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畠山 成久

 今年の8 月に,「地域環境研究グループ・化学物質生態影響評価研究チーム」から「生物圏環境部」に所属が変わったことから,ニュースに寄稿する機会を与えられた。

 世紀末,個人的にも黄昏が近づきつつあるのに,“内分泌撹乱物質”の生態影響に関する調査・研究など新たな課題に直面して撹乱状態にあり,とても「論評」など書ける気になれない。それで,これまでの調査や実験などを通して,半ば雑感のようなものを書いてみることにした。

 生物系の研究部員は,人間の諸活動による環境の変化が個々の生物や生態系にいかなる影響を及ぼすかに関する知見を集積し,それを生態系,生物多様性の回復・保全・維持に役立てることを目指している。筆者らはここ10 年ほど,農薬類の河川生態系に及ぼす影響に関する調査・研究を実施してきたが,調査河川ではいまだに農薬類の潜在的な生態影響が様々な形で及んでいることがわかった(国立環境研究所特別研究報告書,SR-19-'95 ,SR-29-'99 )。このような経験に基づく“考え”であるが,もし農薬類の汚染が全くなくなれば国内の多くの河川の生態系は著しく改善に向かい,それによる水環境の浄化作用は計り知れないものとなろう。

 しかし,現在の経済システムではここ当分は農薬類を使用しなければ安定した食料の供給が不可能であることも事実である。かつて,重金属や農薬類の生態影響評価のため,地図を頼りに各地の河川を調査したが,平野部は山際の隅々まで水田によって占められ,大概の河川は間際まで水田・農耕地に囲まれていた。そのため,農耕地から流出する農薬類や空中散布される殺虫剤や殺菌剤の一部は直接的に河川を汚染し,高感受性生物に影響を及ぼす。

 このような直接的な汚染を緩和するため,河川・湖沼と水田に代表される農耕地との間に,“緩衝地帯”を設けることに関して考えて見たい。例えば,農耕地の3 ~5 %程度を転用した,池・湿地・林・水路などからなる“緩衝地帯”を,その規模・仕様,管理の仕方などは様々に多様性があった方が良いと思われるが,国内各所に設置する。休耕田,乱開発により作りすぎたゴルフ場,当てのない遊休地なども,自然環境の回復候補地になって頂きたいものである。このような考えは,現在では非現実的とされようが(小規模なものは別として),まともな生態系を回復し,それをこの先100 年も1000 年も維持しようとするならば,何らかの時点であながち避けて通れないことのような気がする。

 まともな生態系に関しては,大いに議論が分かれるところであろうが,少なくともここ100 年位前まで,国内各地で見られてような生物が安定して生息できるような環境を考えたい。オオカミはなるべく遠慮したいが,朱鷺やカワウソなど国内で絶滅しかかっている種に関しては,隣国から導入してでも加わってほしいものである。これに対し,遺伝的な純血を保つべく地域固有の生物種の分布に人為的な操作を加えるべきでないとの考えがある。しかし,絶滅あるいはその寸前の生物種にとって,遺伝的な汚染を云々しても空しい。また生物の生息域は,開発により狭い範囲に分断されて続けており,遺伝子が小さな集団で維持されていること自体が問題となってきている。

 多種・多様な生物種の安定した生存は,云うまでもなく豊富な自然環境のネットワーク,一次生産者から魚類に至る豊富な餌,それを保障する化学物質汚染の低減化などが必要条件である。そのためには,何万とある化学物質の生態リスク評価(毒性×暴露量)が前提となるが,複合汚染や暴露経路(食物連鎖,底質由来など)まで考慮すると,研究以外にも途方もない作業が必要とされよう。

 経済システムが危機的な状態になり,金融機関や景気のため,ここ数年巨額の税金が投入されている。開発や汚染により,河川・湿地・森林など生物の生息域は減少・悪化の一途をたどってきた。しかし,生態系の1000年を見据えた保全・維持のためには,21 世紀には反転して生物の大規模な生息域を各所に復元する事業を開始せざるを得なくなるような気がする。

(はたけやま しげひさ,生物圏環境部上席研究官)