気候変動適応センターの活動について
特集 地域の持続可能性を高めるロードマップの開発
【研究施設・業務紹介】
豊村 紳一郎
1.適応センターの設立経緯
昨夏は多数の地域で最高気温が40℃を超えるなど全国的に記録的な猛暑となり、また、豪雨による甚大な被害が出たりするなど、異常な気象を肌で感じる機会が多かったのではないでしょうか。その他、農作物の品質低下、動植物の分布域の変化、熱中症による救急搬送者数の増加など、気候変動の影響が全国各地で見られており、さらに今後、拡大するおそれがあります。
気候変動による影響が身近に感じられるようになった今、その影響に対処し、社会・経済の持続可能な発展を確保するためには、温室効果ガスの削減(緩和)を強力に推進していくことはもちろんのこと、気候変動に伴う被害を防止・軽減し、影響を有益な機会として利用する「適応」に、国民が一丸となって取り組むことが重要となってきています。
また、国際的にも、2015年の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)において新たな法的合意文書として採択された「パリ協定」では、その3つの目的の一つとして、「気候変動の悪影響に適応する能力と気候に対する強靱性を高め、温室効果ガスの低排出型の発展を促進する能力を向上させること」が整理されるなど、適応が主要な項目の1つとして明確に位置付けられています。
このような状況の下、我が国では2018年6月に気候変動適応法(平成30年法律第50号、以下「適応法」)が公布され、地方公共団体において地域の適応計画の策定が求められるなど、初めて適応策が法的に位置付けられました。この適応法の目的を達成するために、法第11条において、国環研が気候変動影響・適応に関する情報の収集・整理・分析・提供や、地方公共団体や地域気候変動適応センターにおける気候変動適応に関する取組に対する技術的助言などを行うことが規定されています。
こうした業務は、地域の政策への反映・貢献が求められることから、研究成果を現場で実装できるよい機会と捉えることができる一方で、これまでの研究事業等とは性格が異なるものです。そこで、所内に準備委員会を立ち上げ、実施体制等の検討を進め、2018年12月1日(適応法施行日と同じ)に新たな業務実施部署として「気候変動適応センター」(以下「適応センター」)を設立しました。(図1)
適応センターは、適応策を推進するためのオフィスである「気候変動適応推進室」、関連研究を実施する「気候変動影響観測・監視研究室」、「気候変動影響評価研究室」、「気候変動適応戦略研究室」の4室体制、兼務の研究者を含めた100人体制でスタートしています。
2.適応センターのミッションと主な業務
適応センターのミッションは、適応法に基づき気候変動影響・適応に関する情報の収集・整理・分析や研究を推進し、その成果を広く提供することで、政府や地方公共団体による気候変動適応に関する計画の策定や適応策の実施をはじめ、事業者や個人を含む各主体による取組に貢献することであり、そのために以下の取組をセンター一丸となって進めていきたいと考えています。
(1)地方公共団体や地域気候変動適応センターのための技術的助言や援助
地方公共団体における地域気候変動適応計画の策定やその推進に向けた、技術的助言等の援助として、検討会や審議会への有識者としての参画や講演会等への講師の派遣、地域気候変動適応計画案やその関連資料に対する科学的見地からの助言などを実施していきます。
また、地域気候変動適応センターと適応関連情報・データの共有や、地環研等との共同研究のスキームなどを活用した地域の適応研究の推進を図っていきます。
(2)情報基盤の整備(A-PLAT)
気候変動影響・適応に関する情報基盤として、国環研が運営管理してきた「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」を充実し、気候変動情報や適応研究や研究機関連携で得られる科学的知見(気象や影響の観測・予測データ等)だけでなく、政府・地方公共団体の取組(計画策定や具体的な適応策事例)や適応ビジネス情報、普及開発ツールなどを活用しやすい形で広く提供していきます。
(3)適応研究推進や国内研究機関との連携
適応センターでは、気候変動適応研究プログラムを編成して、「気候変動及びその影響の観測・監視・検出に関する研究」、「気候変動影響予測手法の高度化に関する研究」、「社会変動を考慮した適応戦略に関する研究」の3つの研究課題に取り組みます。本研究プログラムの成果は、IPCCや政府の気候変動評価報告書への科学的な貢献を目指すとともに、A-PLATから地方公共団体をはじめとする各主体に提供します。(図2)
また、気候変動が影響を及ぼす分野は、防災、農林水産業、生物多様性、人の健康と多様であることから、各分野の研究機関と連携して、必要な情報が提供できる体制を構築したいと考えています。
(4)人材育成やアウトリーチによる適応施策支援
環境省が実施する行政研修への講師派遣や地域気候変動適応センター向けの研修教材の作成・配布などを通じて、適応推進に係る人材の育成に貢献します。
さらに、地方公共団体や事業者、国民を対象とした気候変動影響や適応に関するシンポジウムや講演会、ワークショップを開催するとともに、地方公共団体担当者等との意見交換を行い、各主体の気候変動適応の取組を支援します。
(5)アジア地域等国際的な貢献(AP-PLAT)
科学的知見に基づいたアジア太平洋地域の途上国における適応計画の策定・実施を支援するための情報基盤として、アジア太平洋気候変動情報プラットフォーム(AP-PLAT)のプロトタイプ版を2017年度に立ち上げ、COP23において公開しました。今後、2020年までの本格公開に向けて、環境省が実施する二国間事業等の成果やその他アジア太平洋における適応策の推進に必要な情報を掲載していく予定です。
3.現在の活動状況
適応センター設立以降、以下のような取り組みを実施しています。
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地方公共団体との連携や社会、市民への情報発信を目的とし、2018年12月に気候変動適応法施行記念国際シンポジウムや地方公共団体担当者との意見交換会を開催
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地方公共団体の求めに応じて、地域の講演会等に講師を派遣。(現在も地方公共団体の幹部や担当者の勉強会、地域住民や事業者への普及啓発を目的としたセミナーなどへの支援依頼が数多く寄せられています。)
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2018年12月にポーランドにて開催されたCOP24のサイドイベントにおいてAP-PLATを紹介したほか、同月にアジア太平洋地域の途上国を対象とした研修会を実施
地方公共団体に対して実施してきたアンケートや上記の意見交換において、国環研に求める役割として、段階別指導・情報提供や専門家派遣、人材育成、将来予測の精度等向上、地域適応センター間のネットワーク構築などが挙げられました。これらを意識してセンター業務を進めていきます。
4.おわりに
適応センター設立から日が浅く、活動は緒に就いたばかりです。気候変動影響やその対策は常に変化するものであり、所内研究者、各研究機関、政府、地方公共団体、地域気候変動適応センター、事業者、地域住民・・・等々のみなさまと緊密な連携が必要であると考えています。適応センターの運営に当たり、よろしくご指導ご協力のほどお願いいたします。
執筆者プロフィール:
昨年7月に環境省から参りました。組織文化の違い、通勤時間の長さ、つくばの気候、約10年ぶりの気候変動関係のお仕事と、戸惑うことばかりで、私個人も「適応」の日々です。
目次
- 低炭素技術の社会実装に向けた産官学連携の取組
- 詳細モニタリングによるエネルギー消費実態の把握と時間及び地理による消費量推定への展望
- 地域主体の低炭素シナリオ検討に向けて:低炭素ナビの開発とワークショップでの実証
- 私たちの住まい方と家庭におけるCO2排出量
- 第4回NIES国際フォーラム開催報告:持続可能なアジアの未来に向けて
- 「第38回地方環境研究所と国立環境研究所との協力に関する検討会」報告
- 平成30年度の地方公共団体環境研究機関等と国立環境研究所との共同研究課題について
- 「第34回全国環境研究所交流シンポジウム」報告
- 国立研究開発法人国立環境研究所 公開シンポジウム2019開催のお知らせ
- 表彰
- 新刊紹介
- 人事異動
- 編集後記