二酸化硫黄の気相酸化
酸性雨シリーズ (3)
福山 力
雨水酸性化の主要な原因物質の一つである硫酸は二酸化硫黄(SO2)が大気中でさらに酸化されて生ずるものであることはよく知られている。この酸化過程には均一気相反応と,水滴や粒子状物質が関与する不均一系での反応とがある。化学的な立場から酸化過程を調べようとする場合,第一義的な意味を持つのは均一気相反応であることはいうまでもない。不均一系での反応を考える際にも,均一気相系での反応の知識が前提となり,次いで気相と相界面を隔てた液相ないし固相との相互作用を問題としなければならないからである。我々はこのような立場から,SO2−窒素酸化物−アルケン炭化水素混合系におけるSO2の酸化と,それに引き続く硫酸生成過程を調べた。実験を担当したのは泉 克幸主任研究員である。
SO2の気相酸化についてはもちろん古くから多くの研究が行われていたが,我々が研究を始めた時点において次のような問題点が残されていた。
- Calvertらは大気中でSO2を酸化する化学種の中で最も重要なのものはOH遊離基であることを指摘し,SO2+OH反応の速度定数に対する推奨値を提出した。しかしその値の正確さの実験的検証は行われていなかった。
- Calvertらのモデル計算によれば,水分濃度が低い場合にはOHの他にCriegee中間体 注)もSO2の酸化に寄与することが予想されたが,相対湿度の異なる条件下での両者の寄与率に関する実測データはなかった。
- SO2の酸化速度や反応量が初期条件にどのように依存するかについて,Millerらの報告があったが,炭化水素濃度の低い領域での測定が十分でなかった。また粒子生成の側から見た初期条件の影響についてチャンバー実験のデータは全く不足していた。
- 水蒸気はCriegee中間体との反応などを通して気相反応に影響するだけでなく,粒子の生成・成長に物理的な作用を及ぼすことが当然予想されるにもかかわらず,粒径や粒子濃度に対する相対湿度の効果は詳しく調べられていなかった。
我々はこれらの問題点を念頭において研究を進め,それぞれの項目に対する成果を得た。ここでは紙数の都合で2)と4)に関する結果を紹介する。
注)アルケン炭化水素の二重結合がオゾンとの反応により開裂して生成する一種の遊離基でRCHO2という一般式で表される。
気相酸化に対する湿度の効果
アルケン炭化水素濃度の減少速度に基づいてOH濃度を推定することにより,SO2の酸化に対するOHの寄与とCriegee中間体の寄与とを分けて評価することができる。この手法を用いて,SO2の変換率(反応で失われたSO2濃度/初期濃度)と相対湿度との関係を調べたのが図1で,○が全変換率,△がOHの寄与を表わす。したがって両者の差はCriegee中間体によって酸化されたSO2の割合に相当する。この図から次の重要な点を指摘することができる:気体が乾燥している場合には,Criegee中間体によって酸化されるSO2の比率が大きい。湿度が増すにつれてCriegee中間体の寄与は減少する一方OHの寄与は一定なので全変換率は湿度とともに低下し,後者の寄与率は増加する。同様の湿度依存性はSO2の酸化速度についても観測された。我々が得たこれらの結果は,先に述べた二つの化学種のうちCriegee中間体だけが水分子との反応で酸化活性を失うという反応機構を実験的に証明するものであり,実大気中で多く現れる50%以上の湿度条件下でSO2の酸化を問題とする際にはOHのみを考慮すればよいことが明らかとなった。
ミスト生成に対する湿度の効果
SO2が酸化されて生ずる一次的生成物は三酸化硫黄(SO3)であるがこれはただちに水と反応して硫酸となり,硫酸はさらに水を吸収してミスト粒子が成長する。この過程における湿度効果を粒子数および粒径について調べた結果がそれぞれ図2および図3である。湿度30%付近で粒子数は最大,粒径は最小となるのが特徴的で,このような現象は従来知られていなかったものである。水分の増加が気相酸化に対して抑制的,ミストの生成・成長に対しては助長的と逆方向に作用するので,両者の拮抗により極値が現われるものと考えられ,理論的解釈への興味深い目標を提供している。