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干潟とその保護

環境問題豆知識

古賀 庸憲

 干潟は地形や潮流などの条件により砂泥の堆積する海岸に発達し,満潮時には冠水し干潮時には干出する。干潟には生物にとって利用可能な有機物が堆積しやすく,有機物の消費から始まる腐食連鎖と付着藻類を起点とする生食連鎖から成る複雑な食物網が存在する。その食物網における高次消費者は渡り鳥である。渡り鳥にとって日本の干潟は,越冬地又は渡りの中継地として利用する重要な場である。ところが,日本の干潟は埋め立てやすいという理由により,第二次大戦後の開発でそれまでに存在した干潟の約4割の面積が消失した。最近では環境問題への関心の高まりから,主に市民による干潟の保護運動が盛んになってきている。干潟の保護運動において渡り鳥の保護が最もインパクトを持っている。3000haを超える広大な干潟に何羽の渡り鳥がいるのか,当時正確なデータがあれば諌早湾干拓は見直されたのではないか,とさえ言われている。

 しかし,干潟は単に渡り鳥にとって必要な場所だから保護が必要なわけではない。干潟には幾つもの重要な特徴・機能がある。例えば,干潟に生息するバクテリアや底生生物が,堆積した有機物をエサとして消費することにより海水を浄化しており,大きな干潟の浄化能力は数十万人分の下水処理施設に匹敵するという指摘がある。すなわち,干潟は天然の浄化槽なのである。干潟の特徴・機能を簡単にまとめると次のようになる。 1.多様な数多くの生物が生息し複雑な食物網を形成 2.漁獲対象魚類の稚魚の成育場所 3.漁獲の場(貝類,海藻類など) 4.河川等から流入する生活排水・産業排水の浄化 5.脱窒・酸素供給などのガス交換機能 6.干潟の周囲の環境,例えば藻場などとの相互作用 7.レクリエーションの場 8.自然学習・環境教育の場など。したがって,干潟は生物多様性維持・水産増殖・環境保全・余暇活動・環境教育の上で重要な場所であり,これら様々な機能を総合的に評価して保護を検討する必要がある。

 最近の干潟を巡る社会の動きはどうなっているのだろう。2年前の諌早湾の水門締め切り後,干潟保護の世論は一層高まりつつある。藤前干潟・三番瀬では当初の埋立て計画が変更を余儀なくされ,吉野川河口堰(せき)建設の是非も問われている。沖縄県の漫湖はラムサール条約登録湿地となり,名蔵アンパルも登録の準備が進んでいる。しかし,一方では,愛知県三河湾の汐川干潟を初めとする幾つかの干潟や福岡県博多湾奥部の和白干潟では,開発に伴う環境悪化が懸念されている。干潟は埋立てなどによって開発に供しやすい地域だけにその保護への手だてが急がれる。

 今年6月から施行された環境影響評価法は,今後の干潟の保護にとって重要な役割を果たすと考えられるが,依然様々な問題も含んでいる。効果の成否はその運用にかかっており,環境影響評価に携わる専門家・研究者の責任も小さくはない。環境影響評価法の下でも,専門家・研究者が積極的に影響評価の作業に加わり,科学的評価に耐える,また一般に広く公開された調査手順がとられることが大切である。

(こが つねのり,生物圏環境部生体機構研究室科学技術特別研究員)