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2016年6月1日

水環境研究の最前線(6):水を研ぎ、究める
環境放射能の動きを追う—福島県浜通り

東日本大震災から5年3か月が経過した。福島県浜通りの東電福島第一原発事故による放射能汚染地域でも徐々に除染が進み、避難指示が順次解除されてきている。浜通りの水道事業体は、避難指示解除に先んじて施設の点検・除染と復旧・復興に懸命に取り組んできた。

その結果、給水を再開した水道と避難指示区域内で再開準備中の水道を含めて、すべて放射性物質の検出されない状況が続いているが、今後もずっと安心できるのか?その答を求めて国立環境研究所では、浜通り北部の環境中の放射性物質の動きを追い続けてきた。

浜通りの放射能汚染は、原発事故時の気象状況により地域差はあるものの、放射性物質の自然減衰や地面からの浸み込み、市街地・農地の除染により、空間線量は明らかに低下している。しかしその大半は、県土面積の約70%を占める森林域に存在している。森林の中で放射性物質はどのように動いているか?森の樹木を詳しく調べると、事故直後には葉や枝、それに落ち葉の層に放射性物質が多かったのが、最近では約8割が落ち葉の下の土に移行していることが分かった。では、地中にどれほど深く浸み込んでいるかを、土のサンプルを採って測ったところ、せいぜい深さ5cmまでにとどまっていた。これは、放射性セシウムが落ち葉や表層の土壌に強く吸着されて、動きにくい状態になっているためと考えられた。このことは、水道の水源である地下水や表流水には移行しにくいので有難い半面、ずっと森林にとどまっていて森林への立ち入りや森林資源の活用を長期間阻んでしまう。

次に、そうだとしても、雨が降ると多少は森林から河川に流出しているのではないかが気にかかる。これも現地で観測したところ、確かに大雨が降ると放射性セシウムの流出量は増えるが、それでも年間の流出率は森林域の存在量のわずか0.05~0.1%程度であった。

さらに、わずかであっても流出したセシウムがどうなったかである。溜まりそうな場所として思い浮かぶのがダム湖。一部は水道水源にもなっている。そこで、複数のダム湖の底泥を調べてみた。すると事故直後に溜まった泥の層は現在も高濃度だが、その上には濃度の低い新しい土砂が堆積して、高濃度の泥を遮蔽(しゃへい)する構造になっていた。ダム湖の底泥は強制排泥しない限り、ダムの寿命が来るまで溜まり続ける。そのお蔭で、放流水の濃度は、水道水の管理目標値(10Bq/L)はもちろん、その一桁下の1Bq/Lも十分に下回っていた。しかし、何十年後かに底泥がダムの堆積容量一杯になった時にどうするかの課題は残る。

また、ダム湖以外の普通の河川の底にもセシウムを含む土砂が堆積していて、降雨時にこれらがさらに下流に流されると考えられる。従って、下流で取水する場合には、今と同様、浄水過程の濁度管理をしっかりやる必要があるが、それさえ守っていれば、水道水は十分安全であることは、これまでの測定データが証明してくれている。

今後も浜通りの放射性物質の動態を研究して、住民の方々により信頼度の高い安心を感じていただき、一日も早い復興の一助になればと考えている。

浜通のダム湖での採泥作業(撮影:林誠二)

国立環境研究所理事・石飛博之

Water & Life No.603 2016年6月号から転載

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水環境研究の最前線:水を研ぎ、究める(Water & Life 2016年)