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研究船「みらい」で迎えた新年

海外調査研究日誌

清水 厚

 海洋地球研究船「みらい」は,かつて原子力船「むつ」として建造された船体から原子炉を取り除き研究船として改造したもので,海洋科学技術センター(JAMSTEC)が海洋・気象等の観測研究のために運用する8000トンを超える大型船舶である。筆者が属する国立環境研究所・遠隔計測研究室では「みらい」の研究公募課題としてライダー(レーザーレーダー) による海洋上の雲・エアロゾルの観測を1999年以来実施している(写真)。太平洋やインド洋上のエアロゾル(大気中の微粒子)や雲について,衛星観測ではとらえられない鉛直分布などが得られるライダー観測の意義は大きく,地球温暖化問題の解明のためにも貴重なデータがこれまで得られている。

写真.「みらい」後部甲板上の様子
 白いコンテナの中にライダーが設置されている。

 2002年12月15日,筆者にとって3度目となる「みらい」の乗船地は前の週に史上最大級とも言われる台風に直撃されたグアムだった。多くのホテルが被害を受け営業を停止し,日本からのツアーも全てキャンセルという状況で,はたして無事乗船できるのか同行者一同やきもきしていた。実際,街の中心で電柱が何本も倒れ港湾施設も大きな被害を受けている状況ながら,我々の泊ったホテルは非常電源のみで営業を再開しており(部屋の明かりはスタンド一つ,クーラーはもちろん効かない),近くの韓国焼肉店では自家発電でロースターを動かしていた。報道でも人的被害は少数のけが人のみということで,グアムの人達はグアムの人達なりに台風とたくましく付き合っているという印象を受けた。

 ともあれ無事グアムでそれまでの乗船者と交代し,年末年始を挟んでミクロネシア連邦・チュークへと向かう4週間の航海が始まった。「みらい」には航海ごとに様々なミッションがあるが,今回はJAMSTECが太平洋に設置しているトライトンブイの設置・回収が主目的である。この大型ブイは深さ数千メートルの海底におもりで固定されており,海上気象やいくつかの深度で海水温度や塩分濃度等を測るためのセンサーが取りつけられている。エルニーニョの解明・予測に威力を発揮するほか,得られる情報は漁業関係者にも重宝がられているそうだが,このブイを定期的に更新するのである。船上の大型クレーンやウインチを使ってブイを設置するのに1日,回収するのにもう1日というスケジュールで9箇所のブイを交換するため,日数の割に停船時間の多い航海だった。その合間に,深さ2000mまで採水器を下ろして海水のサンプルを得るなどの作業も行われる。ライダーはその脇でひっそりと,しかし確実にデータを取り続けた。

 「みらい」に関係したことのある研究者の間で有名なものと言えばその食事で,毎夕食には手の込んだ肉料理と魚料理が必ず一皿ずつ供される。その素晴らしい出来映えに,過去の乗船者の中には全ての食事を写真に収め記録に残した者までいたと聞く。普段からそうなのだから,元日にお節料理が出ると聞けば一層期待が高まるというものである。

 12月31日まで通常の作業が行われていた「みらい」も1月1日は完全休養日となった。その時船は東経156度の赤道上におり,筆者は大晦日の晩NHKの短波放送で雑音に埋もれた「紅白歌合戦」を聴いてから赤道上の初日の出に備えて眠りについたが,元旦は曇っていて残念ながら太陽は拝めなかった。この日は朝8時に乗船者全員で船橋の神棚にお参りしてから食堂へ。各自の席には器こそ使い捨てながら立派なお節料理が準備されていた。鯛の尾頭付きに焼き海老,昆布巻や黒豆,ごまめ,紅白かまぼこなど,正月の定番はみな揃っている。もちろんお雑煮も準備され,これであとはおしるこさえあれば…と思うのはぜいたくすぎるというものだろう。元日は司厨の人も休みなので,これらを一日かけて頂く。まさに,例年帰省して迎えるお正月と較べてなんら遜色のない一日だった。

 「みらい」では短波ラジオの他,A4用紙なら5枚分程度の船舶向けFAX新聞だけが世界の出来事を知る窓口である。1ヵ月位の航海から日本に戻って新聞やテレビを見るといつも少しだけ浦島気分を味わえる。そんな「みらい」にも電子メールは1時間以内に届くようになり,いずれはWWWを見られるようにもするらしい。一方,海洋研究の分野では研究船を廃止して衛星・フロートなどによる観測に重点を移す動きがあるとも耳にした。地球を対象にする研究者でもフィールドに出掛ける必要がない,あるいは出掛けてもインターネットを通じて日常がどこまでも追い掛けてくる時代が徐々に近づいてきているようだ。

 正月2日から「みらい」は通常の態勢に戻った。高波のため最後のブイ回収を見送るということがあったものの,1月12日にチュークに到着,次にハワイへ向かう航海の乗船者と交代して船を降りた。その日のうちにグアムへ飛行機で移り,帰国便を待つ。1ヵ月前は照明も消え人影まばらだったグアム国際空港が,早くも日本人観光客で大にぎわいだった。

 (しみず あつし,大気圏環境研究領域)

執筆者プロフィール

 99年12月に入所して以来3年強のつくば暮らしに終止符を打ち,3月以降は都内から通勤している。あと2年半でつくばエクスプレス(常磐新線)が開業すれば是非利用しようと目論み中。中学入学以来20年近く続けてきた吹奏楽・オーケストラ(フレンチホルンを吹く)は暫く休業のため,趣味を尋ねられると答に詰まりそうだ。