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イカ肝臓を指標としてみる海洋におけるダイオキシン類の分布

研究ノート

橋本 俊次

  一般に,人は主に食品からダイオキシン類を取り込んでいると考えられる。ここでダイオキシン類とは,poly-chlorodibenzo-p-dioxin (PCDD )とpolychlorodibenzofuran(PCDF )のことを指す。これらは,置換基である塩素の数や位置によって異なる多くの異性体の総称である。

 特に日本人の場合は,魚介類からのダイオキシン類を摂取する割合が大きいことが知られている。しかしながら,魚介類が生息する水圏におけるダイオキシン類の分布や動態についての調査・研究は,あまり進んでいるとはいえない。とりわけ,海洋におけるダイオキシン類の分布は,ほとんど知られていない。その原因の一つは,海水中ダイオキシン類の濃度が微量ゆえのサンプリングや分析の困難さにあるといえる。この問題を解決しない限り,ダイオキシン類の環境動態に関する研究に目覚しい進展を期待するのは難しいといえよう。

 しかし,イガイなどの二枚貝を使った「マッセルウォッチ」やイカを用いた「スクウィッドウォッチ」に代表される方法では,生物濃縮性を利用することにより,直接測ることのできない微量物質の環境濃度を間接的に知ることができる。そこで,この手法を用い,太平洋及び他の海域におけるダイオキシン類の分布を調査し,得られた異性体別濃度組成をもとに,汚染源と汚染経路の推定を試みた。

 指標生物には,イカを選択した。イカは,外洋に広く分布し,栄養段階が比較的高く,寿命が比較的明確で,捕獲も比較的容易である。また,ダイオキシン類に対してほとんど代謝能力を持たないという利点を持っている。分析には肝臓のみを用いることにし,多数の試料を処理できるように,試料の抽出法及び前処理法を検討した。その結果,2 ~3 g の試料でも微量のダイオキシン類の異性体別測定が可能になり,外洋におけるダイオキシン類のモニタリングが可能になった。

 図は,1995 年から1997 年にかけて捕獲したアカイカ科(スルメイカなどが属す)の肝臓中ダイオキシン類濃度を,地点ごとに表したものである。一目してわかるとおり,調査海域の中では,北部北太平洋周辺で捕獲されたイカ肝臓中ダイオキシン類の濃度は他よりも高く,特に,日本付近の海域で最高値を示す結果となった。また,南半球のダイオキシン類レベルはそれと比べてかなり低く,赤道付近ではほとんど検出できないレベルであることがわかった。しかし,ダイオキシン類は,我々の想像以上に広範囲の海洋環境を汚染しているということである。北半球側の海洋汚染の程度が大きいことから,北半球に集中する工業国の影響は無視できないと言わざるを得ない。また,検出されたダイオキシン類の異性体別濃度組成を調べていくと,それらは海域ごとに非常によく似ており,その海域を象徴するような異性体組成があるらしいことがわかってきた。すなわち,汚染源の種類や寄与 率あるいは汚染経路が,調査海域によって異なることを示しているのではないかと考えている。例を挙げれば,北部北太平洋で捕獲したイカから検出されるダイオキシン類の異性体組成は都市大気から検出されるものと非常によく似ており,この海域を汚染しているダイオキシン類は主に大気経由で運ばれてきたものであることが予想できる。

ダイオキシン類濃度
図 大平洋及び他の海域から捕獲したイカの肝臓中ダイオキシン類(PCDDs 及びPCDFs )濃度(pg/g 組織中)

 このように,イカは,海洋におけるダイオキシン類モニタリングの生物指標として優れた性質を有しており,これを活用することによって,海洋全域におけるダイオキシン類の分布・動態及びその起源の推定までが可能であるという感触を得た。海洋に限らず環境におけるダイオキシン類の動態に関する研究は,いまだに進展していない。この種の研究なくしては,汚染源から放出されるそれらが我々の体内に取り込まれるまでの過程を,正確に把握することは不可能である。それは,人や生態系を構成する生物に対するリスクを評価する上でも非常に重要であると考えられる。今後,調査数を増やせば,さらに広範囲で精度の高い研究ができるのではないかと考えている。

(はしもとしゅんじ,地域環境研究グループ, 有害廃棄物対策研究チーム)