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海底が生まれる場所を見てきた話

経常研究の紹介

野尻 幸宏

 プレートテクトニクスの理論では,海洋プレートは海嶺で生まれ,大洋底を移動し,最後に海溝に沈みこむ。大陸プレートが数十億年の寿命を持つのに対し,太平洋の最も古い海底の年齢すら2億年とされる。最近,この理論は,実際に人間の目で確かめられている。すなわち,潜航深度の大きな潜航艇が深海底の目視調査を可能とし,ガラパゴス沖の深海の熱水噴出と生物群集というショッキングな映像をもたらした。理論のいう太平洋の海底誕生の場所であり,中央海嶺で海底が生まれるという理論が実証されたのである。そして,海底を作るマグマと海水が接触して熱水噴出を生む。これは,海洋への微量元素の供給に重要であるので,海洋環境を考えるうえでも無視できない。

 さて,私は1987年以来,科学技術庁振興調整費の研究プロジェクト「南太平洋における海洋プレート形成域(リフト系)の解明に関する研究」に参加してきた。そして,背弧海盆(島弧と大陸の間の海域で,沖縄トラフや日本海もそれにあたる)型のリフト系の研究として,北フィジー海盆の海底調査を1987年と1988年に海洋科学技術センターの調査船「かいよう」で行った。その結果,熱水活動のある地点2地点を確認することができた。この過程で,私達による水温,マンガン,メタンの異常層の発見が大きな貢献を果たした。化学成分の分析は,極めて低い濃度(nMレベル)を扱うため,困難な分野であることを強調したい。

 この結果を踏まえて行われた,1989年7月のフランス潜航艇「ノーチル」号による潜航調査では,幸いなことに2地点それぞれで海底熱水活動を発見し,岩石,水,生物の試料を持ち帰ることができた。私にも,潜航の機会が与えられたので,その体験を簡単に述べる。

 「ノーチル」号は,直径2メートルのチタン製の球部に3名が登場できるようになっている。2名が操縦士,1名が科学者である。母船からクレーンで吊られ海面に投入されると(写真1),船体は静かに沈んで行く。長さ10メートルに満たない小さな船体なのに,海中は波がないので全く揺れがない。1時間余りも沈んでいくと,2600メートルの海底に到着した。ライトで照らし出された海底は,全く静かな世界である。私の潜航した地点は,極めて新しい玄武岩が海底の谷間に噴出し谷を埋めつくしてできた溶岩湖(lava lake)である。黒光りする玄武岩が,あるところでは渦巻き模様を,別のところでは縞模様をなしている。普通の海底で見られる堆積物はほとんどなく,岩の上にまだらにうっすらと乗っているだけである。このことからも,この海底がごく最近できたことがわかる。このごく最近というのは,地質学的時間のごく最近であって,数百年,数千年のオーダーだそうである。さて,私の潜航の目的であったこの地域の熱水地点探索の結果,約1時間後に,最高水温18C程度の温水の湧く場所を発見した。この場所は30×70mの範囲にわたって,温水の湧く割れ目がいたるところに見られ,そこを主に2枚貝からなる生物群集が埋めていた。貝の間や周辺には,カニ,ヤドカリ,エビ,ナマコの仲間や大型の魚が生活していた。熱水生物の代表であるチューブワームも見ることができた。貝やカニは,採取して船上に上げても生きているのが驚きであった。

 写真2は,私の潜航地点の約300km北の地点で発見された最大の熱水チムニーで,285Cの熱水を噴出している。普通の熱水チムニーが黒っぽい硫化物からなるのに対し,このチムニーは白色で,主に無水硫酸カルシウムの結晶からなるものであった。これは,世界でも極めて珍しいタイプの熱水チムニーであり,現在,このチムニーから得られた熱水の化学組織の分析と,その成因の研究を行っている。

(のじり ゆきひろ,計測技術部水質計測研究室)

写真1 海面に投入されたノーチル号
写真2 2000mの海底で285Cの熱水を噴出するチムニー