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2014年12月31日

東シナ海環境の将来予測に向けて

特集 東シナ海環境の将来予測に向けて

越川海

東シナ海での海洋観測風景。国立環境研究所では水産総合研究センター西海区水産研究所との共同で毎年の調査を実施しています。 
左:「CTDロゼットシステム」。様々なセンサーを搭載し、水質の鉛直変化を観測しながら、複数の水深から化学成分や微生物分析用の海水を採取できる装置です。
右上:「微細乱流構造プロファイラー」で海水の鉛直混合の強さを観測する機器です。
右下:陸棚(長江河口と九州の中間付近)の調査中に遭遇した夜光虫の赤潮です。

 1994年の国連海洋法条約発効によって、地球上の海洋の約4割が沿岸国の主権が及ぶ排他的経済水域等に定められました。また1992年にブラジル・リオデジャネイロで開催された地球サミットでは、沿岸国は「持続可能な開発」原則との調和を図った海洋管理の実現が求められました。約20年前のこれらの動きは、沿岸国の海洋資源や海上交通等の管轄拡大を認める一方で、海洋環境や生態系の保全における沿岸国の国際的な責務を明確化したものであり、現在まで沿岸各国はその責務を果たすべく様々な取り組みを進めてきました。しかし、その隘路の一つとなったのは、人間活動由来の汚濁負荷による海域の富栄養化とそれによって惹起される生態系変化の問題です。とりわけ、この20年間に著しい経済発展を遂げた東アジア地域では、活発な経済活動を優先せざるをえない状況が続き、汚濁負荷対策はどちらかと言えば後回しにされてきました。

 中国大陸に面した東シナ海の環境問題は、まさにこの20年間で顕著になりました。中国では農作物増産のために化学肥料が大量に使用され、その余剰が汚濁となって世界第5位の流量を擁する長江(揚子江)を通じて東シナ海に放出されました。長江河口の周辺海域は中国沿岸域の中でも特に富栄養化が深刻な海域であり、また長江の大きな流量のために中国沿岸のみならず東シナ海の広い範囲への影響が懸念されています。海流に乗って日本近海にも出現する大型クラゲの発生は、気候変動による海水温上昇や水産資源乱獲の影響も指摘されますが、陸域からの汚濁負荷量や質の変化に起因した生態系変化であるとも言われています。

 もちろん中国政府も沿岸域の環境悪化に歯止めをかけるべく、関連する法律の整備を急ピッチで進めてきました。例えば2000年に改正された中国海洋環境保護法では、日本の水質総量規制制度と同様に、陸上を含む主な汚濁源に排出量を割り当てることで海域に排出される汚濁物質の管理を強化しました。最新の中国国家海洋局の環境公報によれば、中国沿岸の赤潮発生件数の増加は法律施行後鈍化してきており、施策効果が現れているのかもしれません。

 一方、海洋環境には汚染・汚濁が蓄積されやすいという特徴があります。日本において厳しい水質規制にも関わらず富栄養化海域の水質改善が思うように進まない原因のひとつは、長年に亘って負荷をうけて海底に蓄積した汚濁物質からの溶出です。現在の中国由来の汚濁負荷量は経済発展前の数倍のレベルが維持されたままであり、長期的な視点からは東シナ海の環境は従来とは異なる、また容易には回復しえない環境に遷移する可能性が懸念されます。現在観測される東シナ海の環境でさえ、短期的な影響ばかりではなく、過去からの汚濁負荷の累積的な影響が反映されているのかもしれません。

 本特集では、「東アジア広域環境プログラム」のプロジェクト2「広域人為インパクトによる東シナ海・日本近海の生態系変調の解明」で取り組んでいる研究をご紹介します。このプロジェクトでは、過去20年の中国大陸における人間活動の急激な変化が東シナ海に及ぼした影響を理解するとともに、将来に亘って持続可能な東シナ海環境・生態系の実現に求められる陸域での人間活動の在り方を科学的な根拠に基づいて提示することを目標としています。東博紀主任研究員は海洋観測に基づく東シナ海の流動・生態系モデルの開発に関する研究(重点研究プログラムの紹介)を、王勤学主席研究員は長江流域の過去30年間の汚濁負荷発生量の空間分布変動に関する研究(研究ノート)を紹介し、水落元之主任研究員は中国の流域環境管理政策の動向について長江デルタの太湖流域を例として解説(環境問題基礎知識)します。私たちの研究には将来予測という命題がありますが、そのためには現状の正確な理解が必要です。「未来に対する健全な判断を下すときに役立つのは、予測技術よりも現状のより良い把握である」ドイツ出身の経済学者E.F.シューマッハの著書からの引用ですが、経済学のみならず自然科学の分野においても価値ある言葉だと思います。

(こしかわ ひろし、地域環境研究センター 海洋環境研究室長)

執筆者プロフィール

越川海

 長年携わってきた海洋観測に基づく研究のモチベーションは、ぼんやりと見える全体像の中からカギとなる要素を抽出できたときの喜びです。四十も半ばを過ぎて、目は翳む一方ですが、観測値から現象を読み解く目は維持したいと思います。

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