環境に関係する国際規格
特集 気候変動の緩和・適応から多様な環境問題の解決に向けて
【環境問題基礎知識】
森 保文
ここでは、環境負荷の測定手順、定量化、報告などに関する国際規格について解説します。統合研究の前提として、扱うデータが同じように得られたものである必要があり、国際規格を使うことがその一手段であるからです。
世の中、たいていのものには国際規格というものが存在します。日本で作ったクレジットカードを使って外国で買い物ができるのも、どこのホテルに行っても非常口がわかるのも、輸入品の電化製品のネジが日本の工具ではずせるのも、すべて国際規格にそれぞれが従っているからです。クレジットカードはISO7810、非常口を示すサインはISO6309、ネジはISO68などに規格が定められています。
これらの規格は、ISO という機関(英語名ではInternational Organization for Standard。略称がIOSでないのは、ギリシャ語の「等しい」という意味の単語から来ているからだそうです。国際的な中立性を配慮している証拠でしょう。) で作成されます。ISOは文字通り国際機関ですが、各国の規格を担当する組織の連合体であって、政府機関ではなく、国連とも無関係な組織です。
しかし国際規格は産業の浮沈に深く関係し、産業は国の行く末を大きく左右しますから、各国の規格を担当する組織はその国の政府と密接な関係を持っていることが多くあります。日本では、日本工業標準調査会がこれに当たり、事務局を経済産業省が務めています。この下に各規格を担当する国内委員会が設けられ、関係する専門家が集められます。
環境関係にも国際規格があります。様々な分野の規格がある中で、環境に関係する規格を扱うのは、TC207(Technical Committee)と呼ばれる委員会で、規格の番号として14000台が割り当てられ一連の規格が作成されています(ISO14000ファミリーと呼ばれています。図1参照)。おそらくみなさんもISO14001を目にされたことがあると思います。これは環境に関する自主的取り組みが進むように、環境負荷を継続的に改善できるシステムを規定した規格です。(国立環境研究所ニュース19巻2号 環境問題豆知識ISO14001)
これらの中に、地球温暖化に関連した国際規格があります。ISO14064がそれで、温室効果ガス排出量の定量化、報告や検証などの規格で2006年3月に発行しています。温室効果ガスの削減量などの算定にあたって留意すべき点、例えば比較対象、測定すべき物理的範囲、測定頻度などの設定方法が規定されています。これは図1の中の「温室効果ガスマネジメント」が担当している規格の一つです。この規格は三部から構成されていて、現在改訂作業中です。筆者は第二部の「プロジェクトにおける温室効果ガスの排出量の削減又は吸収量の増加の定量化,モニタリング及び報告のための仕様並びに手引き」の作成に最初の段階から参加しています。
この規格の作成が始まったのは2000年にさかのぼります。当時は、気候変動に関する国連枠組条約が1994年に発効し、その下で京都議定書が1997年に採択され、議定書の運用ルール(マラケシュアコード)が2001年に合意され、議定書が2005年に発効する一方、アメリカが2001年に議定書から離脱しました。
このような状況の中、この規格は、議定書に定められた排出権取引のルールを補強・補完、別のいい方をすると産業界が主導権を握るという意図がありました。ISOの規格は、現実的、言い換えると緩くなる傾向にあるのは否めません。当初は、京都議定書との整合性を軸に議論されていましたが、アメリカの議定書からの離脱で一挙に事態は複雑化することになります。京都議定書を重視する日本と途上国、京都議定書を重視しつつ自国の制度を反映させようとするEU諸国、京都議定書には絶対反対のアメリカなどが主張をぶつけあうことになり、議論は振り出しに戻りました。最終的には、京都議定書を含む全ての制度から中立な規格にすることと京都議定書と規格の関係を解説するということで妥協が成立し、今の規格ができています。
このことは結果的に京都議定書以外の制度においてもこの規格が使われることを助け、この規格を名実ともに世界標準にしたともいえます。また議定書のルール作りがなかなか進まない中で、議定書においてもこの規格の重要性が高まりました。個人的な経験では、気候変動に関する国連枠組条約に提出することが義務付けられている日本の温室効果ガスインベントリについての品質保証を、2013年に依頼されたことがありました。この時に使用するよう指示された文書の一つがこの規格でした。立場を異にする文書に国連が従う格好で、なにやら、ひさしを借りたはずが、母屋へ通されて上座に座らされたような感覚を覚えました。
現在、この規格の改定作業を行なっています。かつては京都議定書との関係が焦点でしたが、今や多くの制度にとっての使いやすさが課題となっていて、隔世の感があります。議定書に関係する文言について削除することが議論になりましたが、反対したのは筆者一人という状況で、削除することに決まりました。
昨年、気候変動に関する国連枠組条約の下でパリ協定が発効し、マラケシュでそのルールが議論されました。ISOではこれに対応した規格の作成が始まっています。そしてアメリカが大統領選挙の結果を受けて協定から離脱しそうです。事態は2001年とそっくりです。果たして歴史は繰り返し、ISOでの規格作成作業が混乱し、パリ協定のルール作りが遅れ、ということになるのでしょうか。筆者はパリ協定関係の規格の担当ではありませんが、心配しているところです。
執筆者プロフィール:
この会議がなければ行かなかったような国や町をずいぶん訪れました。日本から何人かで行くこともありますが、空き時間はばらばらで、一人で食事をすることがかなりあります。勘で入った店で身振り手振りで料理を注文するのが、最もたいへんな仕事かもしれません。帰国するころには、次の言葉がしゃべれるようになります。「グラス、一杯、お酒」
目次
- 「統合」がもたらす新たな科学研究にむけて
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統合研究プログラムがめざすもの
国立環境研究所でこれまでに取り組んできた持続可能性研究とこれから - 地球規模の環境問題解決の「シナリオ」を描く
- 社会の活動を”見える化”する〜エネルギーモニタリング事業と社会実装研究
- 持続可能なアジアの未来に向けて 第2回NIES国際フォーラム開催報告
- 「第36回地方環境研究所と国立環境研究所との協力に関する検討会」報告
- 平成28年度の地方公共団体環境研究機関等と国立環境研究所との共同研究課題について
- 「第32回全国環境研究所交流シンポジウム」報告
- 表彰
- 新刊紹介
- 国立研究開発法人国立環境研究所 公開シンポジウム2017『私たちの安心・安全な環境づくりとは-持続可能性とその課題-』開催のお知らせ
- 人事異動
- 編集後記