私たちの住まい方と家庭におけるCO2排出量
特集 地域の持続可能性を高めるロードマップの開発
【環境問題基礎知識】
有賀 敏典
1. はじめに
私たちが生活で消費するエネルギー、そこから発生する環境負荷は、住む場所によって大きく変わります。全国を見渡すと、北国では冬の暖房のためCO2排出量は多くなり、温暖な地域では少なくなる傾向がみられます。一方で都市の中に目を向けると、同じ都市の中でも、住宅の場所や種類(建て方)によって、家庭におけるCO2排出量は大きく変わることが知られています。例えば、駅前のマンションと郊外の駅から離れた一戸建てでは、同じ世帯構成でも、自動車利用頻度や住宅の広さ、断熱性能などが異なるため、結果的にCO2排出量に差が出てきます。
近年コンパクトシティに代表されるような効率的で環境にやさしいまちづくりが注目されています。少子高齢化や人口減少、単身世帯の増加といった社会情勢のなか、既存の建物ストックを生かしつつ、人々が暮らしやすく環境負荷が低い人々の住まい方をデザインして、中長期的に誘導していくことが求められています。デザインを考えるうえでは、人々の住まい方によってCO2排出量がどれだけ違うのか定量的に把握する必要があります。それでは、実際にどれくらいCO2排出量が違うのか見てみましょう。
なお、自動車CO2排出量については、環境儀71号にて、コンパクトシティに中長期的に誘導していくことでどれくらい削減できるのかを紹介していますのであわせてご覧ください。
2. 住まい方と家庭からの二酸化炭素排出量
図1は、平成26から27年に環境省が行った「家庭からの二酸化炭素排出量の推計に係る実態調査・試験調査」の結果をもとに、関東・甲信地域の建て方別世帯分類別のCO2排出量を用途別に示したものです。ここでは、公表されている世帯当たりの値を平均世帯人員で除することで、一人当たりの値を表示しています。これによると、単身世帯では、一戸建てで2.90t-CO2/(人・年)、集合住宅で1.68t-CO2/(人・年)となっています。一方、2人以上世帯では、一戸建てで1.68t-CO2/(人・年)、集合住宅で1.30t-CO2/(人・年)です。CO2排出量という観点からは、単身世帯の住宅の建て方の影響がより大きいと言えます。さらに、国立社会保障人口問題研究所が平成30年に行った推計によると、2015年現在日本国内において単身世帯は1841万世帯(全世帯の34.5%)ですが、今後人口は減少するにもかかわらず2032年の2029万世帯(全世帯の38.2%)まで増加し続けると予測されています。また配偶者との死別等より、高齢者が単身で一戸建てに住むケースも増えてきています。したがって、単身世帯の住宅の建て方が全体のCO2排出量に与える影響は今後ますます大きくなると考えられています。
次に、CO2排出量の用途内訳に注目してみましょう。単身・2人以上世帯に関わらず、どの用途でも一戸建てより集合住宅の方が小さい値となっています。特に単身世帯では、暖房と自動車用燃料の用途で、集合住宅の方が一戸建ての半分以下になっています。暖房は、集合住宅の方が断熱性能に優れていること、部屋がコンパクトに設計されていることが影響していると考えられます。自動車用燃料については、集合住宅の居住者の方が一戸建ての居住者と比べ、自動車保有率が低いこと、自動車の利用が少ない傾向が見られます。これはなぜでしょうか。直接的には、集合住宅では一戸建てに比べ、駐車場が持ちにくいという要因があります。一方で、間接的には、集合住宅の立地、すなわち、集合住宅は公共交通利便性が高く、日常生活で必要な施設に自動車を使わないでもアクセスしやすい立地である傾向が影響しています。したがって、同じ集合住宅でも公共交通の利便性によって、CO2排出量は大きく異なります。例えば、最寄駅が同じであっても、駅から徒歩数分の立地と駅から徒歩15分の立地、さらには駅からバスで10分の立地では交通行動は大きく異なります。このような詳細な住宅の場所別の行動の違いは既存の統計からでは限界があります。
3. より詳細な住宅の場所を考慮した自動車CO2排出量
そこでここでは筆者らが行ったアンケート調査の結果を紹介します。以前は紙面のアンケートが主流でしたので、自宅の住所を聞く必要がありました。回答者の中には、自宅の住所を答えることに抵抗がある方も多くいらっしゃることから、住所を尋ねる方法は課題がありました。また分析する研究者にとっても、各住所が地図上のどこにあるかマッチングをする必要があり、分析の手間が増えていました。
近年では、紙面のアンケートだけでなく、Webアンケートが多く使われるようになってきています。Webアンケートは、これまで紙面で扱ってきた内容だけでなく、地図上で自宅の場所を答えてもらい、その位置情報(緯度経度)を取得することが可能になっています。これは、アプリケーション・プログラミング・インタフェース(API)という技術を使っています。図2のように、居住地の場所を地図上で尋ね、円の中に自宅が入るようにクリックしてもらうことで、自宅の緯度経度が取得できます。こうすることで、回答者にとっては、自宅の住所を特定されずにおおよその場所を答えることができます。研究者にとっても、緯度経度の情報と、鉄道駅、バス停、都市圏、人口密度といった様々な空間情報を地理情報システム上で重ね合わせることで、住む場所の特性別に交通行動の違いを簡単に分析することができます。
今回はアンケート調査では、関東・甲信地域在住の調査協力者の居住地の緯度経度および通勤や日常の買い物等の交通手段を尋ねました。この緯度経度情報から、東京30km圏内/外別、鉄道駅からの距離別(500m以内、1km以内、1km超)に回答者を分類して、それぞれ日常の全移動に対する自動車移動の割合(交通手段分担率)を計算しました。さらに、その結果をもとに、自動車用燃料由来のCO2排出量を推計しました。
結果を図3に示します。これによると、単身世帯では、一戸建てで0.26~0.50t-CO2/(人・年)、集合住宅で0.05~0.14t-CO2/(人・年)となっています。また2人以上世帯では、一戸建てで0.15~0.41t-CO2/(人・年)、集合住宅で0.10~0.19t-CO2/(人・年)です。鉄道駅が近いほど、通勤では鉄道を使う人が多く、買い物は徒歩や自転車を使う人の割合が増えます。これにより、自動車の利用が減り、自動車CO2排出量は少なくなります。世帯分類や住宅の建て方が同じでも、自動車以外鉄道駅からの距離によって、自動車用燃料由来のCO2に大きな差があることがわかりました。一口にコンパクトシティといっても、駅からどの程度の距離にどれくらい住宅を集約するのかによって自動車CO2の削減効果は大きく変わると言えるでしょう。
4. おわりに
以上のように、住宅の場所や建て方といった人々の住まい方によって環境負荷は大きく変わることがおわかりいただけましたでしょうか。これらを考慮して、コンパクトシティといった概念から、より具体的な持続可能な都市のデザインを実践していくことが重要です。今後の課題としては、将来の技術革新の動向の考慮が挙げられます。人々の住む場所や住宅の種類が変わってゆくのは長期的なものです。その間に家庭にある機器効率の向上、自動運転とシェアエコノミーの普及などが起きうることが指摘されています。まちづくりを実践する際には、こういった将来起きうる変化も見据えたデザインが必要になってきます。
執筆者プロフィール:
まちはすぐに変わるものではありませんが、私が初めて環境研に来た約9年前と比べると、つくばのまちもだいぶ変わったなぁと感じます。将来つくばのまちはどんな姿になるのか想像しながら研究をしています。
目次
- 低炭素技術の社会実装に向けた産官学連携の取組
- 詳細モニタリングによるエネルギー消費実態の把握と時間及び地理による消費量推定への展望
- 地域主体の低炭素シナリオ検討に向けて:低炭素ナビの開発とワークショップでの実証
- 気候変動適応センターの活動について
- 第4回NIES国際フォーラム開催報告:持続可能なアジアの未来に向けて
- 「第38回地方環境研究所と国立環境研究所との協力に関する検討会」報告
- 平成30年度の地方公共団体環境研究機関等と国立環境研究所との共同研究課題について
- 「第34回全国環境研究所交流シンポジウム」報告
- 国立研究開発法人国立環境研究所 公開シンポジウム2019開催のお知らせ
- 表彰
- 新刊紹介
- 人事異動
- 編集後記