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沖縄で微粒子を測る

研究ノート

高見 昭憲

はじめに

 急速な工業化に伴い東アジア地域では大気汚染物質の排出が増大し,その影響は広範囲に広がっています。対策を立てるためには東アジアの各国が共通の認識を持ちながら議論を進めていく必要があります。このような背景のもとで,東アジア地域での対流圏(地上から10km程度までの空間)における大気組成の変動や気候への影響を総合的に観測するため,筆者のグループは国立環境研究所「沖縄辺戸岬大気・エアロゾル観測ステーション」を昨年6月に竣工しました(詳細はVol.24 No.4の記事参照)。筆者はそれに先立つ数年間,日本や中国の東シナ海沿岸地域で微粒子の化学成分を観測してきました。今回は長崎県福江島と沖縄県辺戸岬での観測を通してわかってきたことを紹介します。

微粒子測定法

 対象となる微粒子は空気中に漂っている小さな粒子で「エアロゾル(aerosol)」と呼ばれています。大きさは数ナノメートル(nm)から10マイクロメートル(μm)程度に分布しています。なお1nmは1億分の1メートル,1μmは10万分の1メートルです。筆者が主に測定しているのは100nmから1μm(=1000nm)の微粒子です。この大きさの微粒子には硫酸塩,硝酸塩,有機炭素などが含まれており,人間活動によって排出される二酸化硫黄,窒素酸化物,アンモニア,揮発性有機化合物(Volatile Organic Carbon)などのガス成分が化学的に変化して微粒子になったと考えられています。このほかにも大気中には石炭燃焼やディーゼル排気ガスに含まれる元素状炭素,もう少し大きな海塩粒子,黄砂などの土壌粒子も浮遊しています。筆者は主として微粒子の粒径分布と化学組成を「エアロゾル質量分析計」という装置を用いて10分に1回の割合で測定しています。粒径分布というのは粒子の大きさのばらつきのことで,これは基準点から検出器まで粒子が移動するのにかかる時間を測定して計算します。この方法で測定される直径が動力学的直径です。化学組成については粒子を600℃で蒸発させて分子状にしたあと電子を衝突させ分子をイオンにします。このイオンを電荷と質量の比で分ける装置が質量分析計です。例えば,窒素(N2,分子量28)のなかで一価に帯電したイオン(N2+)は質量数28のところに信号が見えます。イオン数に比例して変化する電気信号の強度を,検量線を用いて重量濃度に変換します。このようにして粒径分布と化学組成を調べます。

福江島での測定結果

 図1に2003年3月に長崎県福江島で測定した微粒子の化学組成を示します。エアロゾル質量分析計は高感度であり,かつ,サンプリングに要する時間が短い(10分間隔)ため,重量濃度の変動が明確にわかります。3月25日から27日にかけて硫酸塩,硝酸塩,アンモニア,有機物すべての重量濃度が増加していました。非常に高濃度の微粒子が大気中に浮遊していたことを示しています。3月25日の朝,観測ステーションに行くため車に乗っていると,普段は見えている山がかすんで見えにくくなっていたことを思い出します。微粒子が視程を悪くした典型的な例でした。図2aには3月25日から27日にかけて測定した粒径分布(横軸は正確には真空中の動力学的直径)を示します。この図からわかることは,各成分の粒径分布が非常に似ており,硫酸塩,硝酸塩,有機物が同じ粒子上に共存していたと考えられます。一方,図2bに示すように,つくば市の国立環境研究所で測定した場合には硝酸塩の粒径分布は硫酸塩と異なっており,この場合には別々の粒子として大気中を浮遊していたと考えられます。沖縄辺戸岬での観測でも同じなのですが,東シナ海沿岸の日本側で観測された微粒子では硫酸塩,硝酸塩,有機物などが混合していることがわかりました。

図1
図1.2003年3月に長崎県福江島においてエアロゾル質量分析計を用いて測定した微粒子に含まれる化学成分の時間変化
図2
図2.長崎県福江島(a)及びつくば市(b)で測定した微粒子の粒径分布

微粒子の空間分布と変化

 図1を見ると硫酸塩と有機物の重量濃度は変動しており,硫酸塩の方が多い場合や有機物の方が多い場合があります。この差は何が原因でしょうか?いろいろ考えられるとは思いますが,筆者は後方流跡線解析という手法を用いて硫酸塩や有機物が多い場合に空気塊がどこを通って福江島に到達したのかを計算しました。例えば硫酸塩が多い3月25日の場合,空気塊は中国青島周辺から来ており,有機物が多い3月23日,29日には日本や韓国から来ていました。この結果は2001年にイギリス人のグループが韓国済州島で測定した結果とも一致します。中国起源の空気塊の場合には硫酸塩の割合が高く,日本,韓国起源の空気塊の場合には有機物の割合が高いと言えそうです。それぞれの国の石油や石炭などのエネルギー利用状況,自動車の普及,工業生産量などの違いが今回の観測でもとらえられたと考えられます。

 では,東シナ海沿岸部であればどこでも同じような微粒子が観測されるのでしょうか?エアロゾル質量分析計を沖縄県辺戸岬に移動し,そこで同じように微粒子の粒径分布と化学組成を測定しました。図3には微粒子の主成分である有機物と硫酸塩の比を示しました。福江島の場合には有機物と硫酸塩の比が1を超えることも多く,平均すると比はほぼ1程度でした。一方,辺戸岬の場合には比が1を超えることはまれで,平均すると比は0.3程度でした。地上観測では2地点でしか測定していませんが,衛星からの観測も地上のデータを支持しています。すなわち,微粒子の主成分である硫酸塩や有機物は東シナ海北部の福江島と南部の辺戸岬で大きく異なることを示しています。福江島など北部では有機物の占める割合が高く,沖縄では硫酸塩の占める割合が高いことがわかりました。

図3
図3.福江島(緑)及び沖縄辺戸岬(赤)で測定した有機物の硫酸塩に対する重量濃度比

 でなぜ硫酸塩が多いのかはまだまだ検討中ですが,ひとつには,空気塊が移動する間に二酸化硫黄が酸化され硫酸塩に変化することが挙げられます。福江テキスト:島近海では硫酸塩濃度が25μgm-3であり,気体の二酸化硫黄の濃度は,理想気体を仮定すると,27μgm-3でした。硫酸塩に対する二酸化硫黄の重量濃度比はほぼ1です。それに対し,沖縄辺戸岬では硫酸塩濃度が7μgm-3で,気体の二酸化硫黄の濃度は0.3μgm-3でした。硫酸塩に対する二酸化硫黄の比は0.04です。沖縄では気体の二酸化硫黄が少なく,硫黄酸化物のほとんどが硫酸塩になっています。沖縄は上海から約800km,福岡からも約800kmです。大気中の二酸化硫黄が長距離輸送される間に化学反応によって硫酸塩に変換されるため硫酸塩の割合が増加したのではないかと考えられます。今後は,化学変化を取り入れた計算機シミュレーションの結果と観測で得られた結果を比較し,ガス成分や微粒子成分がどこでどのように変化しているのか検討していく予定です。

微粒子の影響

 微粒子の化学成分の差はどのような影響を及ぼすのでしょうか?微粒子を核とし,そこに水蒸気が付着して雲になります。硫酸塩や有機物は雲の生成に必要な雲核として働きます。「硫酸塩微粒子の数が多くなると,雲はたくさんできるけれどあまり大きくならないので,その結果,雨はあまり降らない」ということや,「有機物が酸化されると,界面活性剤として作用する場合もあり水蒸気が付着しやすくなるので,その結果,雲ができやすくなる」ということが言われています。東シナ海は地球規模から見れば小さなエリアですが,その中でも微粒子の成分が大きく異なるという結果を観測を通して得ました。成分の違いによって,雲のできかたや雨の降り方が変わり,その結果,気象や気候に影響を及ぼすかもしれません。筆者だけではできませんので,他の研究機関と協力して研究を進めています。

おわりに

 人間活動によって大気中に排出される二酸化硫黄,窒素酸化物,アンモニア,揮発性有機化合物などが増加すれば,大気組成はそれに伴い変化していくと考えられます。日本のみならず東アジア域における大気環境の将来を予測し対策を立てるためには,長期間の総合的な観測を通じて得られる科学的知見,知識,情報の共有が必要です。そのためにも,筆者のグループは辺戸岬での観測を継続し,東アジアの環境保全に役立つ情報を発信していく予定です。

 (たかみ あきのり,大気圏環境研究領域)

執筆者プロフィール:

もともとはガスがエアロゾルにどのくらいの確率で取り込まれるかを実験室で測定していました。環境研に来てからは,沖縄の風土に癒されつつ,屋外観測の結果からエアロゾルがどのように変化するのか探っています。