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大気中の酸素濃度の変動から二酸化炭素の行方を探る

【環境問題基礎知識】

遠嶋 康徳

はじめに

 大気中の二酸化炭素濃度はこれまでにない速さで増加しています。これは,主に我々人類が大量に化石燃料を消費していることに起因しています。ところで,大気に蓄積している二酸化炭素の量は化石燃料の消費から排出される量の半分程度でしかありません。つまり,何かが大気中の二酸化炭素を吸収して増加速度にブレーキをかけているのです。現時点では,海と陸上生物(例えば森林)がブレーキの役割を果たしていると考えられています。しかし,このブレーキの効き具合が今後どう変化するのか,急に効きが悪くなったりしないだろうか?といったことは将来の二酸化炭素濃度を予測する上で決定的な役割を果たします。また,そもそも現在の海と森林それぞれのブレーキの効き具合が正確に分からなければ,将来の予測精度を高めることはできません。では,どうすれば海と森林それぞれの吸収量を求めることができるのでしょうか?これまでにいくつかの方法が提案されていますが,ここでは酸素の観測に基づく方法について紹介したいと思います。

図 地球表層を大気,海,陸上生物(森林),人類活動の4つの領域に分けたときの二酸化炭素
図 地球表層を大気,海,陸上生物(森林),人類活動の4つの領域に分けたときの二酸化炭素
(赤矢印)と酸素(青矢印)の循環。

二酸化炭素と酸素の密接な関係

 最初に,地球表層での二酸化炭素の循環をおさらいしましょう。図は地球表層を大気,海,陸上生物(森林),人類活動の4つの領域からなる一つの箱として模式的に示したものです。図中の赤矢印は各領域間を移動する二酸化炭素を表しています。人類活動(化石燃料の消費)によって大気に放出された二酸化炭素は森林や海によって吸収されます。なお,森林や海は場合によっては二酸化炭素の放出源にもなりうることに注意してください。

 この図に酸素の循環を書き込むと青矢印のようになります。化石燃料を燃焼させると大気中の酸素が消費されます。化石燃料を燃やした時に発生する二酸化炭素と消費される酸素の量的な関係は燃料の種類によって異なります。例えば,1モルの二酸化炭素が発生するときに消費される酸素のモル数は,石炭の場合およそ1モル,天然ガスの場合およそ2モルです。化石燃料全体では1モルの二酸化炭素に対して1.4モルの酸素が消費されると推定されています。

 一方,森林が二酸化炭素を吸収する場合には,光合成による二酸化炭素の吸収が呼吸による二酸化炭素の放出を上回ったことを意味するので,酸素が大気中に放出されます(光合成は二酸化炭素と水から有機物と酸素を合成する反応で,呼吸はその逆反応であることを思い出してください)。この場合,酸素と二酸化炭素の交換比率はおよそ1.1と推定されており,ほぼ同じ量(モル数)の酸素が大気中に放出されることになります。

 ところが,海洋の場合は二酸化炭素と酸素の関係は燃焼や光合成・呼吸の場合とは異なります。二酸化炭素は水に溶け込みやすいので海水は吸収源として働きますが,海が二酸化炭素を吸収しても酸素と交換が起こるわけではありません。つまり,海は酸素に対して発生源にも吸収源にもならないと考えられるのです。

 ところで,図を見てなにかに気づかないでしょうか?化石燃料を燃やすことで酸素が消費されています。森林から多少酸素は供給されるでしょうがその量は失われる酸素を補うことはできないことは明らかです。つまり,大気中の酸素濃度は減少しているはずです。

どうやって炭素の行方を調べるのか?

 今度は二酸化炭素と酸素の大気中での収支を考えてみましょう。大気中の二酸化炭素の増加量(ΔCO2)は化石燃料起源の二酸化炭素放出と,森林および海の吸収の差になっているはずです。つまり,式で表すと次のようになります。
ΔCO2 = 化石燃料起源の放出- 森林の吸収- 海の吸収…(1)
なお,単位はモルとしておきましょう。同様に,大気中の酸素の変化量(ΔO2)を式で表すと次のようになります。
ΔO2 = - 1.4 ×(化石燃料起源の放出)+ 1.1×(森林の吸収)…(2)
ここで,化石燃料の燃焼で放出される二酸化炭素の1.4倍の酸素が消費され,森林が吸収する二酸化炭素の1.1倍の酸素が放出されることを思い出してください。

 化石燃料起源の二酸化炭素放出量はエネルギー統計等から推定可能です。また,大気中の二酸化炭素量の変化ΔCO2は濃度観測から精度よく求められています。しかし,この2つだけでは式(1)の未知数である森林と海の吸収量は分かりません。そこで,大気中の酸素の変化量ΔO2を酸素濃度の観測から求められたとしましょう。そうすると,式(2)から森林の吸収量が求められ,その結果を式(1)に代入することで海の吸収量も求められることになります。

式(2)の意味をもう少し詳しく考えてみましょう。式(2)が意味していることは,大気中の酸素の減少量は化石燃料による消費量と森林からの供給量で決まるということです。ですから,大気中の酸素の減少量が化石燃料の燃焼から予想される量よりも小さい場合は,その分森林が酸素を供給した,つまりその分二酸化炭素を吸収したことになるのです。

20万分の1の変化を検出する!

 さて,「大気中の酸素濃度の変化を観測する」と簡単に言いましたが,実際にはなかなか大変な仕事です。というのは,大気中の酸素濃度21% (210,000ppm)に対し減少率はたかだか年間3~4ppmであるからです。つまり,非常に高精度の分析が要求されるのです。大気中の酸素減少を検出することは長い間不可能だと考えられてきましたが,米国のRalph Keelingが世界で最初にこの分析法の開発に成功しました。ちなみに,このKeelingの父親は世界で初めて二酸化炭素の精密観測を行ったことで有名なCharles Keelingです。その後,別の分析手法も開発され,現在では世界の10程度の研究機関が酸素の観測を行っています。大気中酸素濃度の精密分析手法にはいろいろと興味深い話があるのですが,少し専門的過ぎるので,ここでは割愛させていただきます。

ここにも温暖化の影響が・・

 さて,先ほどの説明では海は酸素を吸収も発生もしていないと仮定しました。しかし,最近の研究によるとどうやら地球温暖化によって海は酸素の供給源になっているようです。つまり,温暖化によって海が暖まり気体の溶解度が減少する効果や,海の温度分布の変化に伴って海水の循環が変化する効果によるものと考えられています。海からの酸素の放出は森林の二酸化炭素吸収を過大評価させる結果になります。したがって,より正確に二酸化炭素収支を求めるためには,海からの酸素放出量を正確に評価する必要があり,今後の重要な研究課題となっています。

酸素が減っても大丈夫?

 ところで,現在の割合で大気中の酸素が減少し続けると約5万年後に濃度がゼロになります。しかし,実際にはこんなに急速に酸素が枯渇することはありません。というのは,化石燃料の埋蔵量は多く見積もっても大気中酸素の0.5%を消費する分しか存在しないからです。もちろん,密閉性の高い部屋で換気が不十分だと室内の酸素濃度が低くなることもある でしょう。しかし,今述べたように,地球が温暖化するより前に酸素が減って息苦しくなることはなさそうです。



 (とおじま やすのり,大気圏環境研究領域 大気動態研究室長)

執筆者プロフィール:

最近小学校3年生になる息子が野球を始めた。将来プロ野球選手か草野球選手になると真顔で言うので思わず笑ってしまったが,自分は本当にプロ研究者なのか?との問いに悩まされる今日この頃である。