ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2013年10月31日

残留性有機汚染物質の地球規模動態や生物への曝露量を予測する

【シリーズ重点研究プログラムの紹介:「化学物質評価・管理イノベーション研究プログラム」から】

河合 徹

 第3期中期計画の重点研究プログラム「化学物質評価・管理イノベーションプログラム」において、「化学物質リスク管理の戦略的アプローチに関する研究(PJ3)」が開始されました。この課題では、化学物質のリスクに対する社会における管理のあり方や物質の製造から廃棄に至るライフサイクル上の排出・曝露シナリオに関する研究、及び、化学物質の環境中における動態を予測するシミュレーションモデルの開発が行われています。化学物質の環境中における動態を予測するモデルでは、対象とする物質の性質によって、考慮される環境媒体や時空間スケールが大きく変わります。私たちの研究室では、より多様な化学物質を取り扱うために、国内規模で環境中に比較的短期間存在する物質(農薬等)を主に取り扱うG-CIEMS(Grid-Catchment Integrated Environmental Modeling System; http://www.nies.go.jp/rcer_expoass/gciems/gciems.html国立環境研究所ニュースvol.30 No.5)と、地球規模で拡散し、環境中に長期間残留する物質を取り扱うFATE(Finely-Advanced Transboundary Environmental model)の2種類の多媒体モデルの開発を行っています。この内、本稿では、国立環境研究所のホームページで取り上げられていないFATEを紹介いたします。

 これまで研究対象としてきた物質は、残留性有機汚染物質(persistent organic pollutants; POPs)です。POPsは難分解性、長距離移動性、生物濃縮性、及び高毒性に特徴づけられ、これら全ての特性において一定の基準を満たすものがPOPsとして認定されています。この性質上、特に地球規模での生態系への悪影響が懸念されてきた化学汚染物質であり、国際条約においても製造と使用を規制するための議論が盛んに行われてきました。代表的なPOPsにはポリ塩化ビフェニル(PCBs)やダイオキシン類等の、工業製品に含まれているものや非意図的に生成されるもの、また、DDT等の主に殺虫剤や農薬として使用されたものがあります。これらの過去に排出されたPOPs(計12種)に対しては、2004年より発効されたストックホルム条約において、製造と使用が規制されており、環境中における濃度は徐々に減少してきているといわれています。一方、近年、臭素系難燃剤やフッ素系化合物等が新たに加えられ、現在では24種類の物質がPOPsとして取り扱われています。これらの新規のPOPsに関する研究は今後さらに重点的に進めていくことが必要です。

 POPsやこの候補物質を取り扱うモデル研究では、対象となる物質が潜在的に多数存在しているというのが大きな特徴です。このため、特定の物質の詳細な動態評価を行う前段階として行われるスクリーニング評価に比較的重点が置かれます。このような評価に適したBOXモデルや解像度の粗い区画タイプのモデルが伝統的に広く研究されてきました。一方、ここ10年程度の間に、計算機器の処理能力が大きく向上し、また、排出量等の入力データの整備も進みました。これに伴い、シンプルなモデルから、物質の輸送を時空間的に高い解像度で計算する、より複雑なモデルへと徐々に研究の主流がシフトしつつあります。

 私たちが開発しているFATEもこれらの高解像度モデルに属するモデルで、諸々の物理プロセスに基づいて化学物質の空間輸送を計算する、化学輸送モデルが土台となっています。ただし、POPsの場合は、環境中にある、空気、水、有機物中に近いオーダーで存在しうるため、大気だけでなく、海洋、陸域、生物圏に渡る動態までを幅広く考慮する必要があります。FATEは大気、海洋、土壌、植生、氷圏の5媒体から構成される全球多媒体モデルで、これらの媒体間におけるPOPsの生物地球化学的循環を計算します(図1)。大気と海洋では物理モデルより得られた風速、流速、温度、降雨量等の気候データ(再解析データ)を利用し、それぞれ、水平方向2.5°と鉛直方向20層(大気)、水平方向1.0°と鉛直方向50層(海洋)の空間解像度でPOPsの3次元輸送が計算されます。また、沈着等の大気-海陸面間の輸送や、分解や相分配等の代表的な多媒体プロセスが考慮されています。さらに、私たちのモデルでは植生や海洋の低次消費者(植物プランクトンや動物プランクトン)への移行(生物濃縮)まで考慮しています。これらの生物は回転時間が速い(寿命が短い)ため、環境中におけるPOPsの循環を考える上で重要な役割を担っています。特にプランクトンの死骸等の有機物の沈降に伴う深海への輸送量(シンク量)は、物質によっては定量的に非常に大きなものになります。計算に必要な海洋低次消費者のバイオマスや海洋内部における炭素循環は衛星データを用いて推定しています。このように、大気輸送だけでなく、海洋における物理輸送や低次消費者への移行まで考慮しているところが、私たちのモデルの特徴です。

概念図
図1 全球多媒体モデルFATEの概念図
排出量、気候データ、生物データ等の入力データを用いて、環境中における濃度やフラックス、及び環境中からのシンク量を計算する。

 本年度からは新たに、FATEを用いて海洋水産資源への曝露量を予測する手法の開発に取り組んでいます(H25年度国立環境研究所スーパーコンピュータ利用課題; http://www.cger.nies.go.jp/ja/activities/supporting/supercomputer/index.html)。POPsに限らず、有害物質の環境中における濃度から中-高次消費者を含めた生物全般への曝露量を地球規模で予測するのは非常に難しい課題です。この主な要因としては生態系構造を地球規模で予測することが難しいことや、低次消費者から中-高次消費者への生物濃縮に関する知見が不足していること等が挙げられます。しかしながら、海洋においては、衛星データのみを用いたシンプルなモデリングにより海洋生物のバイオマスや栄養段階等の生態系構造を予測する手法が開発されてきており、状況を打開するための材料がそろいつつあります。FATEとこれらの衛星データベースの生態系モデル、及び既存の生物濃縮モデルを統合することにより、魚類等の水産資源への曝露量を地球規模で予測することができるようになってきています(図2)。

計算結果の図(クリックで拡大表示)
図2 FATEより推定されたPCB153の大気中の濃度(地表面付近)と、浅海(0 - 200 m)に生息する魚類中の含有量(2007年の年平均値)。

 POPs等の多媒体でのモデリングが求められる物質に関しては、簡易的なスクリーニングツールを除いて、研究用に公開されているモデルがほとんどありません。このため、私たちは、全モデルコードを独自に開発する方向で研究を進めてきました。2008年よりFATEの開発を開始し、ようやく一定の成果が出せるところまで研究が進んできています。POPsの他に多媒体での取扱いが必要になる物質には、放射性物質や水銀等があります。この内、特に水銀は、地球規模でのモデリングが求められることや、水環境中での生物への移行が重要であること等、モデル研究としての枠組みがPOPsに近い物質です。また、水銀に関する水俣条約が2013年10月の外交会議において採択・署名されることが見込まれており、国際社会における関心も高まっています。現在、私たちの研究室では、FATEを水銀に拡張する準備も進めています。

(かわい とおる、環境リスク研究センターリスク管理戦略研究室)

執筆者プロフィール

河合徹の顔写真

最近はパソコンと向き合うことが多くなりましたが、以前は、田んぼや大学のグランドに模型都市を作って気象観測をしていました。運動不足になりがちなので、週末は趣味の釣りに出かけることが多いです。