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酸性雨によって植物は枯れる?

酸性雨シリーズ(4)

古川 昭雄

 欧米における森林枯損の原因は酸性雨であるとの話が広く行き渡っている。また,酸性雨による土壌の酸性化によって土壌中のアルミニウムが溶出し,植物が養分を吸収する場である根系に影響を及ぼし,植物全体の生長を減衰させ枯死に至らしめるとも言われている。しかし,pHの低い雨が降っただけで木が枯れて森林が衰退することは考えにくい。一般に,植物に低いpHの水をかけてもpHが3以上では葉面に可視傷害は現れてこない。さらに,土壌の酸性化は主として土地の利用形態が変化した時に起きやすく,酸性雨による酸性化の程度は一般には極めて少ないと言われている。

 我が国においても酸性雨による森林の衰退が起っているとの新聞報道があった。関東地方におけるスギ枯れや丹沢山系の大山でのモミの枯損等である。針葉樹が特異的に衰退しているのはヨーロッパと類似しており,何等かの共通した要因が存在するのではないかと考えた。そこで,昨年度より,我々も経常研究で大山のモミの衰退状況の把握とその原因を解明するために調査を始めた。

 現在調査中であるが,これまでの調査で,酸性雨によってモミ林が衰退しているわけではないとの印象を持った。もし,酸性雨が原因でモミが枯れるのならば,他の樹木も何等かの影響を受け,枯死に至らなくても樹勢が衰える等の徴候が観察されてもよいのではないかと思われる。だが,スギやマツ等の他の針葉樹の樹勢はいたって健全であった。また,同じ山系の札掛においてもモミ林が分布しているが,そこではモミの枯死が見られない。おそらく雨は大山でも札掛でも同じように降ると思われるし,雨のpHもそれほど変らないのではないかと考えられる。

 欧米における森林の衰退の原因として,最近は,酸性雨の直接的影響ではなく,光化学オキシダント等のガス状大気汚染物質による影響が示唆されている。とりわけヨーロッパでは,これまでの大気汚染の主要因はSO2やNO2であり,O3等の光化学オキシダントは大気汚染物質として重要視されてこなかった。そのため,SO2やNO2が雨水中に溶けこんでpHを低下させ酸性雨となって植生や土壌に影響をおよぼし森林の衰退がおこったと考えたのであろう。

 世の中では,植物に対する大気汚染の影響はもはやないとの誤った考えがある。しかし,大都市近郊では光化学オキシダントによる植物被害が現在も認められ,決して大気がきれいになって被害がなくなったわけではない。ペチュニアの葉にはPAN特有の可視傷害が見られるし,ハツカダイコン等のO3に感受性の高い植物ではO3特有の可視傷害が見られる。

 大山は相模湾方面から運ばれてくるガス状大気汚染質に直接さらされるが,札掛はその背後になるため,そうしたことがない。樹木は何年にもわたる様々な環境変動の影響を受けて生長しているため,その衰退原因を見極めることは非常に困難ではあるが,関東平野で見られるスギ枯れや大山のモミの枯死は,酸性雨によって起っているとは考えにくく,光化学オキシダントによって起っている可能性が高いものと思われる。

(ふるかわ あきお,生物環境部陸生生物生態研究室長)

大山の天然記念物に指定されているモミ林の写真 白くなっているのが枯れたモミの木