】 - 表彰
- 新刊紹介
- 編集後記