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森林による二酸化炭素吸収量の時間・空間変動の解明

【シリーズ重点研究プログラム: 「地球温暖化研究プログラム」 から】

三枝 信子

 森林は、光合成により大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収すると同時に、呼吸によって放出するはたらきを持っています。光合成とは、植物が太陽の光を利用してCO2と水から有機物を合成する生化学反応です。呼吸とは、植物や動物が酸素(O2)を利用して生命の維持と成長に必要なエネルギーを取り出しCO2と水を放出する反応です。森林の呼吸には、土壌中にすむ微生物が有機物を分解することによって放出するCO2も含まれます。一日の中で見ると、森林は、光合成を行わない夜の間は呼吸によりCO2を放出し、日中、光合成が呼吸を上回るとCO2を正味で吸収します。一年の中で見ると、落葉樹林のように夏季にのみ葉をつける森林では、夏の間にCO2を正味で吸収し、落葉後の秋から春にかけてCO2を放出します。

 このように、森林によるCO2吸収量は光の強さをはじめとする気象要素の影響を受けて時々刻々変動します。また、春に葉を展開し秋に落葉するといった生物季節(フェノロジー)、常緑林や落葉林といった森林タイプ、林齢などによってもCO2吸収量は大きな影響を受けます。そこで私たちは、世界各地の森林によるCO2吸収量をより正確に求めることを目的として、CO2吸収量の観測精度を上げるための研究、CO2吸収量の観測点を世界(特にアジア)に普及し、各国研究機関と協力してネットワーク化する活動、そして観測ネットワークを通して得られる多地点のデータに基づき、アジアの森林によるCO2吸収量の時間変化や空間分布を求める研究などを進めています。

 私たちが研究しているのは、渦相関法という、微気象学的な理論に基づく観測方法です。渦相関法では、森林の中に気象観測用のタワーを建て、樹冠より高い位置で単位時間・単位土地面積あたりの鉛直方向のCO2輸送量(フラックス)を30~60分ごとに測定します。渦相関法によって森林のCO2吸収量を長期観測する研究は、1990年以降に活発に行われるようになりました。この背景には、赤外分析計の技術改良が進み、速い応答速度で、野外でも以前に比べて安定にCO2濃度を測ることができるようになったことが関係しています。その後、1997年に京都議定書(気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書)において温室効果ガスの削減目標達成に森林のCO2吸収を勘案することになったことから、森林によるCO2吸収量の測定法を確立することが国際的な緊急課題となり、渦相関法による観測点が世界に広がりました。2000年代後半には、観測手法の標準化とデータ蓄積が進んだことから、多地点の観測データに基づいて世界各地の森林の炭素収支を求める研究が進みました。例として、図1に日本の落葉林(カラマツ林)と常緑林(アカマツ林)で観測されたCO2吸収量の季節変化を示します。落葉林ではCO2を吸収する期間(葉のある期間)と放出する期間(葉のない期間)が明瞭に分かれること、常緑林では一年中葉があるためCO2を吸収する期間が長いかわりに吸収量の季節変化の幅が小さいことがわかります。

図1 日本の森林による月別炭素吸収量 (a)北海道のカラマツ林(国立環境研究所苫小牧フラックスリサーチサイト)、(b)山梨県のアカマツ林(森林総合研究所富士吉田サイト)。[Saigusa et al. (2008) Agric. Forest Meteorol., 148, 700-713より引用]
図1 日本の森林による月別炭素吸収量
(a)北海道のカラマツ林(国立環境研究所苫小牧フラックスリサーチサイト)、(b)山梨県のアカマツ林(森林総合研究所富士吉田サイト)。[Saigusa et al. (2008) Agric. Forest Meteorol., 148, 700-713より引用]

 これまでの研究により、森林によるCO2吸収量は、こうした森林タイプの違いに加え、亜寒帯、温帯、熱帯といった気候帯によって特徴ある季節変化のパターンを持つことが明らかになってきました。また、同じ森林でも冷夏や猛暑といった気象条件の違いに応じて吸収量が年々変動することもわかってきました。そこで、世界各地の森林によるCO2吸収量が現在どれだけであり、将来どの程度変化するかを推定するためには、CO2吸収量の平年値を知ることに加え、気象条件が違う年にどの生態系がどのような影響を受け、その結果CO2吸収量がどれだけ変化するかを理解する必要があります。

 気象条件が平年と極端に違う年の観測データは、陸域生態系の炭素循環のメカニズムを広域で解明しモデル化するためのデータとしても貴重です。なぜなら、私たちは気象条件を広域で人工的に操作することはほとんどできませんが、そのかわりに、自然が起こす気象の変動に対して生態系がどこでどう応答したかを詳しく調べることにより、広域の陸域生態系という複雑なシステムが持つメカニズムを理解するヒントや証拠を得ることができるからです。こうしたデータは、外部からのさまざまな刺激に対する生態系の脆弱性や回復のしやすさを調べる上でも役立つはずです。

 図2に、2003年の夏にユーラシア大陸東部において地上観測、衛星観測、陸域モデルを統合的に利用して大陸スケールでの森林炭素収支の時空間変動を求めた例を示します。2003年の夏、欧州中南部は記録的な猛暑となり、農作物などに深刻な被害があったことが報告されましたが、同じ年に、東アジアでも平年に比べて極端な気象の偏差が観測されました。例えば、2003年7~8月に太陽からくる光の偏差(平年より多かったか少なかったか)をみると(図2a)、光量の多かった地域(赤色の楕円で囲った地域)と少なかった地域(青色の楕円で囲った地域)が東西に縞のような模様をつくって並んでいる様子がわかります。次に図2bに示す同時期の光合成量の偏差を見ると、北緯30~40度より北側では光量の多い地域と光合成の多い地域はほぼ一致しますが、北緯30度より南側(特に中国南東部)では、光を多く受けた地域で逆に光合成が少なかったことがわかりました。実際、中国南東部の森林の観測サイトでは、2003年7~8月に高温と乾燥のために水不足となり光合成が大きく低下したことが確認されました。以上より、2003年夏に、欧州だけでなくアジアでも平年と大きく異なる気象のパターンが続き、東アジア各地の夏の光合成量が大陸スケールで影響を受けたことがわかりました。これは一つの事例にすぎませんが、今後も森林炭素収支の応答を広域で検出する研究を進めることにより、長期的かつ広域での生態系変動の検出とそのメカニズム解明をめざしたいと考えています。

図2 2003年7~8月に観測された気象偏差に対する光合成量の応答  偏差とは、基準年(2001~2006年)の平均値からのずれを表す。(a)光の強さ(光合成有効放射量)の偏差、(b)光合成量(総一次生産量)の偏差。赤色は正、青色は負の偏差を表す。楕円は光の偏差が特に強かった地域を示す。
図2 2003年7~8月に観測された気象偏差に対する光合成量の応答
 偏差とは、基準年(2001~2006年)の平均値からのずれを表す。(a)光の強さ(光合成有効放射量)の偏差、(b)光合成量(総一次生産量)の偏差。赤色は正、青色は負の偏差を表す。楕円は光の偏差が特に強かった地域を示す。

 

(さいぐさ のぶこ、地球環境研究センター 
陸域モニタリング推進室長)

執筆者プロフィール

三枝 信子

 好きなこと(もの)は、観測タワーの上からいろいろな森林の樹冠を眺めること、木漏れ日がちらちらする中でのんびりすること、くるくる回るもの、変動する時系列データ、故障しない電子機器(25年以上使っているポケコンPC-1470Uなど)。