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交通の温暖化対策としてのエコドライブ

【研究ノート】

加藤 秀樹

1.はじめに

 乗用車からの二酸化炭素排出量は,日本の総排出量の約10%を占めており,京都議定書の基準年である1990年度と比較して,39%(2007年度)も増加しています。京都議定書の約束を達成するためには,乗用車からの二酸化炭素排出削減が急務です。

 現在,燃費の良い車の税金を軽減するグリーン税制など,様々な施策が実施されています。燃費の良い車の普及は,温暖化対策として有効と考えられていますが,乗用車の平均使用年数は11年を超えており,全ての乗用車が入れ替わるには長い時間が必要となるため,即効性のある交通の温暖化対策としてエコドライブが注目されています。

 しかし,エコドライブについては,これまであまり理論的な裏付けが行われていませんでした。そこで,我々は,走行中の運転方法に着目し,自動車工学の観点から理論的な裏付けのあるエコドライブのポイントを提案するとともに,実車両を用いた試験やコンピューター上でのシミュレーションによって効果を検証しました。その結果,これまでのエコドライブ普及施策で提案されていなかった「制限速度の厳守」によって,大きな効果が期待できるとの結論を得たのでその内容を紹介します。

2.エコドライブの理論とポイント

 走行中の車には,図1に示すような3つの力(抵抗)が作用しています。車を1つの物体と考えると,車の移動に必要な物理エネルギー(以下,走行に必要なエネルギー)は,車の特性(車両重量など)・走行状態(車速・加速度)から作用する力を計算し,作用する力と移動距離の積として求めることができます。車はその物理エネルギーと同じだけのエネルギーをタイヤに伝え移動します。その際,エンジンで燃料が消費され二酸化炭素が排出されるので,走行に必要なエネルギーは,運転方法と二酸化炭素排出量の関係を客観的に評価できる指標となります。

車の図
図1 車に作用する3つの力(抵抗)

 ここで,図2に示す3つの走行パターンを用いて,運転方法の違いが走行に必要なエネルギーの増減にどのように影響するのかを説明します。各走行パターンの詳細は図の凡例に示したものとしました。線グラフに示したように,加速度,最高速度,減速方法の異なるパターンとし,信号などのために発進と停止が繰り返される都市内走行を想定して,走行距離はどのパターンも同じ1kmとしました。棒グラフは,各走行パターンについて,それぞれ転がり抵抗,空気抵抗,加速抵抗に対して必要なエネルギーを計算したものです。さらに,主に加速している区間I,等速走行をしている区間II,主に減速をしている区間IIIに分け,それぞれの区間で必要なエネルギーも示しています。

エネルギーの違いの図
図2 運転方法による走行に必要なエネルギーの違い

 パターン1は,法定速度(60km/h)を超え80km/hまで加速しているために,60km/hで等速走行しているパターン2に比べて,区間Iでは加速抵抗に対して,区間IIでは空気抵抗に対して必要なエネルギーがより大きくなります。また,パターン3は,パターン2に比べてゆっくりした加速ですが,区間Iでは必要なエネルギーにあまり違いはありません。しかし,減速時の早めのアクセルオフによって,区間IIIでは惰性走行を行い,より長い距離をエネルギーを必要とせずに走行しています。

 この検討では,最高速度を抑えて走行(パターン1→2)すると,走行に必要なエネルギーが約30%削減でき,さらに早めのアクセルオフ(パターン1→3)を行うと,トータルでエネルギーが約40%削減できるということがわかります。このような自動車工学の観点にもとづく解析結果から,効果的でわかりやすいエコドライブのポイントとして,次の2つを提案しています。

エコドライブのポイント ・制限速度を守って、等速走行を心がける ・交通の流れを予測して、早めのアクセルオフ

3.エコドライブ効果の検証

 上記のエコドライブのポイントは,理論から導き出したものです。そこで,「エコドライブのポイント」を実践し,その燃費改善効果を検証することを目的として,路上走行試験を実施しました。排気量1,300ccのCVT(無段変速機)搭載車2台を使用し,研究所の職員26名が,研究所の構内道路(約0.6km)及び周辺の一般道路(約4.6km)合計約5.2kmの試験コースを,「普段通りの運転」で走行した後,「エコドライブのポイント」について指導を受け,再び同じ試験コースを走行し,各走行での燃費を計測しました(図3)。「エコドライブのポイント」を意識した運転を行うと,燃費は全体的に改善し,全参加者の平均で「普段通りの運転」に比べて,燃料消費量や二酸化炭素排出量は約12%削減されました。また,この試験では,運転指導員は走行に同乗せず,走行前に口頭のみで指導を行い削減効果が得られたことから,この研究で提案している「エコドライブのポイント」はわかりやすく効果的な方法であるといえます。

燃費変化のグラフ
図3 路上走行試験における燃費分布の変化

 路上走行試験の結果は,試験に用いた1車種のみの結果であるため,他の様々な乗用車でも同様の効果が得られるのか検証する必要があります。しかし,同様の路上走行試験を何度も行うことは難しいため,研究所の低公害車実験施設において,シャシーダイナモ試験を実施しました。シャシーダイナモとは,大きなローラーの上に車を設置し,実験室内で車の走行試験を行うことができる設備です。この施設では,設定した走行速度パターンに従って,自動運転ロボットが車を運転し,燃費や排ガス濃度を計測することができます。路上走行試験の走行データからいくつかの走行パターンを設定し,日本で広く普及している4AT(4段自動変速機)搭載車1車種,燃費が良いとされ近年普及しているCVT搭載車2車種,ハイブリッド車1車種について試験を実施し,エコドライブの効果を推計ました(図4)。全ての車種で,エコドライブによって燃費が向上し,燃料や二酸化炭素排出量として10%以上の削減効果があったことから,「エコドライブのポイント」は,多くの車種に有効であると考えられます。また,ハイブリッド車でも運転方法によって燃費は変化することから,今後,燃費の良い乗用車が広く普及した場合にも,エコドライブによる交通の温暖化対策は,有効な施策の一つになると考えられます。

エコドライブの測定結果のグラフ
図4 複数の車種を対象として実施したエコドライブ効果の計測結果

4.交通流全体の影響評価に向けて

 実際の道路では,車どうしが相互に影響を受けながら走行しています。そこで,現在,エコドライブ実施車が周りの車にどのような影響を与えるのか,また,交通流全体としてのエコドライブ効果について,コンピューター上に車の流れを再現する交通流シミュレーションを用いて評価しています。この研究では,ミクロシミュレーションと呼ばれる手法を用いており,個々の車両に持たせた運転特性,周辺車両との相互影響などを考慮して,車両1台1台の動きを計算し,交通流全体をシミュレーションすることができます(図5)。図6は,つくば市内の幹線道路(西大通:学園西交差点→国環研前交差点の区間)を対象として,制限速度(60km/h)を守るエコドライブ実施車が混入する影響を交通流全体として評価した結果です。実施率の増加にともない,交通流全体の燃費や二酸化炭素削減効果の向上が期待できます。

シミュレーション画面
図5 交通流シミュレーション実行画面例
結果のグラフ
図6 交通流シミュレーションによるエコドライブ実施効果の推計結果

 また,図6中に示したエコドライブ普及率0%と100%のCO2削減効果を結んだ点線よりも,各実施率での削減効果が上回っていることから,エコドライブ実施車の速度抑制の影響を受け,エコドライブを実施していない車の燃費向上も期待できることが示唆されました。

おわりに

 これまで,エコドライブの理論的な裏付けや車の流れ全体に及ぼす影響については,あまり考慮されてきませんでした。本研究により,その点が明らかとなり,交通流全体のエコドライブ効果を定量的に把握することができました。

 我々が提案する「制限速度を守る」というエコドライブのポイントは当然のことであり,普及施策としてインパクトに欠けるという意見もあるかもしれません。しかし,実際にはこの当たり前のことがなかなか実践されていないのが現状です。みんなで当たり前のことをして,京都議定書の削減目標達成に貢献でれば,大変良いことではないでしょうか。

 

(かとう ひでき,社会環境システム研究領域 
交通・都市環境研究室)

執筆者プロフィール

筆者の加藤秀樹の写真

 昔は新しいもの好きだった私ですが,最近,やっと音楽プレーヤー機能を内蔵した携帯電話を購入しました。でもなぜか新鮮味にかけています。持ち歩く楽曲も更新しなくてはいけないようです。