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2003年9月30日

干潟等湿地生態系の管理に関する国際共同研究(特別研究)
平成10〜14年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-51-2003

1.はじめに

表紙
SR-51-2003 [12.1MB]

 干潟・湿地生態系は国際的にも鳥類の生息地,越冬地あるいは中継地として重要な生態系であるとともに,独特の生物相を有し,生物多様性に富む生態系である。日本において明治以降,干潟を含む湿地は次々と姿を消している。干潟は戦後だけでもその約4割が消失したと言われる。湿地に関するラムサール条約では地球上に残されている湖,湿原や干潟を含めた湿地生態系に対し,「賢明な利用・活用」を図ることが提唱され,湿地生態系をどのように国際的に維持管理の対応が急務である。
 また,1999年6月から施行された環境影響評価法には生態系影響評価の項目が加わり,数量的に影響を評価する事が必要になってきた。しかしながら,この件に対する対応は完全に立遅れている。そのため、湿地生態系のミティゲーションについて実績と経験のある米国等との共同研究が必要であり,我国の干潟・湿地を越冬地として利用する鳥類の繁殖地となっているロシア,中国との共同研究も必須である。
 そこで,本研究では,干潟の特性を全国レベルで捉え環境影響評価に資する標準的な手法の開発を目的とした。我国を含むアジア,極東地域における干潟・湿地の保全及び持続的利用のために必要とされる科学的知見を得て,干潟・湿地生態系の環境影響評価手法を確立することが本研究プロジェクト「干潟等湿地生態系の管理に関する国際共同研究(1998~2002年度)」の目的である。

2.研究の概要

(1)干潟等湿地生態系の特性と生物種の存続機構に関する研究(サブテーマ1)

1)干潟の特性の比較と類型化
 全国の干潟を評価するために次の8つの測定項目から類型化を行い干潟生態系のサブクラス区分方法を検討した。一次生産の指標と考えられる底質表層のクロロフィルa濃度と分解速度の指標と考えられるセルラーゼ活性との関係を見てみると,3つのグループに分かれた。第1のグループは底質のクロロフィルa濃度とセルラーゼ活性が低い干潟で,東京湾の富津,谷津,三番瀬と沖縄の古見,干立,網張である。このグループは一次生産も分解も低い生態系であろうと推定される。第2のグループは底質のクロロフィルa濃度は低いがセルロース分解活性が高い有明海の田古里,七浦と北海道の琵琶瀬である。このグループは分解過程が卓越している物質循環システムが機能しており,栄養分や有機物は外部から供給されていることが予想される。第3のグループはクロロフィルa濃度が高くセルラーゼ活性が低い伊勢湾の藤前,南知多と北海道の風連湖である。このグループは内部生産が高く,一次生産者が作り出した有機物から始まる物質循環系であると推定される。一次生産が高くかつ分解活性も高い干潟のタイプ(第4のグループ)は今回の調査からは見出せなかった。日本各地の多様な干潟を調査したことによって生産と分解から干潟生態系が類型化された。

2)全国の干潟ベントス調査
 以下のようなことが明らかになった。
1. マクロベントスに関し,全体的には種数では多毛類,甲殻類,二枚貝類の順に,湿重量では二枚貝類,多毛類,甲殻類の順に多かった。湿重量で優先する分類群により干潟を分けると,貝類優先型(5ヶ所),多毛類優先型(3ヶ所),その他(2ヶ所)に分けられた。
2. マクロベントスは深さ30cmまでを2層に分けて,メイオベントスでは深さ17cmまでで4層の採集を行った。マクロベントスでは上層から全体の92%の種が出現し,湿重量の86%が採集された。メイオベントスでも上半分の2層から全体の92%の種が出現し,個体数の96%が採集された。
3. マクロベントスについては,単位面積あたりの種数が多い場所ほど湿重量も大きいという統計上有意な相関があり,そのような場所に多様な生物が数多く存在していると考えられた(図1)。種数と湿重量の多かった3地点はいずれも砂質干潟であった。しかしその一方で,幾つかの砂質干潟の種数と湿重量は,泥質・砂泥質干潟より少なかった。採集された種数と湿重量に影響を与えた要因として潮位と底質が,場所間におけるベントス相の違いの原因としては主に潮位と底質が考えられた。
4. マクロベントスの種の多様度を,種数と種ごとの湿重量の割合から干潟ごとに算出したところ,多様度は必ずしも種数と湿重量の多い場所(=貝類が優占する場所)で高くはなかった。メイオベントスの種の多様度を,種数と種ごとの個体数の割合から干潟ごとに算出したところ,多様度は種数と個体数の多い場所で高かった。
3)多段階リモートセンシングによる干潟調査手法の検討
 東京湾富津干潟を研究対象域として,干潟全体の大領域・現地調査を集中して行う中領域・10m方形区の小領域の3段階で干潟情報の抽出の可能性について検討した。プラットホームはSPOT衛星及びヘリコプターを,センサーはマルチスペクトル・リアルカラー・熱画像センサーを使用した。データ取得高度によって抽出できる情報を整理した。

図1 9箇所の調査地において,方形区 (0.09m2) ごとに採集されたマクロベントスの平均種数と1m2あたり平均湿重量との関係

(2)湿地生態系の変動予測と管理計画の構築に関する研究(サブテーマ2)

 生態系機能の空間的な広がりと季節性を考慮したJHGMモデルを事業の比較対象地として盤洲干潟・塩生湿地に適用するための調査を実施した。ケーススタディとして東京湾の盤洲干潟において干潟機能ユニットの空間的把握法の調査及び機能の季節性データを取りまとめ,底生微細藻類の現存量は前浜干潟では変動が小さいが,河口干潟では季節変動が激しい事を見出した。窒素やリンの無機化速度は前浜干潟より塩生湿地隣の河口干潟では大きく,干潟の物質循環モデルには修正を要する事を見出した。特に,塩生湿地の航空写真撮影と現地踏査によって詳細な植生図を作成し,ヨシとアイアシ(絶滅危惧種)の生育は塩分や水位によって制限されその結果2種が帯状分布している事を見出した。JHGMモデルによる評価手法と既存の評価手法(HEP, IBI, WET)との比較するため情報収集を行った。
 生態系機能の評価のためJHGMモデルを事業の比較対象地に適用するため,東京湾の比較調査を盤洲干潟・富津干潟・西三番瀬・谷津干潟で実施した。干潟の航空写真撮影と現地踏査,底生生物・底生藻類等の調査から各干潟生態系の構造と機能を明らかにした。
 小櫃川河口塩生湿地における高等植物の分布調査,測量調査,土壌環境調査を実施し,塩性湿地植物,海浜植物,陸上植物の総合被覆度を指標に環境(土壌水の電気伝導度,比高等)との関係を示す生育地適性(HSI)モデルを作成した。塩生湿地植物の最適SI値は,比高に関してハママツナ,ヨシが同じ,シオクグがやや高く,電気伝導度に関してはハママツナ,シオクグ,ヨシの順に高くなった。
 JHGMモデルによる評価手法と既存の評価手法(HEP, IBI, WET)との比較するため情報収集を行った。マクロベントスの綱ごとの個体数データを用いた多変量解析の結果,生息場機能は水文地形学的サブクラスおよび下位のサブクラスとよく一致した(図2)。
 干潟における空間的不均一性を把握するため,東京湾富津干潟の中領域に100x100mの方形区に49ヶ所の採集地点を設定し,生物活性や環境データを収集して干潟全体の機能を把握する手法及び適切な調査地点数の検討を行った。地形測量の結果,岸から約200m沖合いまでに6ヶ所の凸部凹部が繰り返し干潟の比高差は約1mあった。コアマモなどの海産大型植物の被度は方形区内の半分に多く,裸地と藻場の比較を行った。その植生の違いは底質の堅さ,沈殿量などの性質と相関が高く,植生被度と有機物含量は相関が高かった。干潟の生態系機能ユニットとして裸地と藻場に区別して評価する必要性を実証した。

図2 調査地点の機能指標による分類結果と気候サブクラス(左),底質サブクラス(右)との対応,気候サブクラスは海藻植生によるものを示した。

3.今後の検討課題

 近年の工業化・農地化によって埋め立てられ,特に都市域では河川河口域にのみ僅かに残るようになっている。その干潟は生物が生息する重要な生態系であるばかりでなく,様々なサービス機能があった。それらの干潟生態系の機能を再生させ,より良い環境を取り戻すには,人工湿地を含めた干潟・湿地の再生・創造が不可欠である。しかし,自然の節理を無視した再生・創造では持続可能な生態系を確保できない。そのため,より自然に近い干潟・湿地生態系の自然再生実験等によって自然の節理を学び,干潟・湿地生態系の再生及び管理・事業評価を実施する必要がある。自然再生事業に先立って理念・シナリオの形成を行い,野外調査及び再生実験等から基礎的知見を得て,持続可能な湿地生態系の再生技術の検討を行うと同時に,再生評価手法を開発することが今緊急に求められている。

〔担当者連絡先〕
独立行政法人国立環境研究所
生物圏環境研究領域 生態系機構研究室 野原 精一
TEL: 029-850-2501 FAX: 029-850-2577 snohara@nies.go.jp

用語解説

  • ラムサール条約(Ramsar Convention)
     正式にはConvention on Wetlands of International Importance Especially as Waterfowl Habitat、「とくに水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」の通称である。日本においては、1980年(昭和55)6月の北海道の釧路湿原につづき、85年9月に宮城県の伊豆沼・内沼、89年(平成元)7月に北海道のクッチャロ湖、91年12月にウトナイ湖、93年6月に霧多布湿原と厚岸湖・別寒辺牛湿原、千葉県の谷津干潟、石川県加賀市の片野の鴨池、滋賀県の琵琶湖、96年3月に新潟県新潟市と巻町の佐潟、99年5月に沖縄県那覇市と豊見城市の漫湖、2002年11月に北海道美唄市の宮島沼と愛知県名古屋市の藤前干潟が登録され、合計13カ所ある。
  • 環境影響評価法(Environmental Impact Assessment(EIA))
     一般には環境アセスメントといわれる。法律制定、政策や計画、事業に関する提案や決定、実行が、環境などにあたえる影響を予測、評価し、住民参加のもとで意思形成の合理化と環境などへの影響の最小化をはかることをいう。世界的な環境保護の流れの中で、日本は1993年(平成5)に環境基本法を制定した。環境基本法の中に環境影響評価の推進がおりこまれたことから、ふたたび環境アセスメントの法制化の動きが高まり、その結果、99年6月12日からアセス法が施行された(制定は97年6月)。84年(昭和59)に閣議決定されたアセス要綱とくらべ、(1)事業計画よりはやい段階で、調査項目や方法をまとめた方法書を作成、自治体と住民の意見をきく、(2)事業者のつくった評価書について、環境大臣は許認可権のある行政機関に意見がいえる、(3)評価は公害防止だけでなく、生態系、地球環境など幅広くとらえる、などの項目が追加された。
  • ミティゲーション(ミチゲーション)
     アメリカ合衆国にはミティゲーション(mitigation;緩和)制度がある。開発に伴う自然環境への影響を限りなくゼロにしようとするものである。開発地の自然環境の消失をなくそうとする物で代替案の検討とその実施が義務づけられている。開発行為の後同じ場所に同じ質の自然を復元することを基本としている。
  • クロロフィルa
     葉緑素(Chlorophyll)は光エネルギーを化学反応によって化学エネルギーにかえる光合成に必要な光を吸収する色素。葉緑素はおもに赤色、紫色、青色の光を吸収し、緑色光を反射する。植物が緑色にみえるのは、このためである。葉緑素は葉に大量にふくまれ、茎などにもある程度ふくまれるため、これらの部分は緑色にみえる。葉緑素には数種あり、それぞれ分子構造が多少ことなり、吸収する光の波長もわずかにちがう。もっとも一般的な葉緑素はクロロフィルaで、緑色植物にふくまれる葉緑素の75%を構成する。
  • マクロベントス
    メイオベントス
     底生動物(Bentohos)海洋や湖沼、河川などの水域の水底に生活する動物の総称。
    底生動物はカイメンやコケムシ、ヒドラ、貧毛類、貝類などをいい、水底に堆積(たいせき)したプランクトンの遺骸などを栄養源としている。広義には水底の岩などに固着したり、砂泥中に潜入したり、あるいは水底上をはいまわったりして、水底からはなれることなく生活している動物を意味し、水生昆虫や甲殻類などもふくまれる。500μmの篩に残る底生動物をマクロベントスといい、63~500μmの篩で分別される底生動物をメイオベントスという。それ以下をミクロベントスという。
  • プラットホーム
     特定の活動・目的のためのまたは特定の機器を輸送する衛星・飛行機など
  • SPOT衛星
     1986年から、フランスの地球観測衛星スポット(SPOT)による画像で、100m2(10m四方)という小さなものまでわかるようになった。SPOT衛星がつくる立体画像は地形図の作成に役立てられる。
  • マルチスペクトル
     おもに電磁波をもちいて、陸地や水、あるいはなにかの物体について、接触することなしに情報をえる方法をリモートセンシング(遠隔測定、遠隔探査)という。とくに飛行機や人工衛星に装置をのせておこなう調査をリモートセンシングということが多く、地球の資源や環境の調査、地図作成、監視に利用されている。リモートセンシングでつかう装置にはいくつも種類がある。カメラで写真をとって、可視スペクトル領域のエネルギーをとらえるものや、赤外線やマイクロ波のような目にみえない電磁波のエネルギーをとらえるものもある。マルチスペクトル・スキャナーは可視スペクトルと赤外スペクトル両方の画像をとることができる装置である。
  • 熱画像センサー
     サーモグラフィー  Thermography 物体の表面の温度をはかって、その温度分布を画像にあらわす検査法に用いられるセンサー。医療の分野では、体表からでる赤外線を感知して皮膚の温度をはかり、その分布を画像にあらわす。体表からはなれた所で、赤外線検出器をもちいて測定する方法や、温度によって色が変化する液晶を塗布したフィルムを直接皮膚にあてて測定する方法もある。
  • 生育地適性(HSI)モデル
    既存の評価手法(HEP, IBI, WET)
     HEPは評価対象種を選定しその種の生息環境の理想状態(環境容量)に対する対象地域の状態を指標値(HSI)で示し、それに生息面積を乗じて生息環境を定量的に評価する手法。IBIは魚類の種の豊富さ、種や個体数の組成等の評価項目に対する人為的な改変度を数値化し、定量的に評価する。WETは湿地の機能評価に係わる質問群に対して回答し、その回答群を基にあらかじめ設定された評価フローにしたがって湿地の機能を定性的に3段階で評価する手法。
  • 自然再生事業
    自然再生型公共事業
     市民が参加し、自然の再生と修復をめざす公共事業のこと。発想を「自然共生」に転換し、自然本来の特質を最大限に生かす。欧米では1980年代から始まり、ダムや堤防を撤去したり、直線化した河川を蛇行させたり、護岸を自然な植生に戻したりする事業が試みられ始め、日本でも10年ほど前から地方自治体や民間活動団体(NGO)が取り組んできた。首相の私的懇談会「21世紀『環の国』づくり会議」もこの事業の推進をうちだし、各省庁が具体化を検討しているが、市民の側の企画力や実行力が鍵だといわれている。
  • サブクラス
     クラスの下位分類。気候サブクラス(冷温帯、温帯、亜熱帯),底質サブクラス(砂干潟、砂泥干潟、泥干潟)などある。気候サブクラスは海藻植生によるものを示した。

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