国立環境研究所における衛星観測プロジェクト−温室効果ガス観測技術衛星 「いぶき」 (GOSAT)の現状と今後−
【研究施設業務等の紹介】
横田 達也
世界で初めて温室効果ガス(二酸化炭素とメタン)の観測を目的とした温室効果ガス観測技術衛星GOSAT(愛称「いぶき」)が,今年の1月23日(金)に無事に打上げられました。これまで約5年間準備を進めてきたプロジェクトが,最初の大きなハードルをクリアしたことになります。国立環境研究所(以下,「環境研」)では,過去に二つの衛星観測プロジェクトを実施しました。オゾン層を観測するセンサの改良型大気周縁赤外分光計ILAS (1996年9月に打上げ,1997年6月に運用停止)と,その後継機である改良型大気周縁赤外分光計II型ILAS-II (2002年12月に打上げ,2003年10月に運用停止)です。いずれも当時の主要な地球環境問題であった『極域オゾン層の破壊』に関連するメカニズムの解明を目的としたもので,観測運用計画はそれぞれ3年間でしたが,残念ながら衛星本体に不具合が生じてどちらも約8ヵ月間の運用観測しか行えませんでした。GOSATは,環境研にとって三度目の衛星観測プロジェクトで,衛星打上後5年間の運用を目標としています。地球観測衛星の二度の不具合を踏まえ,至る所に冗長系(機能の二重化)を導入している衛星です。以下に,GOSATプロジェクトの経緯・現状・今後の計画について紹介します。
ILAS/ILAS-IIが環境省(旧・環境庁)と環境研の連携プロジェクトであったのに対して,GOSATはプロジェクトの開始当初より,宇宙航空研究開発機構(以下,「JAXA」),環境省,環境研の三者共同で進められてきました。JAXAにGOSATプロジェクトチームが発足したのが2003年4月, 環境研にGOSAT研究チームがヴァーチャルチームとして結成されたのが2004年4月です。2006年4月からは地球温暖化研究プログラムの中核研究プロジェクトとして研究が進められ,また,地球環境研究センターにGOSATプロジェクトオフィスが設置されました。2003年の10月にILAS-IIが搭載された衛星「みどりII」が停止したことを受けて,環境省はGOSATをこのままの体制で続けるべきかについて地球環境局長諮問の検討会で討議しました。その中間報告として「続けるべきである」という結論が2004年1月に出されたため,環境研ではGOSATプロジェクト計画を進めることになりました。
三者が連携して一つの衛星観測プロジェクトを進めるのは,我が国の地球観測衛星計画において初めての試みです。それぞれの役割分担を協議し,合意の上で準備を進めてきました。役割分担の概要を表1に示します。
<表1 GOSATプロジェクトの共同推進体制と役割分担>
宇宙航空研究開発機構(JAXA) |
国立環境研究所 |
環境省 |
・ 衛星と二つのセンサの製作・試験 ・ ロケットの打上げ監理 ・ 打上げ後の衛生の追跡管制 ・ センサの運用 ・ 観測データの取得と一次処理* ・ レベル1プロダクトの環境研への配信 ・ 機関へのプロダクト(観測データの処理・解析結果)の提供 ・ センサの校正作業 ・ 熱赤外データ解析手法の開発 ・ データ利用推進 |
・ 観測データの処理解析手法の研究開発と改良 ・ 定常的な観測データの高次処理*とユーザーへの提供 ・ 処理プロダクトの検証作業 ・ 研究者コミュニティの統括(研究公募事務局) ・ データ利用推進 |
・ 一つのセンサの開発(JAXAと分担) ・ センサの処理プロダクトの検証(環境研と協力) ・ 環境行政への反映(炭素循環,温室効果ガス吸収排出状況の把握) ・ データ利用推進 |
開始当初からプロジェクトを三者で連携して進められたことは,センサ開発側(JAXA)にとっても,処理を行うデータ利用側(環境研)にとっても,良い点がありました。センサの設計開発段階からユーザからの要求をある程度考慮してもらうことができたこと,センサ開発の状況や性能についての情報がデータ利用側に伝わりやすかったことです。しかし,なかなか思うように進まなかった点があったことも事実です。たとえば,毎年の予算要求の査定において,JAXAと環境研では一方の増額要求が認められ,他方は減額査定となったこともあります。また,データ利用側はセンサ開発側に対して,センサの性能試験をいろいろな条件で実施し,性能確認と必要な対策を地上で十分に施してから打上げてほしいと強く要望していたのに対し,衛星開発側はスケジュールどおりに進めることを最優先として必要最小限の試験のみを実施して打上げに踏み切りました。両者の立場はそれぞれに正当です。データ利用側としては,観測データからサイエンスに役立つ解析結果を出すには,打上げ前の特性の評価とセンサや制御ソフトウェアに対する事前の対策が最も重要であると考えますし,衛星打上側は,打上げが延びれば多大な経費の出費となるため,遅延させるための正当かつ重要な理由がなければ遅らせないという立場をとります。打上げ前の地上での試験やそれに基づく対策が十分であったかどうかは,打上げ後の運用観測において判明することです。
さて,GOSATは種子島宇宙センターから無事に打上げられ,2009年4月初旬には衛星とセンサの最初のチェックを終えました。ロケットを無事に打上げていただいたJAXA及び三菱重工業の関係者の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。もしもここで万一の事態が発生していたならば,この5年間の苦労はどうなっていたのか,今のチームメンバーの行く末はどうなっていたのかを思うと,背筋が本当に冷たくなります。無事に打上げが成功しただけでなく,衛星の軌道投入も極めて順調でした。2月上旬には初観測データ(太陽の地表面反射光の分光輝度スペクトルと,雲やエアロソルの状況を捉えるセンサの画像データ)が取得されました。そして,その観測スペクトルは今後の解析がうまく行くことを期待させるような綺麗なデータでした。5月下旬には,4月下旬の全球陸域の晴天域における二酸化炭素とメタンのカラム平均濃度(地表面から大気上端までの気柱における乾燥空気全量に対する二酸化炭素またはメタンの存在比率)の解析結果(図1,2参照,暫定版)を初めて公表することができました。これらの結果は,未校正のスペクトルデータを用いて,解析手法も調整前の手法で求めたものです。したがって,実際に想定されるカラム平均濃度よりも明らかに低い値で,またばらつきも大きなものでした。個々の地点の濃度の解釈は適当ではありませんが,全体の傾向としては北半球のほうが南半球よりも高いというこれまでの地上観測にも見られる4月下旬の濃度分布の傾向に整合する結果が得られました。
今後は,JAXAのセンサ校正作業に協力すると共に,濃度データの精度を向上させるために解析手法に組み入れられているパラメータの調整を進めます。また,衛星データから得られた解析結果がどの程度正しいのか(実際の値に対して一定のずれ(オフセット)があるのか,ばらついているのか)を見極めるためには,より確からしい地上からの観測装置を用いて同期観測を行い,そのデータと見比べる作業(これを 『検証』 作業という)が必要です。環境研のGOSATプロジェクトでは,検証チームを結成して,世界の検証データ提供地点の研究者たちとの連携のもとに検証データの取得を行っています。この検証作業は,環境省との連携作業でもあります。
来年2010 年の1月末には,校正検証済みのGOSATデータ(処理プロダクト)が一般の方々にも利用できるようになる予定です。それに向けてチームでは現在,データ処理手法の確認と調整・改良,データ質の検証作業に専念しています。更に,GOSATの測定結果と地上観測データとを用いて,全球の地域別炭素収支を推定するための研究と準備を進めています。環境研では,GOSATに関する研究とプロジェクト推進業務とを協力・一体化して実施しています。衛星打上げ後のこの1~2年は大切な時期です。ここで解析手法や科学的知見に関する信頼性の高い最初の成果を出すとともに,今後5年間の観測とデータ処理,解析手法の改良と検証作業,炭素収支推定を着実に行っていくことにより,地球温暖化に関する新たな科学的知見が蓄積されるものと信じています。
【略語】
GOSAT : Greenhouse gases Observing SATellite
ILAS : Improved Limb Atmospheric Spectrometer
ILAS-II : Improved Limb Atmospheric Spectrometer II
執筆者プロフィール
研究所に勤務して28年,2006年より国環研GOSATプロジェクトリーダーとして三度目の衛星観測事業に従事しています。衛星は水ものと言われながらも,根っからの楽天主義で,未知領域への挑戦の面白さから衛星関連の研究に20年以上も携わっています。
目次
- 国民から信頼される研究所を目指して【巻頭言】
- 環境化学物質による発達期精神神経疾患とDOHaD仮説−中核研究プロジェクト2 「感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価」から−【シリーズ重点研究プログラム: 「環境リスク研究プログラム」 から】
- 交通の温暖化対策としてのエコドライブ【研究ノート】
- 神経幹細胞を用いた化学物質の有害性評価【環境問題基礎知識】
- 「平成20年度における独立行政法人国立環境研究所の役職員の報酬・給与等について」の公表について(お知らせ)
- 国立環境研究所公開シンポジウム2009開催報告【研究所行事紹介】
- 「夏の大公開」 開催報告【研究所行事紹介】
- 新刊紹介
- 表彰
- 人事異動
- 編集後記
- 国立環境研究所ニュース28巻3号