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合志 陽一

 国立環境研究所が独立行政法人として歩みはじめて2年が経過した。新しい組織・運営のあり方を手さぐりで試す助走からホップ,ステップまではきた。これからがジャンプとなろう。当然,これは将来への助走でなければならない。今後の展望が必要である。数年前に,「水面下の環境問題」をテーマとするシンポジウムを2回ほどもった。興味深い議論が行われたが,それを含めて将来の環境研究をめぐる課題を考えてみたい。

 第一は,人口変化の影響である。人口の増加についてはよく論じられるが,人口構成の変化は,社会のあり方を左右する根本的な要因であるにもかかわらず,その影響についてはあまり関心が向けられていない。よく年金制度への影響は論じられるが,そこにとどまるものではなく,はるかに大きな影響をもつ。この変化は全人口の量としての変化,年令構成(主として高齢化)に依存する経済活動と資源・環境負荷の変化,そして更に根本的な問題として社会的ニーズと社会的活力の変化を引きおこす。科学的に冷静にみた予測が重要であり環境研究の背景となる。

 第二は,情報化とグローバリゼーションの影響である。巨大で低コストの生産力を持つ途上国はデフレの輸出,さらには資源・環境への過度の負荷ともいうべき事態を世界的に引きおこしつつあるが,これは情報化とグローバリゼーションの必然的結果でもあり,流れをおしとどめるのは正当ではないし,実際困難であろう。賢明な方策をもって適切な方向へ流れを向けなければならない。世界的課題である。幸い環境に関しては温暖化防止をはじめとする諸活動があり,さらに広い視点から持続可能社会などを目標とする様々の提案がある。温暖化防止の諸活動は,科学的知見の共有(情報化とグローバリゼーション)が世界的規模での人間活動の制御を実現しつつある稀な例である。この点ではすでに環境研究の課題として十分に検討されているが,水の問題も含めて今後その精密化が一層要求されるであろう。

 しかし,手がつけられずに残されている問題は多い。ユートピアが実現すれば別であるが,情報化とグローバリゼーションがもたらす不公平,不平等感,あるいは画一化が極度に進行した場合の閉塞感が人間や社会にどのような影響をもたらすか,またそれは制御可能なものか否かは未知である。

 第三は,感覚を通じての環境影響である。環境問題は,最終的には人間への影響に帰着する。物質(多くの場合人工による化学物質)の影響は主に大気・水の汚染として対処されてきた。我々は公害病のような激甚な環境問題から環境ホルモンの影響にまでわたる広い範囲での繰り返してはならぬ経験を経て対処の仕方を学んできた。今後も注意を怠ってはならないが,未知の不安におびえる心配は少なくなっている。それでは安心していて良いであろうか。環境の多くは五感によって感知される。人間は外界と感覚により多様な情報を交換しており,その影響を強く受けている。この分野は,環境問題として(化学)物質による汚染などに比べてあまり注目されていない。しかし,視覚(光)・聴覚(音)・嗅覚などの五感は人間の生理活動に大きい影響を与えることがわかっている。さらに最近の脳科学の発達で,五感を通じての外界の刺激は人間の神経また精神活動にも強い影響をもつことが明らかになりつつある。これは情報化,高速化,高密度化がすすむ現代社会において,まさにこれからの環境問題である。五感を通じての環境問題は単純ではない。学際的な取組みは言うまでもなく,人間の好み,さらには価値観のレベルにまでいたる広い視野での判断も要求されよう。個性・人格まで関連してくる複雑な問題である。問題は大きい。しかし取り組む必要のある課題である。

 (ごうし よういち)

執筆者プロフィール

 東京大学工学部名誉教授、元東芝総合研究所主任研究員。専門は分析化学。